静かな生徒たちが授業中に盛り上がった理由

滋賀県立米原高等学校の英語教員、堀尾美央氏は、2016年からICTを活用した海外交流授業に取り組んでいる。その理念が認められ、教育界のノーベル賞とも称される「グローバル・ティーチャー賞」2018年度のトップ50に選出されている。

「きっかけは、前任校での生物の先生の授業です。旭山動物園の飼育員さんとSkype(スカイプ)を通して話を聞くというものでした。英語の授業でもできるのではと思ったのですが、実現できないまま今の高校に赴任することになってしまって。そんなとき、ケニアのナイロビにある全寮制の高校とつてができたんです」

滋賀県立米原高等学校 英語教諭 堀尾美央(ほりお・みお)
 中学時代、海外の同世代と英語で文通したことで英語力を身に付ける。神戸市外国語大学英米学科を卒業し、英語教諭となる。2016年から母校の滋賀県立米原高等学校英語コースの教諭としてICTを活用した海外交流授業に取り組んでいる。その理念が認められ、教育界のノーベル賞と称される「グローバル・ティーチャー賞」の2018年度トップ50に選ばれた

堀尾氏が担当する英語コースでは1月に合宿がある。最初の海外交流事業は、その合宿の夜にケニアと日本をつないで行おうと、半年前から準備を始めたという。夏にテスト接続も行い、本番に臨んだ。

「事前にケニアの先生と生徒の名前を教え合っておき、授業の冒頭で私はケニアの生徒の名前、ケニアの先生は日本の生徒の名前を呼んでみたんです。すると、生徒たちは『どうして知ってるの!? 』と大喜び。そこからは英語で『学校は何時に始まるの?』など生徒同士が質問をし合いました。お互いの言語を教え合うコーナーでは、うちの生徒たちが『なんでやねん』を教えて、あちらの生徒はスワヒリ語を教えてくれて。まさに文化交流ですね」

普段は静かな生徒たちが、ネットを通じた海外との交流で盛り上がるのか心配だったという堀尾氏。しかし、やってみると予想以上に盛り上がったそうだ。

「生徒たちは『言葉や見た目が違っていても、同年代なのでノリが同じだと感じた』と言っていました。地方の、とくに公立校では外国人の方と関わる機会はほとんどありません。ALT(外国語指導助手)の先生がいても大人ですし、交換留学生が来ても1人対大勢なので、どうしてもこちらの雰囲気にのまれてしまいます。しかし、Skypeで2つの教室をつなぐとお互いの雰囲気を保ったまま交流できるので、言葉を超えて感じるものがあったようです」

教員の工夫と生徒の頑張りで、できることがある

ケニアとの交流授業以降も、バーレーン、エジプト、スウェーデン、チェコ、マレーシア、ロシアなど、30カ国以上との海外交流授業を実現している。今年度は、新型コロナウイルスの感染拡大などでなかなか実施できていないというが、堀尾氏が顧問を務めるESS(English Speaking Society)部の活動で実施するなど海外交流を続けている。

海外交流授業を行うためには設備や相手の学校の先生とのすり合わせなど、越えるべきハードルはいくつもある。それでも堀尾氏が続けるのには理由がある。

堀尾氏は「非英語圏の国の人たちとも英語を使えばコミュニケーションが取れること、自分たちと違う考え方や習慣などに触れながら、異質に思えるものを受け入れる姿勢を養っていきたい」という

「生徒に、外国の方と接する機会をつくってあげたいんです。また、都市部なら進学先や予備校などにもアクセスしやすいですが、地方だとなかなかそうはいきません。私立高校や大学では留学する子もいると思うのですが、地方の公立校にはあまりいません。だからこそ、教員の工夫と生徒の頑張りで英語を話したり、それを通じて多様性に触れる教育をしたかったんです」

その思いの原点は、堀尾氏自身の体験だ。中学の英語の授業で、自分だけALTの先生の話がわからないことに気づいた。周りは英語の塾に通っていたが、堀尾氏にその選択肢はなかった。そこで、雑誌のペンパル紹介に応募し、海外の同年代と英語で文通を始めたという。

