教育は家選びの重要なポイント「古すぎるイメージ変えたい」

――SNSを活用して発信されていますが、顧客にはどんな人が多いですか?

多いのはやっぱり子育て世代ですね。「結婚を機に」とか「子どもが生まれて今の家が手狭になったから」と家を探す人が多いです。いずれにしても、教育は家選びの重要なポイントになっていて、ほとんどの人が学区を気にしています。

埼玉県内で圧倒的に人気なのは浦和です。ハザードマップの危険度も低く、人気の小中学校が複数あって、東京都内へのアクセスもいい。ただし、とくに新しい物件はそれなりに高額なので、たいていは予算とのせめぎ合いになります。

岡野周平(おかの・しゅうへい)
すんで代表取締役
1989年生まれ。慶應義塾志木高校、慶應義塾大学卒業。2013年楽天に入社し、さいたま支社に配属される。2020年5月に「すんで埼玉」としてSNSでの発信を開始、同年6月に法人を設立して現職に。埼玉県鴻巣市にある工務店の長男

――県外からの転入者と、県内で移動する人との割合はどうでしょう。

半々ぐらいといったところでしょうか。県内で動く人は、すでに住んでいるエリア内での転居を希望するケースが多いです。東京都内から転入する人は予算が多めにとれる傾向があり、浦和に絞って探す人も少なくありません。

――東京都から埼玉県への移住は避けたいと考える人も多いのではないでしょうか。

前提として、僕は別に埼玉だけを売り込みたいわけではないんです。ただ、イメージだけで避けるのはもったいない。例えるなら、僕らも昔は「アフリカ」と聞くだけで、詳しく知らないのにいろんな先入観を持っていましたよね。埼玉に対して、それぐらい雑な印象を抱いている人もいるんです(笑)。僕は今、川口市に住んでいるのですが、「荒れてるんでしょう」と言われることもあります。でも実際には、川口のすべてが荒れているなんてことはないんですよ。あまりに古すぎるし、理解が粗すぎる。僕はその理解の精度を上げたくて、「すんで」のビジネスを始めたんです。

――すでにその土地に住んでいる人に相談できる「メンター制度」ですね。

そうです。実際にその街で暮らす人に話を聞けるサービスはこれまでなかった。「すんで」には100人以上のメンターが登録しているので、住みたい街にいる、自分と似た属性の人に話を聞けます。

とはいえ、家探しに時間をかけすぎるのはお薦めしません。週末ごとに物件探しをしたとして、3カ月あれば12回はチャンスがあるわけです。これくらいの期間で決められないと、その先もズルズルしてしまいがちですね。

――志望校選びや就職活動とも似ていますね。しっかり学校見学や先輩訪問をしつつ、どこかで勇気を持って決める必要があると。メンターとの相談では、どんなことが話題になっていますか?

子どもが小さい人やこれから生まれる人が多いので、一番の話題は保育園探しです。県南エリアでも5、6年前は入れないことがあったようですが、現在は、第1志望は難しいにしても入れないということはないと聞きます。メンターの実体験を聞いて、みんな安心しているようです。

共働きや中学受験も多数、住み替え前提の「いったん埼玉」

――埼玉で家探しをする人の傾向や、多く見られるニーズはありますか。

住み替えを前提にした家探しが一般化していて、未来永劫ここに住むという決意ではなくなっているのを感じます。子どもが12歳になるまでは「いったん埼玉」、ぐらいの意識で家を探している。もし中学受験をして東京に引っ越すとしても、それまでの住居費や生活費を抑えられれば、転居の資金も貯めやすいですよね。

小学校の立地を気にする人も多いです。共働きが当たり前になりましたが、子どもが小さいうちは親が学校に行く機会も多い。職場からそのまま学校に行くとか、学校経由で仕事に行くことを見越して、駅・小学校・自宅の距離が重視されています。

――岡野さんも高校までは埼玉県内で過ごされました。ご自身の頃と比較して、教育環境について感じることはありますか?

