デジタルが教育に与える可能性と、その未来

――新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の感染拡大に対し、台湾の取り組みが世界で高く評価されています。教育現場においては、日本では休校措置がとられ、入学式など通常の予定を進められないうえに、休校中の授業をどう進めればいいのかといった混乱も生じました。台湾では学校教育など、どのように進められましたか。

唐鳳:台湾では新学期の開始を2週間遅らせ、すべての学校でマスクや非接触型の体温計、アルコール消毒液、せっけんなどの基本的な衛生用品がそろっているかを確認することから始めました。したがって、今年の夏休みも2週間遅れで始まることになりました。

最大の変化といえば、新型コロナ対策として大規模な集会を行わないなど、いわゆる「密」を避けたということ。また、対面型のディスカッションを行う授業においては、オンライン型の学習を応用する機会が増えました。これは、マスクを着けていると相手の表情がわからないためです。

ただ、台湾では世界で見られたロックダウンや、日本で行われた緊急事態宣言は実行されませんでした。そのため、遠隔授業とはいっても子どもが家にいて、学校とつながるという形ではなく、小規模のクラスやグループに分かれ、それぞれ異なる場所から、衛星のように大きな教室空間につながっているような状況をイメージされるとよいでしょう。例えば、オンラインで行っている今回のインタビューでも、台湾側に私とカメラマンの2人がいて、日本側に記者と通訳を含めて4人います。こんな形のオンライン授業が、台湾ではよく行われています。

総合的には、新型コロナによる影響を受けた程度は、他国よりも小さかったと思います。ビデオ関連のテクノロジーが発達したので、不鮮明な画質や、途中で音声が途切れるといった5年前や10年前にはよく悩まされた問題もなくなりました。パソコンを開いて接続すれば、お互いがはっきりと見えることは、もはや普通ですからね。

インタビューは、台湾行政院にある唐鳳氏の執務室と、日本をデジタルで結んで行われた

――デジタル技術やオンラインを活用して教育を支援するということは、日本でもつねに言われていることです。ところが、実際の現場では、どのように導入して、どのように活用すればよいのかという点で、先生たちも子どもたちも試行錯誤をしています。教育現場のデジタル化のために、その具体的な方法や方向性をどう考えていけばよいでしょうか。

唐鳳:「デジタル化」ということが指す内容は、実にさまざまなものがあります。例えば、ビデオチャットや2つの教室を合併させる「ダブルルーム」、1人の先生が担任する教室にいて、専門課程の先生がほかの教室やスタジオといった離れた場所にいて授業を行う「ダブルティーチャー」といったやり方は、いずれも空間という制約を取り除くために行われるものです。別の空間にいても、同じ時間を共有していますね。

私がデジタル大臣に任命される前のことですが、台湾のテレビ局からインタビューを受けました。当時、私はフランスにいたのですが、インタビューはVR(バーチャルリアリティー)のスタジオで行われました。

このインタビューで、身長が180cmある私はVR内で3Dスキャンを受け、自分が小学生と同じ身長になるようなキャラクターを作りました。こうすることで、子どもたちが大人を見上げて話す必要がなく、同じ目線で、またより身近な空間でインタビューができたわけです。これはすべての子どもたちに親近感を与えるためになされた工夫ですが、あらかじめ録画されているビデオを見るよりは、確かに距離感はぐっと子どもたちと近づくことになります。

デジタルが人の距離を縮め、関心と信頼を高める

――日本では、新型コロナによる休校中の授業を補うために、大量のプリントを渡しただけという学校も少なくありませんでした。オンライン授業が行われたのも、ごく一部の学校だけで、日本の多くの学校はプリントで代替したところが多かったようです。こういう学校の現状で、デジタル化、オンライン化を切り開くことはできるのでしょうか。

唐鳳:私が中学3年生の頃、不思議に思っていたことがあります。インターネット上ではなぜ、そこまで時間をかけずにお互いを信用して一緒に行動を起こすことができるのか。一方で、実際の対面関係ではなぜ、お互いを信用するのに時間がかかり、互いを理解してからでないと一緒に何かをすることができないのか。それを理解したかったのです。