「自分の言いたいことを書くのも、来た手紙を読むのもすごく楽しかったですね。それに、文通することで授業の予習復習が完璧にできていたように思います。というのも、来た手紙の文中にwhoとかwhichと書いてあるけど、どういう意味かわからないときがあって。すると、翌日の授業で関係代名詞を習って『こういうことか!』とわかったんです。わかると自分でも使いたくなって、早速手紙を書く。その繰り返しでした」

いわば文通という自主的なアクティブラーニングによって、英語の成績が学年トップクラスにまで伸びた。自信と興味が湧いた堀尾氏は、現在の勤務先である県立米原高等学校の英語コース1期生として入学。塾や予備校に通うことなく神戸市外国語大学に入学した。

「私は留学経験がないのですが、高校時代の英語コースの先生が『英語は日本にいても話せるようになる。だから、そのためだけに留学しても意味がない』とおっしゃっていたんです。日本に英語が入ってきたとき、英語は海外の情報や知識を学ぶ手段だったはず。海外交流授業は、そこから一歩進んだものだと思っています。海外交流授業のとき、私は生徒に『君らは40人おるけど私は1人やから、困ったら君らでなんとかしなさい』と伝えて、ファシリテーターに徹します。すると、相手の英語を聞き取れなかった子がいたら、聞き取れた子が教えたり、お互いに助け合って自分たちで何とかしようとするんです」

公立学校の生徒と世界をつなぐためのコツ

海外交流授業では、文字情報を読んだとき以上に理解が深まることがあるという。

「以前、環境問題について書かれた英語の長文問題を読んで議論したとき、生徒たちは『環境破壊や野生動物の減少につながるパーム(やし)オイルの生産はやめるべきだ』という結論に達しました。マレーシアの高校とつないだときにその話をしたら、『それは無理』と言われたんです。『あらゆる製品に使われているし、仕事にしている人もいる。やめたら暮らしが成り立たなくなるし、対策も行われている』と。コミュニケーションで果たす役割は文字情報が3割、声のトーンや話し方、表情などが7割といわれていますが、ICTを通して相手の表情を見たり、実際の語気を感じながら話を聞くことで、生徒たちも考えが変わったようです」

マレーシアの高校とつないだときは、英語の授業で読んだパームオイルの環境問題について話を聞いた

教科を超えた学びをもたらす、ICTを使った海外交流授業。高校に限らず、小学校でも実践可能だと堀尾氏はいう。

「動画共有アプリの『Flipgrid(フリップグリッド)』を使い、1つのページにお互いの生徒が動画を投稿するんです。英語で学校内を案内する動画は盛り上がりますね。動画投稿なら生徒たちもしっかり準備できますし、時差がある国とも交流できます」

では、こうしたICTを使った海外交流授業を成功させる秘訣とは何なのだろうか。

「つなぐ相手の先生と指導案を練る際、価値観や考え方、文化の違いが出てくることもあります。だから、柔軟性は必要だと思いますね。交流相手は、姉妹校がおすすめ。母国に帰ったALTや青年海外協力隊の方に協力してもらうのもいいでしょう。国際協力関係のNPOやNGOにお願いするという方法もありますね」

今後は、海外だけではなく国内においてもICTを使った交流を進めていくという。実際、東京・八王子の工学院大学附属高等学校と一緒に授業を行ったこともあるという。

「地方と都市、公立と私立はなかなか接点がないので、都市部の私立高校とつないでみたいと思っています。都市と地方の教育格差を解消するのは難しいですが、ICTを活用することで、その差を縮めることはできるのではないかと考えています」

情報収集にとどまらず、世界各地との交流を可能にするICT。その活用は、これまで選択肢が限られていた地域の子どもにチャンスを与えることにもつながる。教育格差という課題を解決するICT活用の知見の蓄積と共有が、今後さらに求められていくだろう。

(写真はすべて堀尾氏提供)

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