「欠点」にこそ、キラリと光る魅力がある

今年8月に刊行された『キラリモンスター ちょっと変わった偉人伝』。これまでの偉人伝とは異なり、ユーチューバーや芸能人、キャラクターデザイナーやお菓子開発者など子どもたちに比較的距離が近い有名人を“偉人”として取り上げ、次世代のロールモデルとして紹介している。しかも彼らの「欠点」にこそ、成功へのヒントが隠されているというアプローチがユニークだ。大人でも参考になる本として今、各方面から注目を集めている。

『キラリモンスター ちょっと変わった偉人伝』(大和書房)。カラフルな表紙が目を引き、子どもでも手に取りやすいデザインだ

著者である小川凜一さんは教育プランナー。あまり聞いたことがない肩書だが、どんな経緯で小川さんは教育プランナーを名乗るようになったのだろうか。もともと小川さんは、北海道教育大学の出身。教員免許を取得し、先生を目指していた。だが、小学校での教育実習の最後の授業で、転機は訪れた。日頃は話さない自分の来歴について話したところ、ほかのどんな授業よりも子供たちの目の色が変わったことに目を開かされたのだ。

「小学校3年生の授業でしたが、子どもたちは目を輝かせて聞いてくれました。そのとき、身近な大人の経験を伝えることは、子どもにとって、とても大事なことではないかと思ったのです。しかし、私自身は学校という空間しか知らない。ここは一度社会に出て、人生経験を積むべきだと考えたのです」

そこから小川さんは方向転換し、大学卒業後、先生にはならずに東京のベンチャー企業に就職。新規事業の立ち上げなどを経験した後、プランナーとして、さまざまな仕事に携わった。その頃、学生時代からの友人のアイデアを具現化する形で、2019年8月に『こども六法』(弘文堂)の出版をプロデュースすることになる。この本は、累計発行部数69万部の大ベストセラーとなり、今も売れ続けている。この成功をきっかけに小川さんは、教育プランナーを名乗るようになった。

「私も中学時代、ひどいイジメを受けた経験があったのですが、当時は先生に相談するのは弱虫な人間だ、といった風潮があり、誰にも相談することができませんでした。しかし、この本を読めば子どもたちは法律によって、イジメから自分を守るすべを知ることができます。先生にもイジメの根拠を示すことができるようになるのです。当初は、法律を子どもに伝えることにネガティブな反応を示されることもありました。しかし、子ども向けにイラストを多用し、見せ方にもこだわって、法律を伝えることを工夫した結果、受け入れられる人数が増えていきました。子どもたちにもわかりやすかったようで、予想外の売れ行きにつながったのです」

教育プランナーとしての道を歩むようになった小川さんは、21年にコロナ禍で文化祭ができなかった学生たちのために「全国オンライン学生祭」を開催したほか、現在はデザイナーの妻と夫婦で会社を設立し、児童書の企画・執筆、授業や教材の開発をはじめとして、クリエーティブを武器に子どもたちが学ぶ機会を支援する活動を行っている。

大人だって、完璧じゃないと子どもに伝えたい

そんな小川さんが自著として初めて出版したのが『キラリモンスター ちょっと変わった偉人伝』だ。著書にはどんな思いが込められているのだろうか。

「イジメから子どもを守りたいと思って『こども六法』をプロデュースしたのですが、今度はそもそもなぜイジメは起こるのか。イジメが起こってしまう原因について切り込めないかと考えたのです。例えば、イジメは異質なものを排除する目的で行われることもあります。ただ法律でイジメから自分の身を守るだけではなく、もっと子どもたちがイジメに向かってしまう意識そのものを変えたい、そう思ったのです。そのとき、ふと思い出したのが教育実習での経験でした。子どもたちは、大人がどのように大人になったのかに興味を持ちます。しかし、大人の話を聞く機会は学校ではあまりありません。学校では1つの価値基準でくくられ、子どもたちの欠点は是正される対象ですが、実は世の中の大人たちだって完璧ではない。むしろ欠点を生かしながら、自分なりの方法で大人になっていく。それが現実なのです。大人が大人になる、その多様さ、そして、欠点こそが生き抜く力になることを子どもたちに知ってほしいと思ったのです」

