「Viscuit」で“図工×プログラミング”の授業を実践

ここは、東京・新宿区立富久小学校3階の図工室。3、4時間目が図工の授業という2年2組の児童27名が、3人1組のグループに分かれ、着席している。机に置かれているのは、マイクロソフトの「Surface Go2」だ。

「今日は、パソコンを使って『ふしぎなたまご』をつくっていきましょう。みんな、パソコンは起動できましたか?」

児童が立ち上げたタブレット端末の画面に現れたのは、プログラミングツール「Viscuit」。「画面上に自分で描いたたまごの絵をタッチすると、たまごが割れて何かが産まれる」というオリジナルの作品をつくる“図工×プログラミング”の授業の始まりだ。

3時間目は、お絵描き画面の「えんぴつボタン」で描いた絵を、プログラミングの指示を出す「めがねボタン」を操作しながら回転させたり、絵を変化させたりする“練習”を行った。児童はそれらを踏まえ、どんなたまごを描くか、割れたたまごから何が出てくるのかを自由に考えながら、思い思いのペースで作品をつくっていく。

画面に向かい、一心不乱に作品づくりに没頭する子。

「あれ? 画面が閉じちゃった」

「めがねボタンってどう使うんだっけ」

など、困り事を先生や周りの友達に聞きながら進めていく子。富久小学校の図工教員・岩本紅葉先生はそれぞれのテーブルをゆっくり回りながら、「どうすれば絵が変わるのかな?」などと声をかけながら、児童が自ら手を動かし、何度もやり直しながら試行錯誤を重ねる様子を見守る。

一人ひとりの画面に現れる、大きさ、色、形、数などさまざまなたまご。たまごを割ると、ぴょこんと出てくるのは、クジャク、カメ、恐竜、お花……。27通りの「ふしぎなたまご」が次々と完成していく。

パソコンを使って、たまごを描き、割れたたまごから何かが出てくる「ふしぎなたまご」をつくる子どもたち

作品づくりの終了を告げるタイマーが鳴ると、「終わったグループから作品を写真撮影するので、声をかけてね。次の図工の時間に、みんなで作品の鑑賞会をします」と、岩本先生。

児童はみんな「やり切った!」といった充実の笑顔。慣れた手つきでタブレット端末の電源を切り、「ありがとうございました!」と元気にあいさつし、教室に戻っていった。

「ふしぎなたまご」は、もともと、色画用紙や紙テープ、クレヨンなどを使い、たまごから産まれてくるものを想像しながら制作する“アナログ”の題材であるが、「『Viscuit』を使って作品が動くようにすると面白いかなと思い、授業に取り入れました」(岩本先生)という。

やりたいICT授業を実現させるため、「MIEE」の扉を開ける

ICTを活用した図工の実践「ICT夢コンテスト2019」で文部科学大臣賞受賞、2020年3月には、教育界のノーベル賞といわれる「グローバルティーチャー賞」のトップ50に入選など、華々しい活躍を見せる岩本先生の源にあるのは、ICTへの愛だ。

「もともと描くことや作ることが好きだったのですが、中学生の時にPowerPointを初体験したことをきっかけに、パソコンで絵を描いたり、絵を動かしたりする楽しさに私自身がはまりまして(笑)。自分の作品づくりのツールとして、ICTを積極的に使っていました」という。

高等学校卒業後、三重大学教育学部学校教育教員養成課程美術教育コースに進学。教育実習の時に、図工の授業でICTを初めて取り入れた。

「5年生の授業で、画面が連続している複数の絵の束の端を素早くめくることで絵が動いて見える『パラパラ漫画』を扱ったのですが、『この題材ならICTを使うと楽しいだろうな』と。児童が描いた絵を1枚1枚スキャンしたり、デジカメで撮影したりしながらコマ撮りアニメにしました。今から10年以上前の話で、当時は専用アプリがなかったため、かなりアナログな作業だったのですが、鑑賞の時、子どもたちがすごく喜んでくれ、『作品をもっとつくりたい!』と大盛り上がりだったんです。図工にICTを取り入れると表現の幅が広がり、子どもたちが意欲的に学ぶきっかけになることを実感しました」

10年から東京都の図工専科教員として採用され、八王子市立館小学校、三鷹市立第一小学校勤務を経て、20年から新宿区立富久小学校に着任した。初任校時代から、木工作品をデジタルカメラで撮影して動画にするなどの実践を行ってきた岩本先生が、図工専科教員としてよりジャンプアップするきっかけとなったのが、18年にマイクロソフト認定教育イノベーター(以下、MIEE)に認定されたことだ。

MIEEとは、教育現場におけるテクノロジー活用を先導する教育者が集まり、マイクロソフトと共に新しい教育を作り出すコミュニティーであり、マイクロソフト公式のグローバルなプログラムである。MIEEに認定されると、実践用の機材や製品ライセンスの貸し出し、各種勉強会や公開授業などの支援が受けられる。

「ICTツールを活用した授業を行いたいのに、校内のネット環境やパソコン・タブレットの配備環境が整っておらず実現が難しい状況に出くわし、打開策を模索していたときにMIEEを知りました。認定されれば、マイクロソフトの教育チームから20台のパソコンと数台のルーターをレンタルできることを知り、『やりたい授業が実現できる』と思ったのです。教育ICTに携わる全国の先生たちと横のつながりが持て、交流できることにも魅力を感じました」

