東京都内の大使館ツアーに東北や九州からも参加者が

「『#せかい部』の運営メンバーは中学3年生から高校2年生を対象に公募しています。留学など海外経験があるメンバーも多く、インフルエンサーのような側面もあるのでしょう。現役メンバーに憧れて多くの若い人が応募してくれます。募集は年に3回ほど行っていますが、ここ3年は倍率が10倍を下回ったことはありません」

こう語るのは、文部科学省で「トビタテ!留学JAPAN」の広報・マーケティングを担当する西川朋子氏だ。「トビタテ!留学JAPAN」啓発プロジェクトの一環として、「ソーシャル部活動」である#せかい部の取り組みが始まったのは2018年から。新メンバーの選考は書類審査と面接で行われるが、西川氏は「立ち会いはしますが口出しはしません」とのこと。

基本的には現役の中高生メンバーが主導して、より適性とやる気のある候補者を選んでいる。家族の都合で海外に住んでいたり、すでに留学中だったりするメンバーもいれば、これから留学しようと勉強中のメンバーもいる。世界各地の生活の写真や語学のモチベーション、今興味を持っていることなどを、10代の感性で思い思いにアップしてもらうのだ。

#せかい部ではSNSでの発信のほか、参加者公募型の大使館ツアーも行っている。初開催となった2019年には、イタリア大使館をメインに訪問。翌年から2年間はコロナ禍で実施できなかったが、2022年はスウェーデン大使館へ。2023年にはその人気から年に2回の開催となり、5月にカナダ大使館、8月にエジプト大使館を訪ねた。

「どの国の大使館に行くかは、大使館担当者との交渉次第の部分もありますが、#せかい部メンバーの声も取り入れています。例えば昨年の夏にエジプト大使館を選んだのは、運営メンバーの中に高校でアラビア語を学ぶ生徒がいたからです。本人が興味を持って企画書まで用意してきたので、私たち大人はそれに動かされた形になりました」

カナダ大使館では、一等書記官のスティーブンさんが英語とフランス語、日本語の3つで挨拶(左)。#せかい部運営メンバーからの活動紹介も(右)

大使館ツアーの定員は受け入れ先によっても異なるが、おおよそ40人程度だ。対象年齢は運営メンバーと同じく、中3から高校生まで。ほかにもオンラインでさまざまなイベントを開催しているが、このツアーはとくに人気があり、早々に満員御礼で埋まってしまうという。西川氏に参加者の傾向を聞いた。

「ある程度明確な意思を持っている方なら、『将来は外交官になりたい』『国際交流に興味があるから』とか、あるいは『関心のある国の大使館なので参加した』という方もいます。一方で『その国について何も知らないから見てみたかった』という気軽な理由の方も少なくありません。これまでのツアーはすべて東京の大使館で行っていますが、遠いところでは長野県や岩手県、熊本県や大分県などからの参加者もいます」

現地の食べ物や民族衣装を体験…政策への鋭い質問も

西川氏はこれまでのツアー内容について簡単に説明するが、それは話を聞くだけでも実に楽しそうだ。

例えばスウェーデン大使館の中には、世界一臭いといわれる缶詰「シュールストレミング」のほか、現地のお菓子などが買える自動販売機が設置されている。なかなか手に入らないお土産を求めて、ツアー当日は参加者が自動販売機に行列を作ったそうだ。

また、昨年のエジプト大使館ツアーでは、職員が伝統的なエジプトのスイーツを人数分手作りして配ってくれたうえ、男女それぞれに民族衣装を着せて撮影会までさせてくれたという。これだけだと物見遊山に終わってしまいそうにも思えるが、参加者は学びもしっかり持ち帰っていると西川氏は補足する。

「スウェーデン大使館では福祉政策について、カナダ大使館では多文化共生社会についてなど。その国の政治の特色を踏まえたうえで、かなり高度な質問をする高校生もいます。しかも堪能な英語でやり取りする子もいるので、ほかの参加者にとってもいい刺激になっているようです」

エジプト大使館では民族衣装での撮影も楽しんだ(左)。職員が手作りして振る舞ってくれたお菓子「バスブーサ」(右)

実際、イベント後のアンケートでは「ほかの参加者に圧倒された」「自分ももっと勉強しようと思った」「留学してみたくなった」などという回答も見られるという。こうした参加者の心の動きは、いわば西川氏の狙いどおりのものだ。

ほかの国の大使と会ってみたり、ほかの参加者に触発されたりという経験を通じて、中高生が「自分にもできるかもしれない、やってみたい」と前向きになってくれたら――西川氏はそう考えている。#せかい部の活動はもともと、留学や、トビタテによる留学支援の奨学金プログラム「新・日本代表プログラム」への挑戦を促す目的で開始されたものだったからだ。

「せっかく返済不要の奨学金制度があるのに、そもそも高校生がなかなか留学にチャレンジしてくれないという課題があります。たとえ外国に興味があっても『大人になってから行けばいい』とか『自分ではきっと無理』などと考えて、挑戦をためらってしまうのです。そこでまず海外を身近に感じてもらうため、同世代のメンバーが世界で積極的に活躍する姿を見てもらおうと考えたのです」

「失敗おめでとう」と言えるプログラム、大人も応援を

高校生たちへの働きかけは#せかい部の発信だけにとどまらない。西川氏は全国の高校で講演を行うなど、留学や奨学金プログラムへの応募を呼びかけているが、本人の意思以外にも、世界への挑戦を阻むものがあると感じている。

「受験勉強や部活動が最優先にされる学校では、留学を志すこと自体へのハードルが高くなります。『英語ができる優等生が行く特別なもの』という認識が学校全体にあって、奨学金の存在自体を生徒に広めてもらえないことも。こうした意識の差もあってか、とくに留学する高校生の数には地域差が大きく表れています」

この地域差を解消するため、「新・日本代表プログラム」には新たに「地域応援枠」も設けられた。これまで高校生の留学者が少なかった都道府県からも、バランスよく確実に派遣留学生を選抜しようというものだ。

奨学金は大学生と高校生等を対象にしており、支援を受けるには書類と面接による選考を通過する必要がある。応募するコースにもよるが、倍率は平均で3〜5倍程度となっている。学校の成績を問うわけではないが、最初から「うちの生徒には無理」とあきらめがちな学校もあるそうだ。西川氏は、まずは大人の間に漂うこうした空気を変える必要があると言う。

「確かにこの奨学金は応募すれば受給できるものではありませんが、落ちてしまったとしても、応募した経験自体が必ず価値を生み出します。何がしたいのかを問われること、自己分析を重ねること、それを言葉にして相手に伝えること。これらはその先の人生で必ず役立ちますし、近いところでは大学受験や就職活動の練習にもなりますよね。

#せかい部メンバーの選考も奨学金プログラムの応募も、一度落ちても繰り返しチャレンジして、三度目の正直などで合格を勝ち取った生徒もいます。海外留学した先にも失敗はつきもので、だからこそ価値がある。トビタテには『失敗おめでとう』という文化もあります。大人こそ失敗をプラスに捉えて挑戦を応援する空気を作っていかないと、内向きといわれる現代の若者を変えることもできないと思います」

若いうちにたくさんのチャレンジをし、世界を見て視野を広げることの重要性を訴えた。

今後も大使館ツアーは随時行う予定。申し込みは開催が決まり次第、#せかい部公式noteから受け付ける。

(文:鈴木絢子、写真:#せかい部提供)