「黒板」によって生じる先生のマウンティング

――初めてのオンライン授業に対し、先生たちの反応はいかがでしたか。

東京学芸大学附属竹早小学校教諭 佐藤正範氏。小学生のプログラミング教育やSTEAM教育の研究を行い、東京学芸大こども未来研究所の学術フェローも務める

多くの先生が、画面越しに子どもたち1人ひとりの顔が見られる状況を目の当たりにして、「オンラインだと、子どもたちの興味や注意を引きつけるのがこんなにも難しいのか」と驚いていました。

現在本校が参加している「未来の学校みんなで創ろう。プロジェクト」にて、コロナ以前から学校内外の関係者とオンライン会議をする機会があり、プロジェクトメンバーや管理職など職員の3割程度はツール自体に抵抗はなかったと思います。しかし、子どもたちに向けたオンライン授業の施行では、参観した多くの先生方にもさまざまな気づきがあったと感じます。

――具体的には、どのような気づきがあったのですか。

現在の日本の学校は、先生1人に生徒30〜40人という集団授業が前提なので、授業の展開を教師がコントロールするスタイルが主流です。そして、ほとんどの授業で使用される「黒板」は、実は教師にとって手放しがたい強力なツールなのです。

教室という特殊な空間の中に、1人の大人とたくさんの子どもたちがいます。その1人の大人が黒板に板書すれば容易に子どもたちの注意を獲得することができますから、集団授業において「黒板」はなくてはならないツールです。しかし、このような授業スタイルや、子どもたちを「揃える」ことを良しとしてきた旧来の「教授」スタイルでは、意図せずとも教師がマウンティングを取ってしまうことにつながります。

オンライン授業では、教室の空間的な特性はなくなります。また、物理的に対面しないことにより大人と子どもという上下関係も希薄になるのか、子どもたちが教師の話に飽きている様子もあからさまに見えてしまうことがありました。初めてオンライン授業を施行したときに、そんな子どもの様子に驚いた先生は多いと思います。

子どもは大人の顔色をうかがって、こちらが望んでいる反応を返してくるものなので、もしかしたら、オンライン授業で退屈そうにする子どもが本当の姿なのかもしれないですね。オンラインでは、子どもの興味を引きつけることがすごく難しいと感じるとともに、これまでは教師がいつもマウンティングを取ってしまっていたのだろうなと気づきました。

休校期間中のBYODによる試行錯誤

――オンライン授業でいちばん苦労されたのはどんなことでしたか。

休校期間中の学びは、どうしても各家庭にいる子どもたち自身の主体性に委ねるしかありません。また、本校では1人1台の端末やネットワーク環境整備が間に合っていませんでしたから、保護者のスマホや端末を借りている子どもたちをオンラインで長時間つなぐことはできません。

そのような事情から、クラス全員が同じ時間につながっている「同期」の関わりと、それぞれが自分で進める「非同期」の時間を効果的に組み合わせる必要がありました。

オンライン授業や朝会などの限られた「同期」の時間で、いかに子どもたちの学びに向かうモチベーションに火をつけられるかということに、いちばん苦労しましたね。これは、いまだに考え続けています。

テクニカルなことでは、オンライン授業は「トラブルが起こる前提」で、サポート役となる教師とペアになって実施することとしました。最初は、「うまくつながらない」「マイクが入らない」というようなことは絶対に発生しますので、授業進行役の先生以外にサポート役を立てたことで、いざとなれば保護者に電話をして操作方法を伝えたりもしました。

新型コロナウイルス感染症もオンライン授業も前例のないことで参考にするモデルもなかったので、このサポート体制のおかげでほかの先生の授業事例を見る機会が増え、教師同士の学び合いが進んだと思います。教師自身も自宅からBYODで参加している時期もありましたが、クラウドのコミュニケーションツールで授業内容に対するフィードバックを、積極的に共有し合いました。