僕は鴻巣市の中でものほほんとしたエリアで育ったので、中学受験の存在すら知りませんでした。それに比べると、県南は選択肢が多いと思います。昔から教育熱心な層はいましたが、やはり今のほうが熱いですね。

さいたま市には昔から、高砂小学校や常盤小学校などの人気公立校があります。また、浦和や大宮に治安が劣ると思われがちな川口市も、昔とは違います。川口駅からも近い幸町小学校は校舎もとてもきれいだし、やはり中学受験者の割合は増えているとか。クラスの3割ぐらいが中学受験する学校もあると聞きますし、場所によっては、東京都内より過熱しているエリアもあるようです。

――学区だけでなく、学校を絞って家を決める人も多そうです。

そうですね。最近とくに熱いのは、2019年に設立されたさいたま市立大宮国際中等教育学校です。6年間通う中高一貫校ですが、家探しの一発目で「大宮国際はどうですか」と聞かれることもあるほどです。

また、反対に特定の学校を避けて家を選ぶ人も。似たようなことは各地で報じられていますが、例えば、さいたま新都心には1400戸を超える分譲マンション「シントシティ」ができ、近隣の小学校で急激に子どもが増えました。行政としては仮設のプレハブ校舎を作るなどの対応をしているようですが、「物件は素敵だけど、もう少しのんびりした学校に通わせたい」と別の学区を選ぶ人もいます。

埼玉県民ならクスッとしてしまう広告看板を各地に出したことでも話題に。キャラクターの名前は「すんたますん太」

「県南でぬくぬく育つ」メリットはデメリットでもある

――隣接する東京都が高校無償化を打ち出しましたが。

本当は国がやるべきことだと思いますが、そのためだけに東京都に住むなら、埼玉県に住んだほうが経済的なメリットは大きいのでは。県南部は不動産価格も上がってきて、もう「安いから」で選ぶところではなくなっている。ただし湾岸や都心と比べれば、まだ相対的に割安だといえます。

東京的な中学受験競争に突っ込むも突っ込まないも、双方の選択肢が担保されているのが埼玉県の最大のメリットです。中学受験をしなければ、子ども一人当たり500万〜600万円は浮きますね。そしてデータをとっているわけではありませんが、埼玉は子どもが複数人いる家庭が多いのを明確に感じます。東京ではあきらめた家庭も、ここなら2人目、3人目を育てられる可能性があるかもしれません。

――そのメリットは強いですね。反対に、教育においてデメリットになることはあるでしょうか?

中学受験を考えた場合、塾は都内に比べて少なめです。しかし南浦和や大宮には、サピックスや日能研なども揃っています。公立中では、常盤中や与野東中、岸中などの人気校だと平均点が高くて、内申が取りにくいと聞くことがありますね。

また、僕自身が県北部で育ったので、あえて「県南でぬくぬく育つ」という煽り方をしているのですが(笑)――子どもたちはやがて埼玉の自宅から東京の大学に進学して、下宿もせず、そのまま「普通の子」に育つ可能性がすごく高いと思うんです。バリバリのエリートも現れますが、それは意識の高い家庭で、埼玉のエリート街道を歩んだ結果。だから住宅価格や教育にかかるお金を抑えられたなら、その分、何か子どもの刺激になるようなことを考えるといいと思います。海外留学させるもよし、都心へのアクセスを生かして文化に触れさせるもよし。人間的な魅力や知的好奇心を育ててあげてほしいですね。僕は地元の友達と話していても、話題が合わなくて全然おもしろくないので。

――そんな(笑)。それは書いても大丈夫ですか?

大丈夫ですよ(笑)。むしろそういう世界も、驚くほど賢い人たちの世界も、両方知っているのが僕の強み。東京生まれだったらもっと頂上決戦に挑んだかもしれないし、この仕事はやっていなかったと思う。勉強してよかった、鴻巣で生まれてよかったとも思います。

この仕事をしていて改めて、子どもには自分ができる最大限のことをしてあげたいという親心を感じます。僕は4兄弟なのですが、親がそうしてくれたおかげで、全員が納得できる進学先を選ぶことができました。長男である僕が勉強している姿を見せたこともよかったかなと思います。

――なるほど。岡野さんは、弟さんたちにとってのメンターであったわけですね。

そうかもしれません。そう思うと、兄弟がいることにはメリットがありますね。そして埼玉に家を買えばそれが叶いやすい、と(笑)。

家を買うということは、物件そのものよりも、周辺の環境やその後の人生を含めた「背景」を選ぶことだと思っています。顧客との対話で僕も勉強させてもらいながら、その選択のショートカットができるよう、お手伝いをしているつもりです。

(文:鈴木絢子、写真:すんで提供)