小川さんは子どもたちのお手本になるように、できる限り具体的なロールモデルを取り上げようと考えた。そこで、デジタル時代だからこその勝ち方、つまり、これまでとは異なる現代風の勝ち方で名を成してきた人物を中心に人選を行った。その結果、本ではどのような人物が偉人として登場しているのだろうか。ここですべて挙げてみよう。

ベストセラーの児童書『かいけつゾロリ』(ポプラ社)作者、原ゆたかさんの子どもだったときは…(『キラリモンスター ちょっと変わった偉人伝』より)

人気ユーチューバーのHIKAKINさん、『かいけつゾロリ』作者の原ゆたかさん、ファッションモデルの冨永愛さん、ダンボール・アーティストのいわいともひささん、サンリオの『シナモロール』『ルロロマニック』のキャラクターをデザインする奥村心雪さん、起業家の家入一真さん、知育菓子開発者の渋井弘美さん、タレントの渡辺直美さん、カリスマ教師の井本陽久さん、バーチャル・ユーチューバーの動く城のフィオさん、映画監督の河瀨直美さん、ブロガーのARuFaさん、コピーライターの澤田智洋さん、NPO法人代表の本木恵介さん、ロボットコミュニケーターの吉藤オリィさん。

皆さんはこの中で、どれくらいの人を知っているだろうか。いずれもこれまでの価値観から飛び出し、それぞれの方法で名を成した人たちだ。では、そんな彼ら“偉人たち”から、今後、子どもたちが社会を生き抜いていくうえで、どんなヒントが得られるのか。いくつかの偉人を取り上げながら、小川さんに紹介してもらおう。

「まずHIKAKINさんからは、自分が極めたいと思ったことを自分1人でもやり続ける力、ということを学べるのではないでしょうか。HIKAKINさんは高校時代にボイスパーカッションに興味を持ったといいますが、そのハマり方が尋常ではない。学校では空き教室で休み時間ごとに1日中練習し、休日には近所の公園の土管の中で練習するという入れ込みよう。自分が高まっていくことだけを面白く感じる。その才能はすごいと感じました。今でこそ、人気ユーチューバーですが、当初は孤独な闘いで、1人で問題点を見つけ、改善する繰り返し。人から注目されなくても、孤独にコツコツとやり遂げる。そんな力を学ぶべきでしょう。ただ、HIKAKINさんの場合、自分のやりたいことを好きにやればいいという考えではなく、むしろ『1番になることを目指せ』と言います。そこが意外で面白いと思いましたね」

(右)現在のHIKAKINさん。再生数やチャンネル登録者数を増やすための、徹底的な分析を欠かさない。最後にチャンネル登録と高評価をお願いするのも、HIKAKINさんが見つけ出した成功法則のひとつなのだという(左)HIKAKINさんのビートボックス動画(https://www.youtube.com/watch?v=LE-JN7_rxtE)(『キラリモンスター ちょっと変わった偉人伝』より)

分身ロボットの遠隔操作を通して「人類の孤独を解消する」ことを目標に掲げる吉藤オリィさんは、小中時代は引きこもりだった。しかし、そんな孤独の中で、ロボットに興味を持ち、こちらも尋常でないハマり方を示し、新たなロボットの可能性を切り開いた人物だ。

「同じハマり方でも、HIKAKINさんは自分の位置やレベルアップのみに興味があるのに対し、吉藤さんは自分の位置やレベルを、他人を通して相対化するところが面白いと言えます。例えば、引きこもり時代に何がつらかったのかと彼に聞くと、『自分はコミュニケーションが苦手だから、他人に何かしてもらったのに自分は何も返せない。それがつらい』と答えています。つまり、HIKAKINさんが自分に矢印が向いているとすれば、吉藤さんは他人に矢印が向いている。自分のようにコミュニケーションが苦手だったり、困難だったりする人たちを助けたい。そこから人類の孤独を解消するというミッションに行きついた。そして分身ロボットを制作するに至ったのです」

