そもそも流行りの「16Personalities」診断はMBTIではない
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早稲田大学 文学学術院 教授/心理学者。名古屋大学大学院教育学研究科博士課程後期課程修了、博士(教育心理学)。2001年より中部大学人文学部講師。同学部助教授、准教授を経て2012年より早稲田大学文学学術院(文化構想学部)准教授、2014年より教授。パーソナリティ心理学、発達心理学を専門に研究し、精力的に発信している。『はじめて学ぶパーソナリティ心理学』(ミネルヴァ書房)、『性格とは何か――より良く生きるための心理学』(中公新書)など著書も多数
(写真は本人提供)
まず大前提として、現在ちまたで「MBTI」として認知されているものは、本来のMBTIではない、と小塩氏は念を押す。
「本来のMBTIは、1940年ごろからアメリカで研究され、60年代にかけて確立されました。アメリカでは広く認知されており、日本では『一般社団法人 日本MBTI協会』が管理・提供しています。内容は、専門家と数時間におよぶセッションを通して自己分析を行い、自分自身が“納得する”という体験を得るもので、間違っても質問項目に答えるアンケートから『〇〇タイプ(〇〇者)』と分類されるようなものではありません」
現在「MBTI」と誤解されているものは、イギリスのNERIS Analytics Limitedという会社が無料で提供している「16Personalities」と呼ばれる性格診断だ。「MBTI」や「ビッグファイブ」などいくつかの性格分析論から、それぞれの面白い要素を抜き出して掛け合わせたものだと考えられる。MBTIのオリジナルであったはずの「アルファベット4文字による表現」が用いられているため、MBTIとの混同が生じているが、本来のMBTIとは全く異なる。同じアルファベットの並びでも、「MBTI」と「16Personalities」では別の意味となる。これを前提に、今回の取材では、MBTIと誤解されている「16Personalities診断」の捉え方をメインに、小塩氏に聞いた。
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(写真:イメージ、ささみだいすき / PIXTA)
では、16Personaritiesにはどの程度の信憑性があるのだろうか。
「信憑性があるかないか、それすら不明というのが答えです。無料で受けられる診断は、広
一方で、例えば遺伝子検査や出生前診断は有料ですよね。人生が左右されるような診断は、専門家の監修でコストをかけて行われます。心理学に基づく検査も同様で、本来は臨床心理士や公認心理士のもとで受けます。本人にとって非常につらい結果が出た場合や、社会的な支援を受ける必要が出てきた場合、専門家のもとで対応しなければならないからです」
実際、公式の日本MBTI協会では、有料セッションを提供している。MBTIのメソッドは、自分の内面と深く向き合う過程を経るため、自身の嫌な面にも目を向けなければならない。そのため、子どもにとってはむしろ悪影響となるリスクもあり、日本では18歳以上の受講が推奨されている。
ところが、16Personaritiesを提供するNERIS Analytics Limited社は、日本語でのサポートに対応しておらず、診断結果に関連して何かがあっても「アフターフォロー等を求めることは難しい」と小塩氏は続ける。
ネットの「あるある」や「ランキング」にはエビデンスがない
16Personalitiesがここまで浸透したきっかけは、K-POPアーティストがYouTubeで自身の結果をシェアしたことだとされる。ファンや視聴者が「自分はどうなのだろう」と興味を持ち、若年層の間で急速に爆発的に広まった。
ここで思い出したいのが、かつて日本で大ブームした“血液型性格診断”だ。現在では科学的根拠が否定されており下火だが、その代替として16Personalitiesがきれいに“ハマった”かたちだと小塩氏は分析する。
「流行する診断には大抵、“スケープゴート”が用意されています。つまり、『これにはなりたくない』と皆が感じる結果が存在しており、優劣をつけることで優越感を刺激するのです。これは、対人関係において『あの人は〇〇だから』と欠点を指摘する理由づけにもできてしまいます」
こうした価値観が社会全体に広まると、「このタイプとは仲良くしない」「このタイプは採用しない」などの差別的な発想が生まれかねない。小塩氏は学生にも、「うちは〇〇タイプを求めている」などと表現する企業には注意するよう伝えているという。16Personalitiesで人の能力を判断するのは、出身地や血液型で人を判断するようなもので、就職差別につながる恐れもあるうえ、一人一人と向き合うことをしない企業だと考えられるからだ。