また、メディアでもそうだと思いますが、何かを出版する際に、未完成なまま発行するということはありませんよね。必ず取材・編集を経た後に出版されます。しかし、インターネット百科事典である「Wikipedia」では、まず誰かが執筆した後に、ほかの誰かが誤字脱字はもちろん、内容の信憑性などについて修正、かつ意見を述べながら改編されていきます。なぜリアルとネットでは、このような違いがあるのか。それが中学3年生当時の私の研究テーマだったのです。

そう考えているうちに、ネット上にはジャーナル(学術誌)での査読が完了していない多くの研究者の論文(プレプリント)が「arXiv(アーカイブ)」(arxiv.org)というサイトに、その研究内容とともに掲載されていることに気づきました。ネットを通じて世界の研究者が、今現在どのようなテーマを研究しているのかを理解し、その中から自分が興味のあるものを見つけることができるのです。

化学分野でも「ChemRxiv」(chemrxiv.org)というサイトがあります。例えば化学に関心のある中学生であれば、アルファベット順に農業や食品に関連する化学、あるいは生物、医学に関連する化学、工業面で化学がどのように応用されているのかを調べることもできますね。さらには化学によるエネルギーやCO2削減の可能性、気候変動への対策……などいろいろな分野に関することが一目瞭然なわけです。

興味のあることを探す中で、さらなる興味を持ったら、今度はその専門の研究者にメールを書いてみるとよいでしょう。研究者というのは、自分の研究分野に関する質問を歓迎する人たちです。また、ネット上でやり取りしている限り、質問をしているのは中学生ではなくて、同じ研究者だろうと思うこともあるでしょう。となれば、「一緒に研究を進めよう」ということにまで発展する可能性も出てくるのではないでしょうか。

好奇心が「共通善(Common Good)」となりイノベーションを生む

――そう聞くと、唐鳳さんは教育の分野でも社会全般においても、興味や関心を実行に移す際には、まずネットやIT技術を利用してやってみる。やってみた後に、ほかの人からの意見や修正を広く取り入れながら発展させていく。これこそイノベーションの手法だとお考えなのでしょうか。

唐鳳(とう・ほう、オードリー・タン)
1981年台湾・台北市生まれ。幼少からコンピューターに興味を示し、12歳からプログラミング言語を勉強。プログラマーとして有名になる。14歳で中学を中退。15歳で起業。19歳で米シリコンバレーでも起業。2016年からデジタル大臣として、台湾史上最年少の若さで入閣。現職。

唐鳳:確かにそうです。私にとってイノベーションとは、つねに自身の問題や好奇心を解決するところから始まり、同じ使命感や好奇心を持った仲間を集めて「共通善(Common Good)」を達成すること。社会分野、経済分野、環境分野など、どの分野でもイノベーションを起こすことは同じで、コミュニティーとの連携が大切だと思います。ほかには、おいしいものを食べて、よい音楽を聴く(笑)。これもイノベーションのためには大事です。

――唐鳳さんの個人的な体験を中心にお伺いしたいのですが、唐さんの学歴は中学卒業。しかも、中学生の後半は学校に通っていませんでした。そういった中で、印象的だった教育、学習について話していただけないでしょうか。

唐鳳:私は中学2年生の時にサイエンスフェアに参加し、AI(人工知能)やAIの自然言語処理に関する最先端技術をテーマに研究していました。その過程で多くの研究者と出会いましたが、同時に、学校の授業で学べる内容は最先端の知識よりも10年ほど遅れていることに気づいてしまったのです。

そこで、当時の校長先生を説得しました。校長先生としては、「学校に行きたくない」という私の要望を受け入れれば、罰金が科せられてしまいます。それでも校長先生はすばらしい方で、「明日から学校に来なくてよい。後は私が何とかするから」と言ってくれました。時効となったため、今ではこのような話を皆さんと共有できるようになったのですが……(笑)。

当時のような状況下にあった公務員でさえ、いわば市民的不服従ということができた。これは教育における1つのイノベーションだと思います。それを私は目の当たりにしました。現在、デジタル大臣という立場から、公務員の中でもイノベーションを起こせる力があるかどうか。これについては、私は誰よりも自信を持っています。

――自分の強い関心や興味を中心に、いろいろなことを自分から進んで勉強していくことがいちばん大事、ということでしょうか。

唐鳳:そうです。2019年に台湾の「新学習指導要領」(十二年国民基本教育課程綱要総綱)に基づくカリキュラムの開発を議論する委員会に私も参加していましたが、われわれは学生が自発的に、自ら学習の動機を探すことが、今後は最も重要だと考えています。

