親が本気で将来を心配した子ども時代
──でんがんさんは、どんなお子さんだったんですか?
15歳くらいまでは、人と真逆のことばかりするヤバい子だったようです。正直なところ記憶はないんですが、親は「この子は社会で生きていけるのか」と心配していたと聞きました。
例えば、幼稚園の時の綱引きでは綱の上に乗ったり、ピンと張った綱を「鉄棒みたいだ」と思ったようで前回りをしたり。園長先生に「綱は横に引くんだよ」と言われると、今度は相手チームと一緒に綱を引いちゃうとか。かけっこでも、真っすぐ走らなくてはいけないのに、母を見つけてコースアウトをしていましたね。
小学校でも、授業中に先生が「わかった人?」と言うと、「はい!はい!はい!はい!」と元気よく手を挙げるけど、指されると「わかりません」と答えるという。僕としては「わからない」というアピールだったんですけどね。とにかく目立ちたがりで仕方がない。これを参観日でもやっていたので、学校では変な目で見られていて、親はそうとう心配して泣くこともあったとか。父も母も至って普通の人なので、「自分たちの教育が悪かったのか」と悩んでいたようです。
こういう子だったので、親は僕に対して「せめて普通の社会人になってほしい」という目標を持っていたようです。それもあって、僕がやりたいと言ったことは、お金の都合でできないこと以外は全部やらせてもらっていました。それもあって、「将来は自分で決めないと」と思っていた。だから、あまり親に相談をしたことがなくて、「報告」のほうが多かったですね。そういう意味では、「(僕の子育ては)15歳以降はめっちゃ楽だった」と言っていました。
──勉強に対する意識が変わったのはいつ頃でしたか?
勉強に対する僕の意識が変わったのは大学受験の時です。現役の時、本命の大学の合格発表前に、すでに受かっていた大学の入学金を振り込まなきゃいけなかったんです。本命に落ちたらそこに行くのか、もしくは浪人するのか……それを決断する前に、30万円を支払わなければならないわけです。
そのとき親に言われたのが「お前が将来を考える時間にベットする」という言葉。うちは裕福というわけではなかったので、ドブに捨てることになるかもしれない30万円を親が払ってくれるとは思いませんでした。だから「浪人するなら1秒でも無駄にしてはダメだ」と強く意識したんです。僕の意識が変わったのはあの時ですね。申し訳ないので、後になって父に30万円返しましたが。
──浪人時代の1年間で偏差値が40から70まで伸びたそうですが、どんな勉強をしたんですか。
受験勉強に生かしたのが部活動での経験です。僕は中学・高校と陸上部で、中学の時に駅伝に出合ったのですが、チームでいちばん遅かったんです。そのとき、先生に「何でこの練習をすると思う?」と聞かれたことで、「これはラストスパートを意識する練習なのか」と意識して練習するようになりました。すると、飛躍的にタイムが伸びたんですよ。その経験があったので、「これを受験でもやったらどうか」と考えました。できること、できないことを書き出して課題を明らかにし、具体的に何をどうやればいいのかを「見える化」していましたね。
試行錯誤できるから失敗は怖くない
──勉強もやり方が大事ということですね。でんがんさんは、わからない問題があっても、すぐに答えを見ないで、「なぜわからないのか」試行錯誤することが大切だとおっしゃっています。
例えば「歴史」って、人物とか年号とか膨大な知識を覚えなくてはなりませんよね。暗記しろと言われると結構イヤですが、『ONE PIECE』のキャラクターの名前とかは物語ベースでちょこちょこ出てくるから全部言えちゃうわけです。
歴史上の出来事にも背景がありますよね。数学や理科の公式、定理も一緒で、時間が限られている受験においては暗記も大切だけれど、それだけだとなかなか本質を理解できない。学ぶときに公式の暗記から入る人がいますが、本質はそこじゃないんです。それがどうやって起きたのか、どうしてできたのか、成り立つのかを考えるほうがよっぽど大事。「なぜ?」「なぜわからないのか?」と考えることで、理解が深まります。
こうやって壁を乗り越えるために試行錯誤することって大切ですよね。プロセスを経ると「失敗しても何とかなるやろ」となりますから。僕、失敗を恐れていないんですよ。失敗してもまた試行錯誤すればいい、というのが自信になっているんです。これまで勉強もスポーツもセンスがなかったから、試行錯誤の繰り返しでしたし。数学の才能はあったけど、開花するに至ったのは試行錯誤を受け入れていたからです。
そう考えると、「子どものときにいかに失敗するか」が重要だと思います。それをやっていないと、大人になってから失敗を受け入れられなくてどんどんネガティブになっちゃう。僕は一発目からうまくいくことのほうが珍しかったから、「そんなにうまくいかないでしょ」と思うし、「今の状況を変えるにはどうすればいいか」とポジティブに考えます。
でも、その過程を知らずに失敗をしてしまうと「自分には才能がない」の一点張りになってしまう。あるフィールドでは才能がなくても、ほかの才能はあるはずなのに、全部の才能がないように思ってしまう子が多いですよね。失敗って悪いことじゃないんで、そういう子たちにいかに失敗させるかです。
YouTubeでも僕は、ほかのYouTuberならお蔵入りにするような失敗をあえて見せるようにしています。とくに受験生は結果が大事だと思いがちですが、10代ほどプロセスが大事ですし、失敗を経て「こうすればいい」というものが見えてくるはずです。
──社会に出てからは「正解がないこと」のほうが多いですから、試行錯誤はより重要ですね。
受験勉強でも、社会においても「知らないものを知る」ことが必要な点では似ていますよね。知らないことを知ってテストの点数が上がる、仕事ができることもあるでしょう。ただ、受験には答えがあるけど、社会には答えがないという大きな違いがあります。
例えばYouTubeでも、「どんな動画なら100万回再生を取れるか」という問いに正解はありません。それはどの世界もそうですよね。大学受験では、受験生を選抜しなければいけないので、答えがあるものに取り組むのは仕方のないこと。でも、東大や京大などでは「見たことのない問題」が出て、自分の脳にある知っている論理を取捨選択しながら解いていかなければならなかったりします。
本当は誰かが「社会に出たら、答えがあるもののほうが少ないよ」と言ってあげるといいですよね。大学生のうちにその違いに気づいたほうがいいし、試行錯誤せずに社会に出てしまうと、言われたことだけをやる大人になってしまいます。だからこそ試行錯誤が大事だし、お金を稼ぐには新しいものを生み出す能力が大事ですよね。
──でんがんさん流の「試行錯誤」のやり方はありますか?
