飼育動物は単なる負担?「やっと全部いなくなった」

学校での動物飼育の状況に変化を感じている人は多いはずだ。かつては多くの小学校に屋外設置の飼育小屋があり、飼育委員や飼育係は子どもたちに人気の役割だった。だが今日、その「かつての当たり前」に異変が起きている。

「変化の最大の要因は学校の改革にあると思います。学校動物の飼育数は極端に減っており、私たちの管轄する地域の学校でも、鳥類や哺乳類の飼育をやめる学校が増えてきました」

こう語るのは、愛知県獣医師会の副会長を務める杉本寿彦氏だ。同氏は20年近く、獣医師会のさまざまな支援事業を通じて、学校飼育動物のあり方を見つめてきた。その中で多くの課題を感じていたという。

杉本寿彦(すぎもと・としひこ)
愛知県獣医師会副会長、杉本獣医科病院院長
(写真:本人提供)

「働き方改革も進められていますが、学校の先生方はとにかく忙しく、動物に適切なケアをする余裕はありません。また、学校では餌や治療にかかる予算がきちんと取られていないことがほとんどで、大抵は『備品代』などから回している。それでも賄いきれないことは多く、餌代を先生のポケットマネーで負担していたり、われわれ獣医師が『無料で診てほしい』と頼まれたりということも。ほかにも長期休暇の間の世話をどうするかなど、さまざまな問題を放置したままで運営されていたのです」

多忙も手伝って、飼育動物の存在を「負担」としか捉えない教員もいた。ある小学校で、飼育されていたウサギの最後の1匹が死んだ。杉本氏が「すべての動物がいなくなってしまいましたね。新しく何か動物を迎えますか?」と教員に尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「もう飼いませんよ、やっと全部いなくなったのに」

ショックだった、と杉本氏は続ける。

「そうした環境で飼育されていては、動物にとっても不幸です。過去には動物愛護団体から虐待を指摘されても仕方ないようなケースもありました。しかし、動物との関わりから、子どもたちにとってかけがえのない経験が得られるのも事実。このままなくしていいのか、という思いで始めたのが、『モルモットのホスティング』なのです」

これは「教職員の負担軽減と、子どもたちが身近に動物と触れ合う経験ができるよう、獣医師が全面的にバックアップして一定期間モルモットを飼育設備とともに貸与する事業」だ。期間は最短1カ月から最長で1年。獣医師会から愛知県内の小学校にモルモットを貸し出し、餌やりや清掃、モルモットの体調管理などは子どもたちに責任を持って行ってもらう。2020年度からモデルケースとして開始したこの事業は、当初は23年度で終了する予定だった。だが学校現場の好評を受けて、すでに継続することが決定している。

モルモットに自分たちで名前を付けて、同じ教室で過ごす

学校に貸し出されるのはすべて、獣医師会の臨床部会会員が個人的に飼育しているモルモットたちだ。飼い主のいない備品のような扱いをするのではなく、きちんと管理されてかわいがられている動物であることが重要だという方針があるためだ。ただし、モルモットがホスティング事業から引退するまでの間にかかる費用は、獣医師会がすべて負担する。モルモットを飼育してくれる獣医師は初期には5人程度だったが、現在は15人以上にまで増えた。

学校には飼育ケージや保温設備なども一括で貸し出し、飼育場所は教室や廊下など、子どもたちの目が届く屋内に限定している。屋外での飼育は禁止だ。杉本氏は、これが従来の屋外飼育にはなかった効果を生んだと見ている。

「教室から遠く離れた飼育小屋での飼育では、学校がかなり熱心に指導していない限り、動物と関わるのは飼育委員の子どもたちに限られていました。それ以外の多くの子どもは、そうしたウサギや鶏が死んでも『そういえばいたな』と思い出す程度ではないでしょうか。しかしこの事業のモルモットは、子どもたちが考えた名前をもらって、いつも同じ教室の中にいる。モルモットは扱いやすい大きさながら、おしっこやうんちの量が意外に多くて、ケージの掃除も大変な動物です。でもこちらの行動に反応してくれたり、子どもたちの顔を見て鳴いたりもするんですよ。その存在や思い出は、子どもたちの心により強く残るのだと思います」