自らのパッションで、教育活動の幅を広げてきた岩本先生。高学年を対象に、プロが奏でるピアノ演奏を聴きながら「Viscuit」を用いて曲のイメージを動く絵として表現する授業を三鷹市スポーツと文化財団と協力して実践し、完成作品を地元のホールが開催するコンサートでプロの演奏に合わせて投影。学校の展覧会では、児童が制作した「Viscuit」の動画作品をPowerPointに挿入し、発泡スチロールで制作したお城にプロジェクションマッピングで映し出した。これらの取り組みが、先に記した「ICT夢コンテスト2019」「グローバルティーチャー賞」受賞につながった。

国語や総合などの教科学習を「図工×ICT」でさらに発展

独創的な授業実践のアイデアは、「まずは自分が知識を蓄えることから。SNSなどで、国内、海外のさまざまな教科を教える先生の投稿をチェックしてインプットしたり、興味を抱いたICTツールを試したりしているうちに『図工の授業のこの部分にこのツールを使ったら面白いかな』などとひらめくことが多いですね」という。

「Viscuit」以外にも、ロボット・プログラミング学習キット「KOOV(クーブ)」、マグネット式の電子工作キット「littleBits」などのツールを取り入れてきたが、「図工の授業でICTを使うのは、あくまでも選択肢の1つ。私の中でICTは、画用紙や絵の具、粘土などと同列のところにある感覚です。絵の具は質感やテクスチャー、粘土は自然材料の手触りを感じつつ色や形の変化を楽しみながら表現できるのが、アナログならではのよさ。アナログツールを使う授業も大切にしながら、最終的には子どもたちがICTとアナログを自由に組み合わせ、作品づくりができるようになればいいなと思っています」

岩本先生が、もう1つ、授業実践で大切にしているのが、教科学習とのコラボレーションだ。

「例えば、2年生の図工の授業『スイミーが見た世界』では、国語の授業で『スイミー』を学ぶタイミングに合わせ、子どもたちにスイミーが見た世界を想像してもらい、『Viscuit』で動く絵を描きました。授業のあと、『Viscuit』の『ランド』の機能を使って子どもたちの作品を集めたものを、学校内の空き教室の天井や壁に不織布を貼り、プロジェクター2台を使って投影。大きな水族館のような空間ができて、子どもたちは自分の描いた魚や友達が描いた魚を見つけて大喜びでした。このような教科横断型の授業で、子どもたちの発想が無限に広がっていくのも、とても楽しいですね。

さまざまな情報をインプットできるのに加え、このようにダイナミックにアウトプットできるところ、友達の作品を見ながら感想を伝え合ったりなど表現者同士でつながりが生まれるところが、ICTのよいところだと思います」

国語の授業で「スイミー」を学ぶタイミングに合わせて、スイミーが見た世界を想像して「Viscuit」で動く絵を描いた

「公立は予算がないから」と諦めず、自ら動く

授業実践の傍ら、教育やICTをテーマとしたイベントやワークショップを開催するラーニングコミュニティー「SOZO.Ed」、「とにかくやってみるプログラミング教育ティーチャーズ」をコンセプトとする団体「Type_T」など複数のコミュニティーに所属し、イベントやワークショップ講師として登壇したり、勉強会に参加して情報交換したりなど、アクティブに活動する岩本先生。

「当たり前ですが、教師は授業が命。その授業を最高のものにするためには、自分自身が楽しみながら学び続けること。自分が『楽しい!』と思う授業を実践することが、子どもたちの『楽しい!』につながっていくと信じています。図工は、ほかの教科と比べて自由度が高い教科であるからこそ、子どもたちが自分の力で考え、表現することを応援できるような先生でいたいですね。

公立小は予算が限られていますが、学校外とつながりを持つと、ツールを借りたりモニターとして使わせてもらえたりする機会につながることも多いです。ロボット・プログラミング学習キット『KOOV』も、ソニーさんにお願いし、モニターとして使わせてもらいました。『公立だから』と諦めず、自らアクションを起こす姿勢も大切だと思います」

岩本先生の目下の楽しみは、学校行事の展覧会だ。

「どんな展覧会にするか、四六時中考えていますね(笑)。今年は、マイクロソフトのクラウドサービス『SharePoint(シェアポイント)』を使って子どもたちの作品をバーチャル空間に展示したいな、と。会場である体育館をどのようにレイアウトしていくか。考えるだけで、ワクワクが止まりません」と、輝く笑顔で答えてくれた。

岩本 紅葉(いわもと・もみじ)
東京都新宿区立富久小学校 主任教諭/図工専科
教員歴12年目。プログラミングソフトでつくるプロジェクションマッピングや電子工作など、情報通信技術(ICT)を活用した図画工作授業を実践している。2018年に第21回東京新聞教育賞、19年に「ICT夢コンテスト」にて文部科学大臣賞受賞、20年「Global Teacher Prize」にてTOP50入り、文部科学大臣優秀教職員表彰受賞。「SOZO.Ed」「Type_T」「美術による学び研究会」「MIEE Talks@Admin」「LINEみらい財団教員コミュニティ」メンバー。18年よりマイクロソフト認定教育イノベーター、21年よりAdobe Education Leader。日本文教出版の教科書執筆に携わる

(企画・文:長島ともこ、撮影:佐々木仁)