医学部受験生の「心を折る」親の行き過ぎた期待

⾼梨 裕介(たかなし・ゆうすけ)
医学部予備校ACE Academy 運営・講師/ 医師、株式会社DELF代表取締役
⼤阪医科⼤学卒 / 医師免許取得 / 初期臨床研修修了。医学部受験バイブル運営・執筆。中学受験にて最難関の灘、東大寺学園、洛南、洛星中学に合格。高校時代は英数国にて全国模試10位以内。もともと文系から理転し現役で医学部に合格。エースアカデミーにて450名以上の医学部合格者を輩出
(写真は本人提供)

医学部受験のハードルとしてまず思い当たるのが学力試験だ。国公立大学の場合、5教科7科目の大学入学共通テストで8割以上の得点が求められ、二次試験でも学科試験が課されることが多い(前期日程の場合)。私立の一般選抜は数学、理科、英語が一般的だが、ここでも高い学力が求められる。大学全入時代でも医学部受験は「浪人もやむなし」の別世界。保護者の教育熱はヒートアップしがちだ。

医学部専門予備校エースアカデミーを主宰する⾼梨裕介氏は、医学部受験をする家庭の保護者が陥りがちな思考についてこう指摘する。

「『厳しく管理して勉強させないといけない』という思い込みを持つ保護者が一定数います。ノートを予備校でチェックしてほしいとか、勉強しているか監視してほしいと言う親も珍しくありません。

しかし私としては、こうした思考は間違っていると思います。チェックのためにノートをきれいに作ることばかりに目が向いてしまうのでは意味がないですし、監視されないと勉強できないのでは自己管理しながら勉強を進めていくことができません」

高梨氏が受験生と面談すると、「しんどい」と深刻に悩んでいる相談のうち6〜7割が親子関係だという。子どもへの過剰なプレッシャーは親が医師であるかどうかでも違うのだろうか。

「親が医師の場合、自分の受験体験をそのまま子どもに押し付けることがあります。自分は英語を3日で覚えられたからできるはず、とか、自分は国立医大出身だから私大は認められない、などです。極端な例ですが、学費や受験料の計算、出願手続きの一切を“自分でやれ、甘えるな”という保護者がいました。必要なところで親の理解やサポートを得られず、結局その子は12月にメンタルが崩壊し退塾してしまいました」

一方、親が医師ではない場合は勝手がわからず「医学部に行くには勉強がパーフェクトでなければならない」という誤った意識のもと、子の成績に過度に干渉してしまうケースがあるそうだ。成果が出ないと問題集を捨てられたり、自立のためと食事の支度をしてくれなくなったり、教育虐待とも取れる事例もあるようだが、ふたを開けると親も「しんどい」のだと高梨氏は指摘する。

「保護者面談で、親が泣き出すケースもあります。親も善意で何とかしてあげたいという思いなのですが、中学受験以来の『褒めたり甘やかしたりしてはいけない』『厳しくしなければ』という価値観が抜けず、悪循環に陥っているのでしょう。

受験生には、親はあなたを応援する思いが強すぎるあまり“厄介なファン”になっていること、そして親を変えるのは難しいことを説明し、親に流されず自分を見失わないようにとアドバイスしています。とはいえ、親子は毎日顔を合わせるので、子どもは逃げ場がありません。予備校として、親子の間に立ってお子さんのサポートもできればと思っています」

医学部特有の「地域枠選抜」のメリットとデメリット

医学部進学のもう一つの壁が学費だ。国立大学6年間で約350万、私大となれば2000万円以上が一般的だ。医学部に通わせられるのは富裕層だけ――。こんな声も聞かれるが、実際はどうなのだろうか。

「予備校に通う塾生に限って言えば、やはり世帯収入が高い家庭が多いです。でも、収入が高くないから医学部に進学できないかといえばそうではありません。むしろ、情報の地域格差のほうが大きいように思います。都市部には、医学部専門の予備校もありますし、学校や友達に感化されて医学部を目指す子もいます。ですが地方は、大手予備校はあっても医学部専門は少ない。すると、スタートラインの情報収集から差がついてしまいます。正直、医学部の合格可能性は都市部の受験生と比べてまったく遜色ないのです」

近年は、総合型選抜や指定校推薦などの推薦入試による多様な入学の道も拓けてきた。さらに医学部受験には「地域枠選抜」と呼ばれる独特の入試がある。

地域枠選抜とは医師偏在の解消を目的に2010年に導入された制度で、医学部卒業後、特定の地域や診療科で診察を行うことなどを条件とするもの。9年間は指定勤務をしなければならないが、一般入試に比べて倍率や合格最低点が下がるうえ、奨学金の貸与・支給もある。

「学校の先生や親は、入りやすいからと地域枠を勧めがちです。でも私は、医師のキャリア形成の面で、地域枠には問題が多いと感じます。受験に必死な18歳を餌で釣り、30代までの働き方を縛るようなものだからです。

