不登校の児童生徒の増加が止まらない背景とは
不登校の児童生徒の増加が止まらない。
2022年10月27日に文部科学省から発表された、全国の学校を対象に21年度に実施した「児童生徒の問題行動・不登校生徒指導上の諸課題に関する調査」によると、病気や経済的理由などとは異なる要因で30日以上登校せず「不登校」と判断された小・中学生は24万4940人で過去最多となった。9年連続で増え続け、今回は前年度から24.9%も増加し、増え幅も顕著だ。
17年、自身の子どもの不登校経験を機に、学校に行くことをつらく感じる子が平日の日中に立ち寄れる場所を増やす「多様な学びプロジェクト」を始め、学校外で学ぶ子どもたちの育ちを支える活動に取り組む生駒知里氏。「あくまでも私見ですが」と前置きしたうえで、この現状についてこう語る。
「学校教育は、時代の変化にのっとって変えていくもの、改革していくものであると思います。日本の学校教育も時代に即して変わってきてはいると思うのですが、根本的なところで改革しきれていないのが背景にあるのではないかと思います」
オランダや北欧など教育先進国といわれる国も、かつては日本と同じ画一一斉授業のスタイルだったのが、ある時期を経て、個別の子どもの発達を重視する制度への道を切り開いてきた。子どもの権利が尊重され、子どもを「自立した市民」として認めたうえで教育が行われ、今では「子どもの幸福度が高い国」として世界的に認識されている。
「日本は長らく画一一斉授業のスタイルから脱しきれず、私たち大人の間にも、『上から言われたらそのとおりにやらなければいけない』といった“右へ倣え”的な風潮がいまだに根強く残っているように感じます。
だから子どもに対しても、その子を認め、尊重するというよりも、“大人の言うことを聞くこと”を求めてしまう。このような市民意識から抜け出しいにくいところも、根本からの教育改革がスムーズに進まない要因の1つなのではないかと考えています」
「学校は自分に合わない」、長男が小1の時に発した言葉
下は1歳から上は16歳まで7人の子どもを持つ生駒氏が、子どもの不登校に初めて直面したのは、2013年9月。
第1子の長男が小学1年生の時、夏休み明けに、「学校に半年行ってみたけど自分には合わないと思う。だから学校を辞めると決めた」と言ってきたという。
「小さい頃から、興味を抱いたことへの探究心が強い子。発達のでこぼこはありますが園時代は適応していたので、正直びっくりしました。学校の存在を否定せず、『行きたい人は行けばいい。でも自分には合わない』という物言いに、自分の常識の範囲を超えたことを言われた感覚が強かったですね」
生駒氏自身も小学生時代、学校に対して揺れ動いた時期があったというが、「学校は辞める辞めないを考える場所ではない」と思っていた。
放課後登校して先生と金属の炎色反応の実験をしたりなど、本人が興味を抱いた学習に付き合ってもらったり、2年生のときには学校に合理的配慮を求めながら登校をサポートしたり、3年生のときには特別支援級の申請を行ったりなど、長男が「学校に行きたい」と希望した時期は本人に無理がかからないようにと尽くした。
しかし、1、2年次は9月〜翌3月、3年次は7月〜翌3月、学校にはほとんど行かず、家での学びが中心だった。
「自分の頭の中にきちんと整理している引き出しがあるけど、学校に行くと無理やり引き出しをこじ開けられてぐちゃぐちゃにされて、また元に戻される感覚がして気持ちが悪い。だから行きたくない」と訴えてきたという。
「学校に行かなくてもいいのか?」と不安に思うのをやめた
2015年に1年生になった次男も、「学校は楽しいところだと思っていたけど、行きたくない」「学校が怖い」と、行き渋りを続けた。
子どもたちの様子に思い悩む生駒氏をハッとさせたのが、「ママ、勉強は、学校じゃなくてもできるよ」という、当時小3の長男の言葉だったという。
「『でも、学校は勉強だけじゃなくて、人と関わる場所でもあるんだよ』と言ったら、『日本には、通っている子が3人しかいない学校もあるでしょ。うちは兄弟が4人いて、6人家族でしょ。人と関われるよ』って。9歳でここまで自分のことを考えている息子に、『それでも学校に行きなさい』とは言えませんでした。ここまで腹が据わっているのだったら、彼がちゃんと育っていけるよう学校以外の場所でサポートするしかないと、吹っ切れました」
生駒氏は、「子どもが学校に行かなくても本当にいいのかな?」と不安に思うことをやめた。
長男、次男は自宅で本人たちの興味関心を追究する時間を過ごし、下の子どもたちは川崎市の公設民営の遊び場「川崎市子ども夢パーク」の敷地内にある「フリースペースえん」に通い始めた。子どもたちは、しだいに自信と自分らしさを取り戻していったという。
学校の先生たちも自分らしく生きられる社会に
自身の子どもたちの不登校について、「勉強や生活を一律に管理されること、学校の“空間”になじめなかったこと、友達にからかわれたりすることにストレスを感じたことなど、さまざまな理由があったと思います」という生駒氏。
「三男も2年生くらいから不登校なのですが、生き物が好きな彼は『学校が狭く感じる。僕は近くの森林公園に通いたい』と言いました。今は、『フリースペースえん』と『川崎市子ども夢パーク』に行っています」
生駒氏は、子どもたちの不登校について、ことあるごとに学校に相談してきた。
「連携がうまくいかないこともありましたが、放課後、息子が好きな石の標本を見せて教えてくれたり、『この子は集団が合わないようだから、あまり無理させないで、3、4時間目に来て給食を食べて帰るぐらいがちょうどいいと思います』と言葉をかけてくれたりなど、その都度親身に対応いただいた先生方には感謝しています。先生たち一人ひとりは、すごく頑張ってくださっていると思います。子どもたちと同様、先生たちも自分らしく生きられる社会になってほしいと思うので、その部分も応援したいと思っています」