また、『シナモロール』『ルロロマニック』をデザインする奥村心雪さんは、「物事を話して伝えることが苦手で、言いたいことが言えなくて手が先に出てしまう」子どもだったが、「自分の中で想像を膨らませることだけは得意だった」という。そうした想像力が、しっかりした世界観のある『シナモロール』の誕生につながったという。

シナモロールは、キャラクターの世界観がしっかりと作り込まれている。奥村さんが、幼い頃から自分だけの世界を作ってきたことが役に立っているそうだ(『キラリモンスター ちょっと変わった偉人伝』より)

つらいことから「逃げ続けて」成功した人もいる

一方、連続起業家として成功している家入一真さんの場合は、コンプレックスの塊。注射器が怖くて学校を逃げ出したことがあるというエピソードの持ち主でもある。

「つらいことからどうしても逃げてしまうというところが家入さんの欠点だといえます。しかし、家入さんが面白いところは、逃げ出した後に、何か新しいことをしたいという意欲を持っていることです。バイトからも、正社員からも逃げてしまうのですが、どこかに所属することが苦手なのであれば、自分で会社をつくればいいことに気づく。でも、そこから会社を上場させたにもかかわらず、すべてを失い、また逃げてしまう。それでも、また会社をつくって成功に導いていく。大人の言葉として『諦めずにその場にずっととどまって花を咲かせなさい』といったものがありますが、家入さんの行動はまさにそんな大人の価値観を覆すものです。逃げていいから逃げた先で何かをすればいい。彼の『諦めたけど、諦めなかった』という言葉からは、何らかの勇気をもらえるのではないでしょうか」

「逃げてもいい」と語る家入一馬さん。逃げても人生は終わらないと伝えてくれる大人の存在は貴重だ(『キラリモンスター ちょっと変わった偉人伝』より)

では、こうしたユニークな偉人たちの欠点やエピソードを知ることで、子どもたちには、どのようなことを感じ取ってほしいのだろうか。

「これまで私たちが読んできた偉人伝では『苦難にめげずに立ち向かった、我慢して忍耐で頑張れ』といったようなニュアンスが強かったと思いますが、私の偉人伝は『今君が持っているもので大丈夫。欠点に見えるものこそ、武器になる。大人になるにはいろんな道があるのだから、どんな生き方でも可能なんだ』ということを子どもたちが感じ取ってくれたらいいと思っています。今という時代はもっといろんな生き方ができる。そんな自分の可能性を子どもたちに知ってほしいと思っています」そう語る小川さん。教育プランナーとして今後も活動を広げていくというが、どのような取り組みを目指しているのだろうか。

「私は民間の立場から教育をビジネスにしているからこそ、学校が担えない部分をサポートしていきたいと思っています。学校の現場では、今も学校外の知識や、実際の大人の社会を具体的に知る機会はそれほど多くはありません。その意味でも、子どもの社会と大人の社会の間にある溝をなくして、地続きにしたいと考えています。子どもにとって将来の夢といえば、はるか先のように感じるでしょうが、子どものときから、その道はすでに始まっている。今と将来は地続きなのです。まさに学校と社会を地続きにするような活動を通して、子どもたちの将来の可能性を広げていきたいと思っています」

小川凜一(おがわ・りんいち)
教育プランナー。北海道教育大学で教員免許を取得。2019年『こども六法』(弘文堂)の出版をプロデュース、累計発行部数69万部のベストセラーに。2021年、コロナ禍で文化祭ができなかった学生たちのために「全国オンライン学生祭」を開催。全国から500名以上の学生が参加、多数の著名人も出演する大規模イベントとなった。現在は、本書及び『こども六法』のデザイナーである妻の砂田智香と、夫婦でLUCK(ラック)株式会社を設立し、子どもたちが学ぶ機会をクリエイティブで支援する活動を行っている
(写真:本人提供)

(注記のない写真:topic_kong / PIXTA)