愛知県獣医師会では定期的に動物との触れ合いについて講義を行ってきたが、屋外飼育のウサギなどを教室に連れてくることが多かった。講義の後には子どもたちが感想文を書いてくれるのだが、「先生に言われているのか、同じような文章が書かれていることが多かった」と杉本氏は振り返る。だがこのモルモットのホスティングでは、その感想の内容がぐっと多様になった。

「一人ひとりが本当に感じたことを書いてくれているのでしょう、それぞれ違った感想が寄せられるようになりました」

パネルヒーター付きのケージ、餌のチモシーなども愛知県獣医師会が提供する。子どもたちは白いモルモットに「おもち」と名付けた
(写真:豊川市立千両小学校、つづき動物病院提供)

物理的な距離が近いこともあり、「元気がないみたい」「ご飯を残してる」など、子どもたちはモルモットの体調不良にもよく気がつくそうだ。長期休暇の間は獣医師会が預かることになっているが、希望者がいれば子どもの家庭に「ホームステイ」してもいい。動物好きの教員が立候補して預かることもあるという。また、学校がホスティングの最長期間を超えてモルモットを飼育したいと希望すれば、健康診断など獣医師会のバックアップを継続しながら、飼育設備とともに譲渡することも可能だ。

「この方法は禁断の果実、しかしもはやこれしかないのでは」

学校の負担を極力減らすことを重視したこの事業は想像以上の反響があり、現在はほかの自治体からもノウハウを教えてほしいという問い合わせが来ている。ホスティング期間が終わった後も、個々のモルモットがどうしているかを知ることができるウェブページ「モルモット通信」も人気だ。

「事業の名称を決めるのにも頭を悩ませました。扱うのは生き物なので、物のように貸し出す『リース』や『レンタル』としたくはなかったのです」

こう話す杉本氏は、事業の好評を受けてもずっと葛藤の中にいる。「ホスティング」と名付けても、「動物のレンタルは禁断の果実」だという思いがある。

「自分が世話をし、慈しんでいる生き物が病気になったり死んだりしたとき、そこから子どもたちが得るものはとても大きい。誤解を恐れずに言えば、そうしたときは命について考え、教えるチャンスでもありますよね。だからこそ重要なのは『継続飼育』であり、途中で返却できるような施策には問題がある――そう批判する声もありますし、その気持ちは私もわかります。しかし余裕のない学校がここまで増えて、すでに飼育数もここまで減っている状況では、もはやこうしたやり方しかないのではないかとも思うのです」

県獣医師会のHP内には「モルモット通信」のページがあり、教員や子どもたちからは「モルモットの返却後もよくチェックしている」との声が
(資料:愛知県獣医師会HPより)

現在のモルモット貸し出し数は、一時期に比べると減っていると杉本氏は言う。同氏はその理由を、コロナ禍で減っていた行事が規制緩和で復活しつつあり、教員の仕事量が増えてきたからではないかと推測している。

「つまりはホスティングという形になっても、子どもたちが動物と触れ合えるかどうかは先生の余力にかかっているということだと思います。ペットブームと言われましたが、犬や猫を飼っている家庭は少なく、とくに低学年の子どもの家庭では2~3割いるかどうかというところです」

また、獣医師会としても課題に感じていることがある。それは「想像よりもモルモットの飼育を引き受けてくれる獣医師が少ない」ということだ。

「動物を飼育するのはやはり手間がかかることです。獣医師も先生も家庭の保護者も、とにかく社会全体に、そうしたことをする余裕がない。それがすべてなのだと思います。ホスティング事業も最短期間の1カ月で実施する学校が多く、単なる実習の一環となってしまうことを危惧しています。できたら1学期の間など、なるべく長くモルモットと一緒に過ごしてほしいですね。少しでも継続飼育に近い形で動物と触れ合ってほしいし、そのための助言も続けていきたいと思います」

余裕のない時代にこそ、動物と関わることで得られるものを大切にしてほしい。もちろんいちばん重要なのは、それぞれの命について正しく学ぶことだと杉本氏は強調する。「モルモットとの触れ合いから、子どもたちにどんな効果があるかも調査・分析していきたい」と、この先の展望も語ってくれた。

(文:鈴木絢子、注記のない写真:TK6 / PIXTA)