数値化できないが、子どもに必要な「非認知能力」とは?

数年前までは、日本ではあまりなじみのなかった非認知能力という言葉。今では、教育現場でよく見聞きするようになった。

そもそも非認知能力とは、IQやテスト、偏差値のような数値化できる認知能力ではなく、“問題解決能力” “計画性” “柔軟性” “心の回復力” “自制心” “やり抜く力” “社会性” “共感力”など、従来の学力とは異なる数値化できない個人の能力のことを指し、子どもにとって身に付いていることがプラスになるといわれる能力のことである。OECD(経済協力開発機構)加盟国では、非認知能力のことを、社会情動的スキルとも呼んでおり、米国だけではなくシンガポールやインドネシアなどアジア諸国も、現在この力を伸ばすプログラム「ソーシャル・エモーショナル・ラーニング」(以下、SEL)に特に力を入れている。

「非認知能力が注目されるようになったのは、2000年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授の幼児教育の研究でした。研究の結果、乳幼児期などの早期教育では、学習面を強化しても、IQの数値を短期間高めるだけで長期的に高めることにはつながらないことがわかりました。就学前教育を受けた子どもたちが最も伸ばした能力は、学習意欲や、難解な課題にぶつかったときの粘り強さなどの、いわゆる非認知能力だったのです」と、ボーク重子氏は語る。

ボーク氏は英国の大学院で現代美術史の修士号を取得後、1998年に結婚を機にワシントンDCに移住。アジア現代アート専門のギャラリーを立ち上げ、子育てと両立しながらキャリアを積んできた。そんなボーク氏だが、50歳になるタイミングでこれまでとは違った形で社会に関わっていきたい、と考えたそうだ。そこで、ICF(国際コーチング連盟)会員ライフコーチ資格を取得。ボーク氏のセカンドキャリアがスタートする。

日本帰国後、書店で見た「教育本」に感じた危機感

「まずは、米国における教育の話をさせてください。時は2001年、ブッシュ前大統領が就任直後に発表した教育改革に『No Child Left Behind Act』=『あらゆる子を落ちこぼれにしない』というものがありました。これは14年までに米国全土の子どもたちの学力を一定にするというプログラムです。学力テストを取り入れて、子どもたちが平均的にテストで点数が取れる教育にシフトしようとした時期です。ところがテストの点数を重視した教育カリキュラムに切り替えたところ、子どもたちが生きていくうえで必要な力が育たない、思考力が育まれない、人の気持ちを酌み取ったりよい人間関係をつくる能力が育たない、という傾向がでてきたのです」

そこで、15年に法律が改正されたものが「Every Students Succeed Act」=「すべての生徒が成功する」だ。オバマ前大統領のもと、国家予算に組み込まれた教育費は、非認知能力を育むSELに投入することが決められた。18年の時点で、米国の各州において、就学時前児童を小学校入学前の段階までに「何をどこまで伸ばすか」というゴールが設定された。ボーク氏は続ける。

「例えばカリフォルニアでは、朝の8時から毎日15分間、SELの授業が行われています。先生と生徒たちが丸く輪になって、『最近、どんな失敗をした?』『その失敗をしたときにどう感じた?』『どうやってその失敗から立ち直った?』というような話し合いをします。これによって、子どもたちは、他者への共感力や、問題解決能力が育み、失敗したらそこで終わりというのではなく、そこからリカバーするさまざまな方法があるということを、対話を通して学ぶのです」

そんなボーク氏だが、16年に日本に帰国した際、たまたま書店で育児書のコーナーを訪れ、目にした光景に衝撃を受けたという。

「どうやったらある特定の大学に入れるか、子どもの偏差値を伸ばすか、テストの点数を伸ばすか……、そんな本ばかりがずらずらっと並んでいたんです。正直に言えば、グローバル社会の流れから逆行しているようにみえた日本の教育に衝撃を受けました。もちろん、日本の認知能力教育のレベルの高さは、世界一といっても過言ではありません。ただ、このグローバルな世の中で、認知教育のみにフォーカスしているのでは、時代に逆行してしまいます」

今、非認知能力を取り入れた教育にシフトしなかったら、グローバル社会からおいていかれるという、強い危機感を抱いたそうだ。

「今って、一国で解決できる問題ってないですよね。経済も、政治も、ウイルスだって、ありとあらゆるものが国境を越えてグローバルに展開しています。これから、よりグローバル化が進むこの時代に、認知能力だけで育ってきた日本の子どもたちが、世界で手を取り合って一緒に問題を解決していくことができるのか。高い認知能力を持つ日本の子どもたちに、そこに非認知能力で育まれる、社会性、共感力、思考力、表現力、高い自己肯定感と幸福感を与えたい、そう強く思いました」

