「ヘリコプター・ペアレント」という言葉をご存じでしょうか。子どもの頭上をずっとホバリングしながら絶えず監視しているような親、といった意味です。
トラブルが起きそうなときは急降下してきて、子どもの代わりに対応するというわけですね。アメリカの大学関係者の間で、2000年代初頭から広がり始めた言葉だといわれています。
子どもの成績に対して大学に不満を訴えたり、日々の生活に著しく干渉したりといった保護者が増え、大学側が対応を求められるようになったのです。今ではアメリカの大学に限らず、世界中の教育機関で見られる光景でしょう。
大学と保護者との関係性が変わってきた
日本でも、この20年ほどの間で、保護者との関係性が変わってきたという声を多くの大学で聞きます。
かつては、大学の入学式に多くの保護者が参加する様子を批判的に報じたニュースが話題になりましたが、今はもう当たり前の風景です。高校生向けのオープンキャンパスでも親子での参加は珍しくありません。入学後も学生の成績を家庭に送付したり、保護者と大学教職員の懇親の場を設けたりと、多くの大学が保護者とのコミュニケーションに注力しています。
今では、高校卒業者の過半数が4年制大学へ進学します。世界的な学術研究やグローバルリーダー養成を掲げる大学がある一方で、社会で必要な基礎能力を身につけて就職することをゴールにする大学も。大学教育のあり方も学生たちの様子も多様化しました。これも日本に限らず、多くの国で見られる変化です。
進学率の上昇に伴い、大学を取り巻く状況も変わります。昔なら「もう子どもは大学生なのに?」と思ってしまうような過剰な対応を保護者に行うのも、ある意味では時代の流れ。ご家庭の関心の高さを逆手に取り、保護者向け説明会を開いて「学生の成長のためにも、保護者は見守るだけにしてください」と伝える大学もあります。こうした工夫も今は必要なのでしょう。
「単位が取れないのは教授のせい」過剰な対応を求める保護者も
とはいえ、中には保護者から過剰なサービスを求められ、対応に困るケースもあるようです。
・「息子が熱を出したので授業を欠席すると、教授に伝えてほしい」と母親から電話があった。どうやら電話口の隣に本人もいる。
・「子どもが単位を得られないのは教授のせいだ」と保護者からクレームが来た。成績不振であることを説明すると「払った学費を返せ」とも。
・学生が頑張って内定を得たB to Bの優良企業を、こんな就職先は聞いたことがないからダメだと保護者が否定。学生がメンタルの調子を崩してしまった。
・卒論の提出が間に合わず留年が決まったところ、「こっちは客なのだからサービスしろ。息子の将来を台無しにする責任を負えるのか」と保護者からクレームが来た。
残念ながら、上記のような事例はそう珍しくもありません。対応にあたる現場の教職員も大変です。もちろん、常に大学側が正しいとは限りません。
例えば「卒論指導の中で教授から高圧的な叱責を受け続け、研究活動に参加できなくなった」なんて相談があったケース。学生が虚偽を述べている可能性も否定はできませんが、アカデミックハラスメントの可能性もあります。本人よりも家族のほうが異常に気づくことはありますので、問い合わせ自体は悪いことではありません。
とはいえ、教育研究機関としての役割を越える過度な対応を、保護者から求められる場面が増えているのも事実だと思います。大学進学率の上昇、親子関係の変化、ネットやスマホの普及、「お金を払う側は神様」や「言ったもん勝ち」といった風潮など、さまざまな理由が背景にはあるのでしょう。
お客様や消費者ではなく、学習者として扱うことも大切
とくに進級や卒業がかかっている場面では、ルールを逸脱するような要求が出がちのようです。提出物をまったく出しておらず、出席もほぼゼロ、何度も教員から連絡をしたのに返事はなし……など明らかに本人に問題がある場合でも、教員や大学が悪いと主張されるケースも。最近では断ると「訴えるぞ」「SNSで拡散するぞ」と言われることもあるようです。
理不尽な要求に対しては、大学側は毅然とした対応をすべきです。とくに「SNSで拡散するぞ」に屈して成績を甘くつけるような対応は危険です。もし「クレームを入れたら卒業させてくれた」なんて投稿がSNSに流れれば、それこそ大学の信用は地に落ちるでしょう(保護者の方も、このような交渉はむしろ逆効果だと知ってください)。

進路指導アドバイザー、追手門学院大学 客員教授、情報経営イノベーション専門職大学 客員教授
慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。私立大学職員、予備校の総合研究所主任研究員などを経て独立。進路選びではなく進路づくり、入試広報ではなく高大接続が重要という観点からさまざまな団体やメディアと連携し、企画・情報発信を行う。全国の高校や進路指導協議会で、進路指導に関する講師を務める。 兼任として三重県立看護大学 高大接続事業 外部評価委員、NPO法人LEGIKA「WEEKDAY CAMPUS VISIT」認定パートナー。公務実績として文部科学省「大学教育再生加速プログラム(入試改革・高大接続)」ペーパーレフェリー、三重県「県立大学の設置の是非を検討するための有識者会議」有識者委員など。著書に『ミスマッチをなくす進路指導』(ぎょうせい)など
(写真:本人提供)
大学側にも落ち度があったと考えるのなら相応の謝罪や反省、改善も必要ですが、対応に問題がないと自信を持っているのなら、真摯にその説明をすればよいはずです。
ただ、ここまで関係がこじれてしまう原因の1つに、大学側の姿勢もあるような気はします。学生募集を行う段階で、過剰な「お客様」扱いをしてはいないでしょうか。
進学先選びの時点から、保護者は重要なステークホルダーです。前述の通り、オープンキャンパスに親子で参加する方は珍しくありませんし、大学側もその前提で保護者向けの説明会などを企画します。
どの大学も就職率の高さをPRしますし、一部上場企業などに就職した卒業生のエピソードばかりをパンフに載せる。一方で「本人がサボったら卒業できない」という学習者としての当たり前の条件は、ほとんど言及されません。
ウェブサイトでは就職率100%とうたっているが、実際には入学者の2割が中退、もう2割が留年している……なんてケースも実は少なくありません。さまざまなデータを見ればこうした実態はわかるのですが、大学が高校生側に発信する広報物では、全員が4年で卒業したかのように語られている。事実、高校教員や保護者たちは、地元の大学の中退率などを知ると一様に驚きます。「ここに入学した方は、ほぼ全員が就職できていると思っていた」と。
大学ブランディングというかけ声の下、キャンパスを繁華街に移し、学食をお洒落にし、学生たちのファッションに焦点を当てたパンフレットを作ることが、大学業界では流行しています。学生確保に悩む大学の事情もわかるのですが、高校生の側から大学の広報活動を見ていると、「後にクレームにならないだろうか」としばしば心配になります。
大学の姿勢次第で保護者は学生を見守り育てるパートナーにも、クレームを言うだけの消費者にもなり得ます。度を過ぎた要求には毅然と対応しつつ、情報発信のあり方も時代に合わせて見直すことも必要かと思います。
(注記のない写真: metamorworks / PIXTA)