しかし、すでにネットには、タイプごとの特性を解説する動画や、「あるある」を紹介するSNS投稿、「〇〇なタイプランキング」といった記事があふれている。
「16Personalitiesが盛り上がるのは、『同意される話題』だからです。占いや天気がそうですが、あからさまに否定されないものは会話のキラーコンテンツになります。16Personalitiesも、お互いに共感しあうことで楽しくなり、めったに否定されないことで“正当さ”を感じてしまうのです」
そのうち、都合のよい情報ばかりに目が向く「確証バイアス」がかかったり、SNSのアルゴリズムによって流れてくる情報が偏ったりすることで、ますます16Personalitiesを信用していってしまう。
就職や結婚など、人生の重要な判断を委ねてしまうリスクも
若年層の間では、自分の16Personalitiesをプロフィールに記載して「自己紹介」がわりにしたり、相手の“人となり”を知る手がかりとしても16Personalitiesが活用されている。しかし、小塩氏はそのリスクを次のように警告する。
「16Personalitiesを過度に信用していると、就職・恋愛・結婚など人生の重要な選択においても16Personalitiesに頼りかねません。例えば、『〇〇タイプに向く職業』などにとらわれて、その他のキャリアの選択肢を切り捨ててしまう学生もいるでしょう。実は気が合う相手との出会いを、『〇〇タイプとは相性悪いから』と避ける人もいるかもしれません。16Personalitiesの過信がもたらすのは、機会の損失だといえます」
そもそも研究の視点では、「適性」や「相性」を算出すのは非常に難しいそうだ。仮に、とあるタイプが特定の職業に適性があると言うならば、実際にそのタイプの人物が職場で高いパフォーマンスを発揮したのかどうか、追跡調査をする必要があるはずだと小塩氏は指摘する。
「また、相性は何をもって『よい』と定義するかが問題になります。例えば夫婦は、離婚をしていなければ相性がよいと言っていいのでしょうか。そして、それはいったい誰が決められるのでしょうか。それに、もし本当に16Personalitiesで相性がわかるとしても、16タイプ×16タイプすべての組み合わせをそれぞれについて相当な人数を対象に調査しなければ判定はできないはずです」
当然、NERIS Analytics Limited社はこうした調査を実施していない。小塩氏はキャリアや人間関係を選び取るのはあくまで自分自身であることを忘れてはならないと、強調する。親や教員も、16Personalitiesの診断の結果をもとに子どもの性格や進路を決めつけたり、個人の志向をないがしろにしたりすることは、あってはならない。
人間関係の第一歩は「その人自身」を見つめることから
とはいえ、ここまで広く認知され、もはや若者間の「共通言語」である16Personalitiesを遮断するのはもはや難しいだろう。1970年代から広まった血液型性格診断も、最近やっと下火に
「採用や人間関係・進路指導など、実社会を便利にするために活用しようとすると、前述のような悪影響が出てきます。あくまでエンタメとして、友達と“あるある”で盛り上がったりする分には許容されるのではないかと思います」
若者たちは、自分や他人のタイプを知っておくことで人間関係におけるコミュニケーションがスムーズになることを期待している印象もある。
「コスパ・タイパを求める現代ならではの現象かもしれませんね。失敗を恐れる気持ちが強い傾向にあることも関係しているかもしれません。しかし、自分が相手と仲良くなれるかどうかは、誰もが気になるところですが、それは当人同士の対話から導き出されるもののはず。16Personalitiesの結果がこうだから仲良くなれる、ということではないでしょう。どうしても16Personalitiesの結果を参考にしたい場合は、同時に自分の言葉でも『私はこういうところがある』『この人はこんな人』と語れるのであればいいかもしれません」
16Personalitiesの結果で相性がよくても、実際に対話を重ねなければその人との関係を深めることはできない。逆に16Personalitiesで相性が悪くても、偏見を持たずにお互いが歩み寄れば、唯一無二の関係性を築ける可能性は十二分にある。人間関係に限らず育児や教育の場でも、「その人自身を見ること」の大切さは繰り返し強調されていることだ。すでに16Personalitiesのフィルターを通して社会を見ている層にはグサリと刺さる内容であったかもしれないが、ぜひ、性格診断の結果はひとまずおいて、目の前にいるその人/その子に、今一度目を向けてあげてほしい。
(文:藤堂真衣、編集部 田堂友香子、注記のない写真:マハロ / PIXTA)