「英才教育」と「エリート教育」の違い

「日本と米国の教育の視点について、いちばんの違い、それはどんな人間を社会に送り出したいのか、だと思います。つまり、教育するに当たって、どんな人間を育てたいのかという視点。日本の教育は『英才教育』、能力が高く、教えられたことをそのままアウトプットでき、グループの輪を大事にする、いわゆるよい子を育てることに重きが置かれていると感じます。一方、米国ではそれらはあまり重視されません。米国の教育は、『エリート教育』。自ら学びを設定し、答えを見つけ、論理的思考力を伸ばすことで、分析力・判断力・決断力を身に付け、自分の属するコミュニティーや社会に貢献できる子が求められます」

日本の「英才教育」では、主に個人的な利益を追求するのに対し、米国の「エリート教育」では、社会にとって有益な人物に育てられるかどうか、ということを重要視するのだという。最終的にどんな大人に育ってほしいか、という視点そのものが違うのです、とボーク氏は語る。

楽器に例えると、とボーク氏は続ける。

「日本の教育は、すべての子どもたちにバイオリンを弾かせるイメージです。不協和音が出ないことに細心の注意を払いながら、子どもたち全員で同じ旋律を弾く。仮にバイオリンが不向きな子がいても、関係ない。とにかく全員で同じ楽器を弾き、同じメロディーを奏でる。そこにある視点は、たった1つです。一方、米国の教育は、子どもたちは自由に楽器を選び、自分の個性や強みに合うものを奏でて、オーケストラをつくり上げるイメージです。いろいろな個性があって、強みもさまざま。教育も多様性を認めており、決して均質ではありません」

さらに、受験に対する考え方も、日米ではまったく違うという。

「日本の受験でも最近ではAO入試が増えましたが、やはり最重要視されているのは、テストの点数だと思います。効率よくテストで点を取る勉強法やテクニックを学び、1点でも多く取るために、時間とお金を費やす。一方、米国の受験では、ホール・チャイルド・アプローチという考え方に基づいて、子どもを評価します。ホール・チャイルド・アプローチとは、テストの点数だけではなく、その子が育った環境や、その子がどんなことが好きで、社会貢献活動など、どのように社会と関わってきたか、学校内外での活動を総合的に見て、子どもを評価します。共通テストの点数はそこそこであっても、いろいろな視点から見て、魅力のある子に育てることを重視するということです。そのためには、子どもがどんなことが好きで、何をして、学校の内外でどう貢献できるのか。自分のいるコミュニティーにどう貢献できるのか、ということを見ていきます。子どもは勉強さえしていればいい、という考え方ではなく、子どもに対して、どのように社会と関わり、貢献できるのかをつねに考えさせるのです」

自分が何をやりたくて、何が好きなのか。どうやって社会と関わっていくか。テストの点数で測れる認知能力と合わせて、非認知能力をどう伸ばしていくかを重視する。米国ではテストの点数を伸ばす塾に子どもを通わせるのではなく、子どもに受験コンサルタントをつけるのが一般的なのだという。コンサルタントたちは、子どもの個性を見ながら、子どもの得意な部分を伸ばし、どう魅力的な人間に育てていくかを考えて一人ひとりをプロデュースする。こうして子どもたちは、 「長期的目標の達成」「他者との協働」「感情を管理する能力」などの非認知能力= 社会情動的スキルを、幼い頃から鍛えられ、身に付けていくそうだ。

ボーク重子(ぼーく・しげこ)
ICF認定ライフコーチ、アートコンサルタント。Shigeko Bork BYBS Coaching LLC代表。米ワシントンDC在住。30歳の誕生日を前に渡英、ロンドンにある美術系大学院サザビーズ・インスティテュート・オブ・アートに入学。現代美術史の修士号を取得後、フランス語の勉強で訪れた南仏の語学学校で、米国人である現在の夫と出会う。1998年渡米し、出産。子育てと並行して自身のキャリアを積み上げ、2004年にアジア現代アート専門ギャラリーをオープン。2006年、ワシントニアン誌上でオバマ前大統領(当時は上院議員)とともに、「ワシントンの美しい25人」の一人として紹介される。一人娘であるスカイは2017年「全米最優秀女子高生」コンクールで優勝し、多くのメディアで取り上げられた。現在は、全米・日本各地で“子育て・キャリア構築”“ワーク・ライフ・バランス”について講演会やワークショップを開催している。著書に『世界最高の子育て』(ダイヤモンド社)、『「非認知能力」の育て方』(小学館)など
(写真はボーク氏提供)

(注記のない写真はiStock)