中学生にニーズの高い種目を合同部活動としてスタート

文部科学省は、2020年に「休日の部活動を段階的に地域移行する」ことを23年度以降から行っていく方針を明らかにした。

それに先駆けて21年10月に設立された一般社団法人「渋谷ユナイテッド」は、渋谷区を拠点に小・中学校の児童生徒のみならず、多世代の人々がスポーツや文化活動を楽しむ機会をつくることを目的としている。20年度まで渋谷区教育委員会の教育長を務めた豊岡弘敏氏が代表理事となり、渋谷区、教育委員会、渋谷区立中学校と連携しつつ、渋谷に関わりのある企業やアスリートなどが活動を支援していく点も大きな特徴となっている。

スタートした21年度は、渋谷区立中学校に通う生徒を対象にサッカー、ボウリング、ダンス、硬式テニス、フェンシング、女子ラグビー、ボッチャといったスポーツ競技のほか、将棋やパソコンなどの文化活動の合同部活動を行った。

渋谷区は21年10月、小・中学校の児童生徒のみならず多世代の人々がスポーツや文化活動を楽しむ機会をつくることを目的に一般社団法人「渋谷ユナイテッド」を設立。写真は渋谷区立中学校に通う生徒を対象に行っているダンスの様子

21年度は9つの部活動を行ったが、この競技の選定が非常に難しい。実際に区内の中学生に『どんな部活動があってほしいか』アンケート調査を行い、ニーズに応えて用意したものもある。22年度から合同部活動として新設された「料理・スイーツマスター」も、その1つだ。渋谷区にある服部栄養専門学校の協力を得て、同校の施設を拠点に一流の講師陣に直接教わることができるという。

部活動における課題の受け皿となる

この渋谷ユナイテッドが設立された背景には、渋谷区のみならず、全国の学校が抱えている部活動における課題がある。

「数年ほど前から、渋谷区の中学校では野球などで人数がそろわず、1校のみではチームスポーツが成り立たないため、隣の学校と合同で部活動を行っている。サッカーは区内の8つの中学のうち、4校しかサッカー部がない」と、渋谷区 スポーツ部 スポーツ振興課長の田中豊氏は話す。少子化で子どもの数が減り、競技によっては人数不足で部活動が成り立たなくなっている学校が全国にもたくさんある。

田中 豊(たなか・ゆたか)
渋谷区 スポーツ部 スポーツ振興課長
(撮影:今井康一)

一方、学校現場の働き方改革が急務となる中、教員の残業を前提とした運営になっていると批判の多い部活動は改革が避けられない。指導に当たる教員も、経験のない競技や分野の顧問となるケースも多いという。

渋谷区教育委員会事務局 教育指導課長の渡辺浩一氏は「部活動は生徒や保護者からの期待も高い分、熱心な教員が異動でいなくなった場合の存続の難しさ、知識や技術、経験が浅い教員が顧問となったときの困難さなどがある。さらに、多忙な教員に代わって指導などを行ってくれる外部の指導者も不足している」と、現状の課題を語る。

外部指導者は、教育委員会が研修を行い生徒の引率なども担当できる「部活動指導員」のほか、時間の制約なく自身の都合に合わせて技術指導を行える「外部指導者」の2種類があり、前者の部活動指導員は圧倒的に数が少ない。

そこで、渋谷区では「子どもたちの興味関心をさらに伸ばしていく活動」と「教員の働き方改革」という2軸で、事前に校長会などで区立中学校に説明をし、渋谷ユナイテッド設立の準備を進めてきた。

渡辺浩一(わたなべ・こういち)
渋谷区教育委員会事務局 教育指導課長
(撮影:今井康一)

基本、週末の土曜日に行われる渋谷ユナイテッドの合同部活動は、「入学した学校にやりたい部活動がない」という生徒たちの受け皿となっている。学校に同じ部活動がある生徒については「まずは自分の学校の部活動に所属してもらい、そのうえで希望者は兼部することもできる」(田中氏)という。

合同部活動の利点の1つに、他校の生徒との交流がある。「これまでに行った活動を見ていると、一緒に同じ競技をすることでコミュニケーションができ、すぐに友達になっていた。区内の8校から多様な生徒が参加するので、この中で交流が育まれることも狙い」と、田中氏は話す。

さらに、学内の部活動ではなかなか機会のないプロから指導を受けられることも大きな利点だ。将棋では日本将棋連盟のプロ棋士、硬式テニスでは伊達公子氏、サッカーは藤田俊哉氏など、プロフェッショナルな講師陣がそろう。

また、フェンシングや女子ラグビー、eスポーツ、ボッチャなどの珍しい競技に参加できる点も好評だ。「あまり体験したことのない競技を体験でき、子どもの持つ興味の幅に対応できている。子どもたちにとっても、『これをやってみたかった!』という充足感がある」と、渡辺氏は話す。

フェンシングや女子ラグビー、eスポーツ、ボッチャなどの珍しい競技に参加できる点も好評。写真はボッチャの様子

22年度は小学生にも対象を広げ、将来的には地域クラブへ

こうしてスタートした渋谷ユナイテッドは、今年度から中学生だけでなく小学生対象の合同部活動も始めている。水泳は区内の学校の温水プールなどの施設を活用し、陸上では代々木公園陸上競技場の織田フィールドを予定している。

田中氏は「まずは中学校における部活動改革をフックにしながら小学生にも広げ、今後は中学校を卒業してからも引き続きスポーツや文化活動を楽しめるよう、一般の方々も参加できる総合型の地域クラブを目指していく」と話す。渋谷区にはすでにスポーツ少年団などの既存の地域クラブが存在するが、すべてのエリアにそうした地域クラブがあるわけではない。ニーズはあるが提供できていないエリアにも活動を広げるなど、既存の団体との連携も進めていくという。

