「男の子は車、女の子はぬいぐるみ」という根深いバイアス

私は東京大学出身かつ現在教員でもあるからか、たまに子育て中の親から「どんな子ども時代だったのか」や「どんな知育や子育てをしていたか」を聞かれる。でも、知育や子育ての方法よりずっとずっと大事なのは、ジェンダーバイアスを刷り込まないことだと思う。

中野 円佳(なかの・まどか)
東京大学多様性包摂共創センター DEI共創推進戦略室 准教授
東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教、2024年より現職。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等
(写真:本人提供)

実は日本だけではなく、まだまだ世界中で、子どもの頃からジェンダーバイアスはさまざまな形で刷り込まれている。BBCが実験をした「Girl toys vs boy toys: The experiment - BBC Stories」という2017年の映像をYouTubeで見ることができる。

動画では、本当は女の子の赤ちゃんが、男の子っぽい服を着せられ、本当は男の子の赤ちゃんが、女の子っぽい服を着せられて、ボランティアの大人に預けられる。シッターを任された大人たちは、車やロボット、人形やぬいぐるみなどさまざまなおもちゃがある部屋で、赤ちゃんたちを見てもらう。

すると、女の子っぽい服を着せられている赤ちゃんに対しては、大人たちは概ねふわふわのぬいぐるみを差し出し、赤ちゃんの反応があろうがなかろうが、人形遊びに誘うのだ。

逆に、男の子っぽい服を着ている赤ちゃんには、男性であれ女性であれ、大人たちは、ロボットのようなおもちゃを差し出したり、抱き上げて車に乗せて体を動かさせたりする。「実はこの子は女の子/男の子なのですが……」と種明かしをすると、大人たちは「自分の中にバイアスがあった」と気づく、という動画だ。

この動画の発想のもとになったのは、心理学の「ベビーX」という実験とみられる。その実験を記した論文では、赤ちゃんが女の子だと言われると男性も女性も大人は人形を差し出す確率が高くなり、赤ちゃんの性別がわからないとされている場合、男性はジェンダー中立的なおもちゃを差し出すが、女性は人形を差し出すという大人側のジェンダー意識の差にも言及している。

残念なのはこの論文が1975年のもので、その当時からバイアスがあることは指摘されているにもかかわらず、2017年の先進国でも同じような現象が見られるということで、問題の根深さをうかがわせる。

与えられたおもちゃが「発達」に影響を与える

男の子は車や電車が好きで、女の子はぬいぐるみやお姫様が好き。このようなイメージを持つ大人は多く、実際に、幼稚園くらいの年齢の子どもたちに「好きなものを選んでね」と言うと、平均的には男の子は車や電車、女の子はお姫様を選ぶ比率が高いかもしれない。しかし、それは「作られた」性差である可能性がある。

まず、仮に生まれもった特性に性差があるとしても、思考や行動に関しては男女による差よりも個人による差が大きいとされている。おもちゃの好みについても、車や電車が好きな女の子や、お姫様で遊びたい男の子たちもいるはずで、性差より個人差のほうが大きい可能性が高い。

さらに、例えば5歳くらいで好みに平均的な差があったとしても、それは生まれ持った性差ではなく、周りの大人たちからの声かけや差し出されるものの積み重ねによって育て上げられた性差かもしれない。

『<新版>ジェンダーの心理学-男女の思い込みを科学する』(ミネルヴァ書房)は、どのようなおもちゃで遊ぶかが、発達に影響すると分析している。ミニカー、プラモデル、ラジコンカーなどは、何らかの工夫や操作をすることが必要で、物理的な世界の理解に役立つものが多い。一方、人形、ままごと、化粧道具などは、主に母親である養育者のまねをするものが多く、対人関係や社会についての理解に役立つものが多い。

さらに親は、このようなジェンダーに沿った遊び方をしているときに褒めたり一緒に遊んだりするが、反する遊びをしていると叱ったり無視したりすることがあると指摘されている。

※四本裕子 2022年「脳や思考・行動の男女差」日本ロボット学会誌, 40(1),21-24.

娘と息子で「期待する最終学歴」が異なる親たち

こうした幼少期からの声かけの積み重ねや、学齢期には教師などの「女子は理系科目が苦手」といったバイアスによって、理工系に進む女性が少なくなっている可能性がある。

それに加えて、親の言動や期待は、進路選択により直接的に影響することも指摘されている。教育社会学の研究者たちは、親が期待する最終学歴について、娘と息子に差があり、とりわけ相対的に収入が低い層においてこの傾向が顕著であることを指摘している。

つまり、経済的にゆとりがそこまでない家庭においてとくに、親は「男の子には、何としても大学に行かせたい」と考えるのに対し、娘に対してはさほど親が投資しない。

背景には、これが完全に根拠のない親の勝手なバイアスによるものだとも言えないところが残念なのだが、現代の日本は女性の就業継続や正規雇用が保障されにくい社会であり、実際に女性のほうが大学教育の経済的見返りが少ないという現状がある。また、娘の場合、親は実家から通える教育機関を望みやすいことや、浪人してまで子どもが志望校に進学することを重視しない傾向もある。

この話を大学生にしたとき、やはり次のように兄弟との差を感じている複数の女性学生から、「自分は第1志望に合格できなかったときに両親から『合格したんだから浪人しなくてもいいんじゃない』と言われたのに、附属校に通っている弟には『内部進学の権利を失ってもいいから国公立挑戦してみたら?』という話が出ていた」というエピソードや、「受験期時代に『女子なんだからそんなに勉強しなくていいのに』『どうせお嫁に行くんだから』といった言葉をぶつけられた」という声が上がった。

直接的、間接的に、親のバイアスは子どもに影響を与えてしまう。今一度、バイアスのある声かけをしていないか、内省をしてみてほしい。もちろん子どもは親の影響だけを受けるわけではなく、教師などさまざまな大人、そしてメディアなどの媒体からもバイアスを受け取る。

だからこそ、親としても、いかに自分の子どもを社会的に有利なポジションに押し上げていくかということよりも、世の中全体の大人たちのバイアスを払拭していくことにも関心を持ってほしい。それが未来を作っていくことになる。

(注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)