というのも、一人ひとりが生涯学習の習慣を維持する必要があります。そして、その動機が自分の心の中から発せられたものであれば、学習に対する情熱を一生涯、持ち続けることができるからです。そのような動機が、単に他人との比較やよそから植え付けられたものであったとすれば、学校教育から離れてしまった途端、「学習しよう」という動機が弱くなってしまうでしょう。生涯学習はやはり、最も大事だと考えます。

正解がないからこそ、生まれる創造性

――親や教師から、子どもたちに自学できるような情熱を与える具体的な方法はありますか。

唐鳳:1つのよい目標が提示されています。国連の「SDGs」(2030年、持続可能な開発目標)を参考にしてみたらいかがでしょうか。なぜなら、SDGsが持つ特色は、われわれの世代が経済や環境、社会的活動をしていくうえで、次の世代あるいはこれから7世代ぐらい先に至るまでによりよいものを築いていくということを基本的な考え方として構成されているからです。

また、気候変動や貧富格差の拡大、オートメーション化が進む未来における問題は、私たちの世代よりも、彼らの世代のほうが身近で切迫した問題です。だからこそ、今の子どもたちがSDGsに関する議題を耳にすれば、彼らの世代のほうが今後より大きな影響を受けるわけですから、きっとたくさんの時間をかけて理解し、学習しようとするはずです。

――SDGsをいかに達成していくか。目標はあっても、「こうすべし」という正解もまたないのではないでしょうか。不確実性が増す世界で、正解のない問題をどう解決していくのか、そのような知力、知性も必要とされています。それらをどのように獲得すべきだと思われますか。

唐鳳:確かにSDGsは目標だけであって、それらの目標をどのように達成するかは明確に提示されていません。とはいえ、だからこそ意味があるともいえます。なぜなら解決しようとする過程においてこそ、イノベーションや発展が存在する余地が出てくるからです。

目標はこう達成すべし、と指定されていたら、それはもはや目標ではありませんよね。決まった台本どおりに進めればよいだけです。小さい子どもを見ていてもそうですね。ルールが厳密に決められているボードゲームには興味がなく、砂や粘土のように「こう使う」と決められていないもののほうが最大限の創造力を発揮できます。SDGsもこれと同じようなことです。

愛用のiPadとMacBookを使いながら、インタビューに答える唐鳳氏

デジタルデバイスの利用は最初が肝心

――日本では今、新型コロナの感染拡大を考慮したうえで、デジタルデバイスを小学校低学年から与えるという動きが出ています。すでにデバイスを持っていて、何らかの分野に関心がある子どもたちは、自ら情報を集めることができる状態です。とはいえ、初めてデバイスを通じてデジタルに接していく小学生にとって注意すべきことは何か。それを大人はどう教えていけばよいでしょうか。

唐鳳:最も大事なことは、先ほども述べたような「自発的な態度」だと思います。例えばSNSの代表例の1つにFacebookがありますが、私は「News Feed Eradicator for Facebook」というプラグインソフトを使って、Facebookに接続して最初に出てくるニュースフィードを取り除いています。

これが意味することは何かといえば、私が自らの好奇心をもって自発的に探した情報のみ、表示されるようにしているということです。まずは「自分から探せるようにする状態」を用意しているのです。

デバイスに関しては、とくに子どもには、パソコンとは自転車と同じように、最初は自分からペダルを踏む必要がある、ということを理解させるべきでしょう。もし、最初から自動運転車が与えられれば、自主性は影響を受けてしまうおそれがあるからです。

――子どもたちがパソコンやインターネットを利用する際には、大人が使うときと違った注意が必要だということを、しっかり伝える必要がありそうですね。

唐鳳:そのとおりです。例えば「ご飯を食べる前には手をきちんと洗う」というような生物学的、心理学的衛生の概念や知識といった基本的な作法を植え付けるのは、パソコンやインターネットを利用する際にもとても大切です。食事の前には手を洗うという習慣がきちんと身に付いた子どもであれば、学校でどのような給食が提供されても問題はないでしょう。パソコンやインターネットも同じことです。

行政院の廊下で。どんな質問にも、時にはユーモアを交えながら、実体験に基づいた論理的な答えが返ってくる

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