学級開きの意味から考える学校に来る意味
この一年いろいろなことがあったことでしょう。思い出に浸りながらも学級担任の皆さんは、新年度をどのように迎えようかと考えている方も少なくないのではないでしょうか。2020年の春に突然始まったコロナ禍でしたが、23年の春にさまざまな制限が解かれ、マスクをしなくていい学校生活が始まろうとしています。
しかし、すべてにおいてコロナ禍が始まる前と同じになるかというと、そうはならないと考えています。その最も大きな要因の1つに、学校教育がオンライン教育という選択肢を得たことです。つまり、通学しなくても教育を受けることができる可能性が一般の児童生徒にも開かれたということです。
これはさまざまなメリットをもたらした一方で、児童生徒、保護者を含めて学校教育に関わる人たちに、学校に来る意味を改めて問いかけました。小中学校の不登校児童生徒が24万人を超える今、学校は総力を挙げて「学校に来る意味」を捉え直し、そして学校の魅力を高めることが求められているのではないでしょうか。
教師と児童生徒が学校生活をつくりあげていくうえで、導入期の約1カ月の重要性を主張する実践家は数多くいます。しかし、20年度採用の先生方の中には、その期間を完全休校や分散登校、オンライン授業などで過ごしたため、これまでの先生方が学んできたであろう学級の基盤づくりを学習できなかった方もいると聞きます。
そもそも学級開きに象徴される学級経営に関わる知識やスキルに関しては、学術的知見の蓄積が少なく、大学の教員養成でも必修科目として扱われていませんので、客観的な検討がなされていない分野の一つと指摘されています。学校に来る意味が問われている今、ここで学級開きを例にして学校に来る意味を考えてみたいと思います。
小学校1年生と中学校1年生の担任「学級開き」2つの実践
具体例として、自著「学級を最高のチームにする」極意シリーズの『一人残らず笑顔にする学級開き 小学校~中学校の完全シナリオ』(明治図書出版)から2つの実践を紹介します。
まず、新潟県小千谷市立小千谷小学校 教諭 近藤佳織氏が、小学校1年生の担任をした時の実践です。近藤氏の学校では朝、教室で新入学児童とその保護者を迎えます。そこでの出会いの語りです。
「もうすぐ入学式が始まります。入学式では、(指を指しながら)近藤先生が、皆さんの名前を順番に呼びます。名前を呼ばれたら、元気に『はいっ』と言ってその場に立ちましょう。ちょっと練習してみますよ。Aさん、Bさん、Cさん……。また、入学式の途中で『1年生の皆さんは立ちましょう』と言われることがあります。そうしたらみんなですっと立ってください。やってみましょう。これから6年生が体育館へ連れていってくれます。近藤先生が呼ぶ順番に廊下に並びましょう。並んだら6年生と手をつなぎましょう」
入学式が終わると、近藤氏は1年生を先導して教室に入り、まずこう言いました。
「皆さん、よく頑張りましたね。ドキドキした人? 疲れた人? トイレに行きたい人はいませんか?」。そして、全員がトイレから帰ってきたことを確認してから言いました。「1年生の皆さん、入学おめでとうございます。入学式では、長い時間、座ってお話が聞けてすばらしかったです。かっこよかったですよ。先生は、皆さんに会えるのをずっと楽しみにしていました。楽しみで楽しみで昨日は眠れませんでした。会えてうれしいです!」
次は、富山県滑川市立滑川中学校 教頭の海見純氏が、中学校1年生の担任になった時の実践です。こちらは入学式後の語りです。
「皆さん、お疲れさまでした。今回の入学式、100 点満点で言うと、150 点でした! 全員が顔を上げてビシッと座っている、ちょっと練習しただけの答礼は完璧で、おしゃべりする人はゼロ……。私は、なんて立派な生徒たちなんだろうと、感動しながら見ていたんですよ! 実は、先生は入学式前のお話で、生徒会長が歓迎の言葉を読み上げる時に『椅子から立ち上がって、椅子を180度回して、先輩のほうに向き合って座るんだよ』と言うのを忘れていました。式が始まってからそのことに気づいて『うわっ、しまった!』と、内心ドキドキしていたんですよ。でも、みんなは司会の先生の指示に従って、とっても整然と回れ右をしていました。(中略)本当に、君たちと一緒に過ごす一年が楽しみになりましたよ!」
生徒を褒めた後、教科書配布の場面です。
「すべての教科書がありましたか? 今の時点でない教科書があれば申し出てください。また、今の時点で乱丁・落丁があれば、申し出てください。お家に帰ってから、もう一度乱丁・落丁がないか確認してください。乱丁・落丁がなければ、マジックで名前を書いておいてください。名前を書いてしまうと乱丁・落丁があっても取り替えてもらえませんからね。もう一度、言います。まず、乱丁・落丁がないか確認します。次に、マジックで名前を書きます。新入生みんなが同じ教科書を使うわけですから、必ず自分のものだとわかるように名前を書いておきます」
指導効果の高い教師の学級開きに見る「共通性」
地域の事情や児童生徒の実態、何より教師の個性は異なります。したがって、それに応じて実践は多様であっていいのです。しかし一方で、「外してはいけない原則」があるのではないでしょうか。今紹介したような指導効果の高い教師の学級開きを見ていると、そこには共通性が見いだされます。
近藤氏は、入学式で行われることを入学したての児童に丁寧に伝えています。ときには練習を通して、これから始まる未知の時間に対して見通しを持たせています。そして、入学式後は、まずトイレの心配をして体に関するケアをします。それから全員の顔を見て、まず入学式の様子を褒め、「会いたかった」と心からの歓迎の気持ちを伝えています。
海見氏も入学式の様子を思い切り褒め、「楽しみになりましたよ!」とやはり歓迎の気持ちを伝えています。そして教科書配布の場面では、文字にするとしつこいくらいに丁寧に「乱丁・落丁」に関する確認をしています。これは持ち物、とくに教科書の不備は登校意欲を減退させることを海見氏が経験的に知っていたからです。
心理学者であるブロフィは人の動機づけ、つまりやる気を「期待×価値」のモデルで説明しています(ジェア・ブロフィ著・中谷素之監訳『やる気をひきだす教師 学習動機づけの心理学』〈金子書房〉)。ここでは、期待とは見通し、価値とはそれをなすことを意味と捉えていきたいと思います。つまり人は、見通しが持て、それをすることの意味を自覚することで、対象に取り組む意欲を高めると考えられます。
皆さんも、やる意味を感じ、それをやれそうだと見通しを持つことができたときにやる気になるということは日常的に体験していることでしょう。指導効果の高い教師の教室では、なぜやる気になっている児童生徒が多いのか。それは見通しが持てているから、つまりここではどうすればいいか、次に何をすればいいか、それをするとどうなるかが、ある程度把握できているからです。予測可能な環境が人に安心感を与えるのです。
また、面白いこと、楽しいこと、利があることなどは、それに取り組む意味になりますが、その場にいることの意味として児童生徒にとっては愛されることも強力な要因となります。人は愛されることで居場所を見つけることができるのです。
児童生徒が意欲的に学校生活を送るためには、学級開きの実践に象徴されるように見通しが持てること、そして何よりも教師や仲間から愛情を注がれることが必要なのです。学級開きや児童生徒との出会いにどんな「ネタ」を用意しても結構ですが、それが彼らへの愛情から発想されているか確認してみていただければと思います。
(注記のない写真:PettyBetty〜Mushroom / PIXTA)