「それ、福祉でしょ?」子ども食堂への不信を克服するには

貧困や孤食などの事情を抱える家庭への援助として、自治体や地域住民によって設けられる子ども食堂。最大の目的は貧困対策であるため、そこにはどうしても悲壮なイメージがつきまとう。

だが、民間団体である「熊谷こどもまんなかネットワーク」が進める熊谷市の子ども食堂は、何だか明るく楽しそうだ。既存の子ども食堂に加えて地域の20以上の飲食店に協力を得ているため、おしゃれな洋食もあれば本格的な手打ちうどん、そばもある。

世代を問わず高齢者もコミュニケーションできる拠点もあるし、大学生や高校生といった若者が参加する機会もある。同ネットワークの統括ディレクターで、市内で飲食店を経営する加賀崎勝弘氏は語る。

2024年2月に実験開催した際の店舗案内。全31店舗が協力した

「市の学校関係者に、『給食がない夏休みが明けると、げっそりやせて登校してくる子どもがいる』と聞いたのです。この現代で、この熊谷で? と、最初は信じられなかった。でも聞いてしまったからには、無視したら後悔すると思いました」

加賀崎氏は子ども食堂を実施しようと決め、協力を仰ごうと企業や飲食店を回り始めた。だが、返ってきた反応には冷たいものも多かった。とくに忘れられないのは「それ、福祉でしょ?」という言葉だ。政治や行政への不信感からか、「本当に必要な人に届くの?」と半信半疑の人もいたという。

「私自身、数年前に『子ども食堂に協力してほしい』と言われたことがあったのですが、当時はその必要性がピンと来ませんでした。疑う人の気持ちもとてもよくわかる。広く協力してもらうためには、このプロジェクトを世間的な『福祉』の枠から外に出す必要があるのだと感じました」

冒頭の「明るく楽しそう」な印象の理由は、おそらく、この加賀崎氏の姿勢にある。同氏は民間団体を立ち上げるだけでなく、自身が講師を務める立教大学の授業にこの活動を取り入れ、学生を巻き込みながら発展させている。若者の参加が多いのはこのためだ。

それぞれの食堂の運営には広くボランティアを募集しているので、閉鎖的な雰囲気もない。提供される料理だけでなく、店主の趣味や副業によって食堂に特色が出るのも面白い。地域の農家や事業者から食材の提供を受けており、フードロスの改善にも寄与している。さらにはweb3.0を活用した組織「熊谷共和国」と協働し、コミュニティ通貨による活動の幅も広げてきた。関わる多くの大人にも喜びがあるこのプロジェクトは、単なる子どもへの施しではないのだ。

「意識したのは『まず、大人も幸せにいてください』という言葉。これは川崎市の子ども権利条例に対して子どもが寄せたメッセージで、大人が幸せでなければ子どもも幸せにはなれないというものです。だから私も取り組みを楽しんでいるし、お仕着せの『福祉』をやっている感覚はまったくありません」

テイクアウト式もあれば、店内飲食可能な店も。さまざまな店舗によって、市内のどこかで毎日食事を提供する

「黄色信号」の人を赤信号にさせない、民間での活動意義

熊谷こどもまんなかネットワークの代表である山口純子氏は、加賀崎氏とともにこのプロジェクトに取り組むメンバーの一人だ。子ども食堂「熊谷なないろ食堂」を始めとして、ひとり親家庭のサポートや子どもの学習支援などを長く行ってきた。同氏もやはり、「ご飯が食べられない子どもなんて本当にいるの?」「都合のいい場所にされてるんじゃない?」などと聞かれることがあるという。民間がこうした取り組みを行う意義について、山口氏はこう説明する。

「子ども食堂に疑問を持つ人は、例えば『朝食は食べられないが、それ以外は何とかなる』『食事はとれるが新しい体育着を買うことができない』という程度の家庭は、人に頼るほどの窮状ではないと感じるかもしれません。でもこれはいわば黄色信号で、行政の線引きでは取りこぼされてしまう人たちです。そのままでは赤信号になってしまう恐れがあり、赤になってしまったら、誰かに頼る気力さえ残っていないケースがほとんど。だから私たちがまず目指すのは、黄色信号の人を赤信号にさせないことなのです」

公的支援のあり方にも課題を感じているが、うれしいことに行政とのつながりも生まれ始めている。加賀崎氏が教える立教大学のチームが、社会課題解決の企画コンテスト「チャレンジ‼️ オープンガバナンス2022」(東京大学主催)にこの取り組みで応募し、グランプリを受賞した。その際には同氏と学生が埼玉県の大野知事に受賞報告を行い、激賞を得た。また熊谷市の若手職員も協力的で、授業から発展した勉強会「Salone de "GLOCAL"」も実施している。今後は市役所の窓口で子育て世代にチラシを手渡すなど、子ども食堂について周知を行う予定だ。

立教大学の授業とコラボレーションしたイベントのフライヤー(左)。この取り組みでコンテストを勝ち抜き、埼玉県知事を訪問した(右)

山口氏の「一度動き出したら、そこからは一気に広がっていくと実感しています」という言葉に、加賀崎氏も大きく頷いて言う。

「地域のために何かしたいけれど、どうしたらいいのかわからない。そう感じている人が、想像以上にたくさんいるのだと思いました。自分ができることに一人ひとりが気づくと、あとは我々の手を離れて、自然と活性化していくようです」

地域愛を生み、みんなで子どもたちを育む前向きな拠点に

両氏が「自然と活性化していく」と感じた事例はいくつもある。

加賀崎氏の教え子の立教大生が、大学の授業に関係なく熊谷を訪れて、自主的に地域の人と交流するようになった。あるいは山口氏の子ども食堂や学習支援拠点を巣立った子どもたちが成長し、ボランティアになって戻ってきたり、アマゾンの「ほしいものリスト」から援助をしてくれたりする。子ども食堂のボランティアを体験した市民が「私もやりたい」と、新たな食堂をオープンした例もある。

首都圏でも人口減少が取りざたされる今日にあって、プロジェクトは市民の郷土愛を育み、関係人口を増やす一助となっている。加賀崎氏は「まだまだ可能性は大きい」と期待を語る。

「都心に本社を置きながら、この辺りに倉庫を持つ食関連メーカーは多くあります。そうした企業ともっと協力できれば、輸送の手間とフードロスの双方を解決することができ、ウィンウィンの関係が築ける。また、熊谷市でも耕作放棄地が問題になっていますが、市内の多くの子ども食堂と提携することで農家の収入が安定し、新規就農の後押しにもなるはずです。これは東京から比較的近く、広い土地もある熊谷市ならではのポテンシャルだといえます」

子ども食堂を「かわいそうな人のためのもの」「貧しい家庭への福祉対策」と捉えるなら、それは「本当はないほうがいいもの」になるだろう。だが加賀崎氏が目指すのは、大人がまず幸せになり、地域を活性化する前向きな拠点だ。「子ども食堂をきっかけにして地域愛が生まれる。愛する地域の『未来』である子どもたちに対して、みんなができることを少しずつやる。そんな社会になるといいなと思います」と語った。

(文:鈴木絢子、写真:加賀崎氏提供)