僕の場合、「正しいかわからんが、まずはやる」ようにしています。そのとき、「たぶんこうなるだろうからうまくいく」という仮定を必ず立てます。それでうまくいかなかったら、なぜうまくいかなかったかを考えます。YouTubeはコメント欄を見ると、すぐにうまくいかなかった理由がわかるんですよ。「ここがつまらなかった」「こういうのを見たかった」と視聴者からフィードバックが来るので、試行錯誤しやすいんです。
他人の意見に対して「違うな」と思っても、いったん受け入れてみて、「やっぱり違った」でもいい。他人の意見はしっかり聞くけど、「そういう意見もありますよね」「やってみまーす」という感覚でいいと思います。「この人がこう言ったから成功するはず」という思考は危険ですから。
──でんがんさんは、YouTubeでも企画を通じて学び続ける姿を見せていますよね。
「なぜ勉強するのか」という問いにはいろんな答えがありますが、僕の考えは「知識があればあるほど魅力的な人間になる」。人生ってドラクエと同じや、と思うんですよね。ドラクエで宝箱があれば「後で使うかもしれないから、いったん拾おう」となるでしょう?
それと同じで、知識を得る機会があれば、「使うかもしれんからいったんかばんに入れよう。使わんでもええやん」という感覚です。知識はユーモアを形成する武器。歴史に詳しければ「歴史死ぬほど知ってます」というキャラにもなれるし、将棋を知ったら将棋から世界を見られるし。いろんな武器があればいろんな世界の見方ができるので、僕も新しいことを学び続けています。
ふざけた僕を見せたほうが話を聞いてくれる
──でんがんさんは中高生や大学生に人気ですが、伝えたいメッセージをきちんと伝えるためにどんなことを心がけているのでしょうか。
ギャップをつくることです。講演会なども行っていますが、僕の話を聞いてくれるのは、僕が普段YouTubeでふざけた姿を見せているから。いつもまじめな話をしているまじめな先生がまじめな話をしても、意外と伝わらないんですよね。
僕も学生の頃、「奥さんに言われてダイエットしてる」とか「筋トレ始めたから大会に出ようと思って」とか、人間味のある話を先生から聞きたかったんです。そういうコミュニケーションがあると、相手の話を聞こうという気になるでしょう? 芸人さんがまじめな話をしているとそのギャップにひかれるので、僕もそうしたいんです。
僕はもう大人なので「受験に落ちても死なない」とわかっているし、そう伝えたいけど、確実には伝わりません。なぜなら、彼らは今「受験がすべて」という世界を生きているから。だから、僕の言いたいことを100%言うのではなく、受験生がどんな情報を欲しがっているのかを考えます。
そして、まじめなでんがんだけでなく、「はなおでんがん」の僕、人間としての僕、いろんな僕を見せる。すると、ふざけたでんがんを知っている人は、僕がまじめな話をしたときに「聞いてみようかな」となる。YouTube×教育は、ふざける僕や人間味も出しながら、教育もするという両側面を出せるのが強みだし、意義だと思っています。
──でんがんさんが教育に力を入れるのはなぜですか?
僕がヤバい子どもだったことが大きいですね。ヤバい子だった僕が一丁前に本を書いているのは、僕に変化があったから。その変化のポイントは成長のポイントです。僕で言うと、父が与えてくれた「受験の意識の変化」ですね。これは僕一人ではできませんでした。
そういう、自分一人では気づかない変化のポイントを与えてあげられるようになりたいんです。「でんがんみたいになりたいから勉強頑張ろう」でもいいし、変化を与えることはできるはず。数学や物理をやらなくても生きていけるけど、その勉強を通じて失敗や変化を子どもに与えられたらいいなと。それが教育の本質であり基盤だと思うし、学問を教えるのはその上の段階だと思っています。
数学って、いろんなところがやっている「苦手な科目ランキング」でずっと1位なんです。その気持ちもわかるんですけどね。そこで、「数学なんてむち打ちの刑くらい嫌や」と思っている人が「こういうことやったんか!」と、簡単に理解できるようにしたいなと。具体的には、僕のサイトで勉強して、確認テストまでできるようにしたい。高校生だけでなく、大人が見てもわかりやすいようなものを作りたいんです。
僕も、もうすぐ30歳。YouTuberとしては若くないし、若さで数字が取れる時代は終わりました。中高生の頃、年齢の近い教育実習生のほうが話しやすかったのと同じで、年齢が離れるほど難しくなっていきます。具体的なバリューを提示しないと生き残れないし、教育業界でそういうバリューを提示しながら、「いつまでも愉快なおじさん」になっておこうと思ってます。そうして、「あの人面白いよね。あの人のまじめな話は聞いておこう」という人になりたい。そして、40歳になっても、「チャレンジするところも、できひんところもあえて見せる先生」でありたいなと思っています。
(文:吉田渓、注記のない写真:でんがん氏提供)