増える街の「とまり木」〜多様な学びプロジェクト〜
「学校に行くのが当たり前」という風潮が強い中、不登校の子どもやその保護者は「学校に行けない自分はダメな存在だ」「子どもが学校に行っていないことを周りに言いづらい」など、ネガティブな思考に陥ってしまいがちだ。
「子ども時代は、その子にとって1回しかないもの。その子ども時代に、はっきりとした根拠がなく責められたり、自己肯定感がそがれた状態で育っていくのはよくないと思うんですよね。学校に合う子も合わない子も、どこで育ってもちゃんとそれぞれの子一人ひとりが大切にされて、『自分はここに生まれてきて、よかった』『自分には、自分を幸せにする能力、周りの人や社会の役に立つ能力があるんだ』といった自信をつけて育っていくべきだと思うんです。その場を、私たち大人が用意してあげないといけないと思いました」
2017年、学校に行くのがつらい子が平日の日中に立ち寄れる場所を増やす「多様な学びプロジェクト」を立ち上げ、自身の思いをSNSにつづって協力を呼びかけたところ、予想をはるかに上回る反響があったという。
「協力メンバーが集まる会議の場所を無料で貸し出してくれた方、Zoomがまったく浸透していなかったあの時期に『Zoomを使っていろいろお話ししましょう』と、マレーシアから声をかけてくれた方、『生駒さんの考えをロゴに表したいです』と、プロジェクトのロゴデザインワークを買って出てくれた方など、まさに多様な方々が声を上げてくださいました」
プロジェクトの趣旨に賛同した施設や団体は「街のとまり木」として「鳥が羽を休めたり、自由に選ぶことのできるとまり木」をイメージした共通のステッカーを貼り、子どもや保護者に気軽に利用してもらうよう呼びかけたところ、SNSや口コミなどで広がり、次々と賛同者が現れた。
22年11月現在、「街のとまり木」の輪は、フリースクールやカフェ、図書館、児童館など全国で約470カ所に広がり、名前、住所、特徴がホームページで公表されている。
今回の取材は、「街のとまり木」の1つ、「楽ちん堂カフェ」(東京都世田谷区野毛)で行った。オーナーの森田清子氏は、「ここは、地域の子どもたちから高齢者まで誰もが足を運べる場所。24時間365日開放し、不登校の子やその保護者も受け入れています」と言う。
カフェの奥の部屋に案内してもらった。複数の小学生がパソコンで遊んだり、スタッフさんとおしゃべりしたりして、交流を楽しんでいた。保護者も当番制で運営をサポートしている。「ここでは、親も素の自分を出せるんです」という保護者の言葉が心に残る。
子どもの不登校を学校に伝える「学校への依頼文フォーマット」
2022年4月1日。「多様な学びプロジェクト」のホームページ上で、不登校の子の保護者が学校に対応の希望を具体的に伝える「学校への依頼文フォーマット」を公開した。
「不登校のお子さんを持ち、とまり木オンラインサロンメンバーでもある一人のお母さんから声が上がったのです。年度が替わって担任の先生が代わるたびに子どもの状況について一から話をするのを負担に感じていて、『保護者から学校に“書式”で伝えるツールがあれば』と、学校への依頼文フォーマットの作成を提案されました」
提出する保護者だけでなく、受け取る先生にとっても負担にならないようなフォーマットを作成するべく、サロン内でプロジェクトチームを発足。不登校や学校に行き渋る子どもの保護者を対象に、学校とのやり取りで困ったことについてアンケートを行い、10日間で630件以上寄せられた回答を基に、フォーマットを完成させた。
A4サイズ3ページ仕立て。出欠連絡の方法や登校の際の配慮など10問あるチェックリストに保護者が答えていくことで、学校への依頼文が完成する仕組みになっている。
「何としても新学期に間に合わせたいと、メンバーの皆さんが熱い思いで夜な夜な作業しながら作り上げました。テレビのニュースで取り上げてもらえたこともあり、反響も非常に大きかったですね。『この紙1枚で要望が通りました』という保護者の方に加え、スクールソーシャルワーカーの方、スクールカウンセラーの方、自治体の教育委員会の方からも『すごくよいので使わせてもらいたい』という声もいただきました」
フリースクール運営の公的な助成を
7人の子どもたちの子育てをしながら活動を続ける生駒氏。不登校だった長男は、通信制高校の1年生になった。
2022月10月、「多様な学びプロジェクト」は、川崎市の後援を受け、市と共同で「学校が苦手な子と保護者のための街のとまり木マップ かわさき版」を作成。11月初旬より、市内の公立小中高・特別支援学校、市民館や図書館、こども文化センターなどで配布を開始した。
「先進的な事例として全国に広げつつ、事業効果を測るため、利用者と施設側へのアンケートも実施し、今後の政策提言などに生かしていきたいと思います。
17年から活動を続けてきて、現在課題に感じているのが、フリースクールを運営する方々の現状です。フリースクールには公的な助成がなく、子どもをフリースクールに通わせる保護者は月謝を払う必要があります。フリースクールの運営者は、本来公立学校に通っていればお金を出さずに済む保護者の状況を考え、極力月謝を下げようとしているケースが多いのですが、それにより、自身の収入を副業で補うなど結果的にワーキングプアに陥ってしまう。
不登校の子どもたちをサポートするフリースクールやコミュニティーカフェなどが健全に運営していけるよう、行政からの補助が受けられるような制度づくりへのアクションを起こしていきたいと考えています」と語った。
(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:buritora / PIXTA)