渋谷ユナイテッドの運営については、現在は渋谷区の公費で賄っている。部活動の参加費用(教材費など)は、今年度から区立中学校における部活動の費用と同額の年額1万円前後を利用者から徴収していく予定だ。

「今後は協賛企業から資金提供などもしていただき、できるだけ公費負担を減らしていきたい」と田中氏が話すように、企業連携は今後の大きなカギとなっていきそうだ。

部活動をアスリートのセカンドキャリアの場に

渋谷区が目指すのは、持続可能な総合型地域クラブとして、渋谷に関わる幅広い世代へのスポーツや文化活動の機会の提供だ。だが、それに欠かせないのが企業をはじめとした外部の協力である。

「渋谷区に関わる方々に、個人として地元でボランタリー(自発的な)活動として参加していただくほか、企業にもSDGsの『持続可能な教育活動』という意味で協力していただきたい。そうすることで、全国の部活動や子どもたちのスポーツ・文化活動というのはもっと伸びるのではないか」と、田中氏は話す。現在も、渋谷区の教育活動などを支援しているミクシィやサイバーエージェントなどの企業が、専門指導員として渋谷ユナイテッドの指導に当たっている。

さらに、今後進めていく中で検討されているのが、人材バンクの開設だ。「部活動は、競技を引退した後、関連した仕事に就きたいと思っているアスリートのセカンドキャリアとしての場になる。指導者資格を取得していただくことで働く場を提供できるし、そうしたアスリートの部活動指導を助ける企業があれば、新たな人材確保の方法になる」(田中氏)という。

そして、学校の部活動の顧問や技術指導員不足の問題についても、この人材バンクから派遣することで解消できる。学校現場をよく知る渡辺氏も、「学校では複数の部活動を1人の教員が兼任しているケースもある。子どもや保護者のニーズに応えつつ、部活動を存続させるためにも、教員の負担を軽減できるシステムをつくっていくことを、この部活動改革で目指していきたい」と期待を寄せている。

自治体主導で行うことで部活動を大きく改革できる

文科省が提唱する「部活動の地域移行」は全国的な課題となっているものの、その進め方は自治体や学校によってまちまちだ。

「地域移行にも、さまざまなパターンがある。その1つが、総合型地域スポーツクラブの方々に学校をサポートしていただく『学校単位ごと』のもの。そして渋谷区が進めているのは、『渋谷区全域を地域』として捉え、渋谷ユナイテッドが総合的な受け皿となっていくもの。ボランタリーの指導者だけでなく、民間企業やプロフェッショナルの人材を含めて部活動の指導を行っていくことを目指している」

こう話す田中氏が一方で感じているのが、「渋谷区だけがやってもどうしようもない」ということだ。例えば、中学校における部活動では大会出場などの活躍の場も重要だが、学校単位での出場が基本なため、合同部活動が参加できるようにシステムが変わっていかなければ大会に出場できない。渋谷区だけが部活動改革を進めても、振り向いたら誰もついてきていないということにもなりかねない。「部活動を地域移行した場合、中体連大会への参加規程の整備、教員が継続して指導する場合の仕組みづくりなどは区や学校だけでは対応できるものではないし、国の財政支援なども増やしてほしい」と、田中氏は懸念を話す。

こうした中、持続可能な部活動運営を目指すため、渋谷ユナイテッドでは22年2月にビズリーチを通じて最高執行責任者の公募を行った。現在は、代表理事が元教育長のため、学校や教育委員会の事情も理解でき、学校との連携もしやすい。だが、総合的な地域クラブを目指すには、スポーツビジネスやスポーツクラブ経営といった民間的な手法が必要になるからだ。現在、応募者の中から選考を行っているという。

渋谷ユナイテッドの発足は、決して満を持してのスタートではなく、むしろ現状の子どもたちのニーズに対してスピーディーに応えるために渋谷区長のトップダウンで始めたものだった。外部指導者が充足するのを待っていてもニーズには応えられない。このままでは教員の働き方改革にもつながらないし、子どもたちの公立離れにもなっていく。それならば「全部変えてしまおう」ということで、渋谷ユナイテッドが設立されたのだ。

渋谷区長のトップダウンでスタートした部活動改革プロジェクトだが、自治体が積極的に関わる必要があることはもちろん、今後は自治体同士の連携も重要になってくる
(撮影:今井康一)

「全国的にも部活動の地域移行が進められているが、現時点では渋谷区のように自治体が主導して行っている例はほとんどない。自治体が本腰を入れて取り組まないと、教育委員会との連携も図りがたく、1つの学校だけで解決しても、近隣の学校との合同部活動にすることは難しい。ましてや、大会参加という規程の問題も整備できない。地域移行については、『自治体としてどう絡むか』という点が重要になってくる」

こう田中氏が話すように、地域連携は学校だけでなく既存の地域クラブ、地域企業やその地域に関わる人々など、多くの要素が絡み合っている。それらをつなぐ存在として、自治体が果たす役割は大きいというわけだ。

「ニーズに合わせて、いろいろなハブを持ちたい」という渋谷ユナイテッドが子どもたちに広く受け入れられることにより、支援する企業も増えて地域へと広がり、本当の意味での「地域クラブ」へと発展していくのだろう。23年度から本格的に始まる「部活動の地域移行」への、1つのモデルケースになっていくことを期待したい。

(文:相川いずみ、注記のない写真:渋谷区提供)