――オンライン授業以外には、BYODでどのような取り組みをされましたか。

教師や学校がオンライン授業や動画配信を行うのは比較的簡単で、学校からの動画配信などは休校初期から行っていましたが、子どもたちから課題や成果物をオンラインで回収するのはセキュリティーの難易度が格段に上がります。いろんなツールを検討し学芸大学で使っているシステムを利用したりもしながら何とかセキュリティーの課題を乗り越え、はじめに、健康観察の記録の回収に取り組みました。やはり子どもたちのケアは最重要課題で養護教諭が率先してチャレンジしてくれた事は大きかったです。最終的には子どもたちからも動画を提出してもらうことができるようになりました。

動画は学校の中では見られないプライベートな一面を見ることもでき、リアルには会えない友達の姿を見るだけでも、子どもたちは笑顔と元気を取り戻した

今年は4月1日がすでに休校期間中で、とくに新入生は先生やクラスメートの顔も名前もわからない状況でしたので、動画提出の最初の取り組みは「自己紹介」でした。自分の得意な野球のシーンを動画で見せてくれたりするのですが、子どもたちが自分たちで工夫してつくった動画の情報量の多さに改めて驚きましたね。手書きの文章や絵などで伝えるよりも、はるかに多くのことが伝わると感じました。

ほかにも、作図の課題などを動画で提出してもらったのですが、動画にすると出来上がったものだけでなく途中過程も見られるようになるので、これまで見えなかった1人ひとりの子どもの理解度や技量を、教師がより詳細に把握できるという新しい気づきがありました。

ICT活用で子どもたちのやる気は格段にアップ

――学校再開後のICT活用はどうですか?

今はまだ1人1台の環境が整っていないため、学校再開後は通常授業に戻っていますが、休んでいる子がオンラインから授業に参加できる体制と、BYODによる動画での課題提出は継続しています。

例えば、コロナ禍で実施できない音楽の授業の「演奏」や、家庭科の「調理実習」などは、家でやってもらってその様子を動画で提出させています。スマホから簡単に撮影もアップロードもできるのですが、動画となると子どもたちがすごくやる気を出し、とてもクオリティーが高い動画が届くんですよね。栄養教諭の先生は、それらの動画を見て感動して泣いていらっしゃいました。

また、課題提出にICTを活用すると、子どもたち同士が簡単にお互いの提出物を見ることができるようになります。「友達のものが見られる」というのを子どもたちはすごく楽しみにしていて、自身の課題に取り組むモチベーションアップや、よい意味でのプレッシャーになっているようです。

学芸大附属校の教師は、いわば、教育のスペシャリストなので、ICTに頼らなくてもよい授業を提供できるという自負があったと思います。その結果、これまではICTを活用しようという意欲が起こりにくかったのかもしれません。

ICTを活用すると「学びに向かう子どもの主体性が高まる」ということを実際に経験し、教師たちはICT活用に本気で向き合おうとするスイッチが入ったように感じます。また、学びの主体を子どもたちへ移していくということに対しても、これまで以上により強く意識するようになりました。

教師や保護者の方の中には、ICTに不慣れな方や子どもにまだ触れさせたくないという配慮をしている方もいます。しかし、コロナ禍で必要に迫られて実施したICTの教育活用によって、想像よりもよっぽど簡単にできることや、友達にオンラインで会いお互いの成果物を共有し合うことで子ども自身が元気になっていく様子を目の当たりにして、心配のあったご家庭もICTに対する意識が肯定的なものに変わったと感じます。

もしコロナ禍がなかったら、「黒板」という教師にとって鬼に金棒のようなツールを手放せず、教師が意図せずしてマウンティングを取ってしまう学びのスタイルは変えられなかったかもしれません。現在はBYODでの限定されたICT活用にとどまっていますが、ICTを活用して本気で教育改革に取り組む覚悟は固まったと思います。コロナ禍が、教師のマインドチェンジのきっかけになったと感じています。

(写真はすべて佐藤先生提供)