とくにここ数年で、地域枠の縛りから“離脱”した際のペナルティが追加されています。奨学金を上乗せして返済しなければならない、専門医資格が取れなくなる、さらには離脱者を採用した病院には補助金を減額するなど間接的なペナルティも見受けられます。このように、後出しで条件が変更される可能性もあるので、しっかり情報収集をして制度を理解したうえで受験してほしいです」(高梨氏)

医師にも求められる文系の素養や社会常識

永井 秀雄(ながい・ひでお)
茨城県立中央病院名誉院長、練馬光が丘病院副管理者、自治医科大学名誉教授、神栖市若手医師きらっせプロジェクト コーディネーター
埼玉県生まれ。東京大学医学部卒業。ドイツ・ヴュルツブルク大学外科留学。専門は消化器外科・内視鏡外科。手術は4000件以上担当した。患者さんに寄り添う医療を心がけ緩和ケアにも関心を持つ。外科医を続ける一方、地域医療・医療教育・がん対策に関わってきた。とくに医療を受ける側への医療教育や学校でのがん教育の重要性を指摘してきた。患者さんやその家族、一般市民も医療に参画する「参療」を提唱し、全員参加型の医療を目指している
(写真は本人提供)

そもそも医師になる、というのは医学部に合格して終わりではない。6年次に医師国家試験に合格した後、研修医として2年間の初期研修、さらに専門医となるための数年間の後期研修があり、大学入試の学力だけで乗り切れる世界ではない。

自治医大で全国から集まる医学生や若い外科医を指導し、さいたま記念病院院長などを経て、現在は茨城県立中央病院の名誉院長を務める永井秀雄氏は、医師の偏在など医療全体をめぐる課題を見渡したとき、地域枠選抜や卒業後の指定勤務の制度をむやみに否定すべきでないという立場だ。

「18歳に将来の縛りをかける地域枠は、『まるで奴隷契約ではないか』といった意見もあります。親が“指定勤務は契約としておかしい”と論を張ってきたり、地域枠を離脱してくる医師の違約金を肩代わりする都会の病院もあります。しかし私は、今の日本の医師偏在の課題を解決するためには地域枠制度は存続させるべきだと思っています」

永井氏は、医学部入試が理系科目に偏りすぎている現状や、医学教育をめぐる現状にも複雑な思いを抱く。

「理系の学力は医学の中の1つの要素にすぎません。点数を上げるためだけに高校生活が受験勉強漬けになるのは好ましくありません。化学や生物の知識はある程度役立つかもしれませんが、難しい数学の問題を解けても患者さんの様子を見るときには一切役に立ちません。

それより大事なのは、患者さんと話したり医療者とのコミュニケーションをとるうえでの文系の素養や、お年寄りが生きてきた時代背景や時事など一般的な社会常識です。医師を見ていると、その力がないわけではないけれど、もう少し知っていたほうがよいのでは……と思わされることが多いのです」

入試の成績と医学部での成績に相関はない

とくに自治医大の卒業生や地域枠採用者は、地元の大事な医者だからと「先生、先生」と呼ばれ、宴席で市長や村長の隣に通される機会もあるという。永井氏は学生に、月に1冊は医学以外の本を読んだり、同窓会など医者以外のコミュニティでさまざまな職業の人たちと話すことを勧めているという。

「私の実感では、入試の成績と医学部6年間の成績は無関係です。以前、ある大学の調査結果を示してもらったら、入試の成績と医学部卒業時の成績には相関がみられず、唯一弱い相関が見られたのが高校の内申書でした。入試で小論文や面接をじっくりやればいいという話ではなく、現在の医学部入試で測っている学力は何なのか、という根本的な議論が起きていいと思います。私は『医師余り』になってほしくて、一度『お前みたいな医者いらないんだよ』と言ってみたいんです(笑)本当に辞められたら困るので、今は言えないのですが」

近年永井氏は、幼児期からの医療教育を提唱している。運動は糖尿病予防になる、高血圧の原因となる塩分過多に気を付けるなど、誰もがある程度の医学の基礎知識を持ったうえで、さらに高い人間性を持つ学生を採用できれば、「優秀な医師になれる人を正しく選抜できるのでは
」と考えているのだそうだ。

このように、入り口の難関さが強調されがちな医学部受験だが、合格はゴールではない。6年間の学びのうえに医師国家試験、研修期間を経てようやくスタート地点という長い道のりだ。医師としての優秀さを何で測るかはさまざまな見方があるだろうが、少なくとも入試時の学力だけではないことは確かだろう。

一方で、働き方改革や臨床研修制度の見直し、医療技術の革新など医師を取り巻く環境は大きく変わりつつある。未知の状況にも対応できる医療者を育てるためにも、地域枠制度を含め医学部入試の改革が求められているのではなかろうか。

(文:長尾康子、注記のない写真:ダイ / PIXTA)