学校生活のすべてを深く味わう「幕の内弁当」を目指して
東京の私立「女子御三家」といえば桜蔭と女子学院、そして雙葉だが、近年では「新御三家」が台頭し、元祖御三家の牙城を切り崩すほどの成長を見せている。
豊島岡と吉祥女子とともに、この新御三家を成しているのが、1935年に創設された鷗友学園だ。初代校長である市川源三氏の「女性である前にまず一人の人間であれ」という理念を守りながら、時代に即した教育を実現すべく、80年代後期から2010年にかけて学校改革を実施してきた。校長の大井正智氏は、同校の学びを「幕の内弁当」に例える。
「たくさんのおかずが入っていて、そのどれにも栄養がある幕の内弁当が理想です。うな重やとんかつ弁当のような1つのおかずで一点豪華主義を目指すような方針ではありません。学校で経験するすべての活動を通して成長を目指しています」
そうそうたる大学の合格実績から、「たくさんのおかず」は主要5科のバランスのことを指しているのかと思いきや、そうではない。あくまで英語や数学などの勉強は多様な食材のうちの1つで、芸術や園芸のほか部活動や委員会、イベント、生徒同士のコミュニケーションなども重視している。その一つひとつに最高級の食材を使っているイメージだと大井氏は説明する。取り組みの具体例を挙げてもらうと、その多彩さに驚く。
「鷗友学園のイベントは生徒が主体になって行われており、体育祭の審判や裏方も生徒自らが担当します。体育祭当日、校庭には司会を務める生徒の声が響いていますよ。また、コロナ禍でオンライン開催となった21年の学園祭では、生徒がサイバーチームを組み、専用ホームページを立ち上げて運営しました。この経験をきっかけに、情報系の学科に進もうと決めた生徒もいます」
中学で沖縄、高校で京都と奈良へ行く修学旅行も、生徒の主体性が伝わる行事だ。
「事前学習にとても熱心に取り組み、『日本一仏像に詳しい女子高生』を自称するまでになった生徒がいます。中学の修学旅行では、医学部を志望していた生徒が沖縄の地で心を打たれ、のちに琉球大学の医学部に進学した例もありました」
一方、創立当初から続く園芸は、鷗友ならではの学びといっていいだろう。これは中1で週2時間、高1で週1時間、全員が学ぶ必修科目だ。校内にある園芸実習園で一人ひとりに小さな畑が与えられ、そこで各自が野菜や花を育てる。
ホームルームで行う米国発のコミュニケーション手法「アサーショントレーニング」も特徴的だ。葛藤が生じるシーンを想定し、専任のトレーナーの指導の下、互いに配慮しながらも率直な意見を伝え合うことを学ぶ。これは中学1・2年生を対象としたものだが、6年間を通して3日に1回席替えを行うという同校の珍しい取り組みは、さまざまな生徒との関わりを増やし、コミュニケーションスキルを磨くためのものでもある。
「授業でも席ごとのグループワークが多いので、頻繁に席替えをすることで、より多くの生徒と交流できるようになります。休み時間などでも、女子はあまり移動せずに周囲の生徒とおしゃべりする傾向がありますが、席替えによってその相手も多彩になります」
大井氏は、あるOGに「鷗友学園はどんな学校だったか」と尋ねたことがあるそうだ。
「その卒業生は『学校は人と話す場所だと感じていた』と話してくれました。いろんな意見を聞いて、自分の意見も言う所だと。『黙っている子がいると心配になっちゃう』とも話しており、伸び伸びと過ごしていたのだなとうれしくなりました」
「自ら考える人に育てたい」入試も〇×式の訓練では駄目
入試にも鷗友学園の学びの姿勢が表れている。
「本校の入試は記述式の問題が多く、算数などでは計算の過程にも部分点を与えます。知識を詰め込み、一問一答形式の問題しかやってこなかったお子さんは戸惑ってしまうと思いますが、自分で理解して順を追って考えれば解けるはず。そうした練習をたくさんしてきてほしいと考えています」
見せてもらった実際の答案用紙は、一つひとつの解答欄がとても大きいものだった。「40字以内で答えなさい」などという設問や、算数でも途中式や考え方も含めて書かせる形式の問題が多くを占める。詰め込んだだけの知識では到底答えられるものではなく、問題を丁寧に読み込むことはもちろん、自分の言葉で論理的にまとめる力なども求められる。中途半端な対策では太刀打ちできないが、鷗友ではこうした記述式のほうがチャンスを広げると考えているようだ。
「人間は〇と×で分けられるものではなく、大人だって間違えるものです。いわば人間自体が△の存在。だから本校の入試は〇か×かという問題だけではなく、△をたくさん積み上げて得点していくことになります」
「ケアレスミスも実力のうち」ともいわれるが、大井氏はこの言葉に異を唱える。鷗友では最終的な答えが合っていなくても、算数は途中式や補助線、国語でも考え方が合っていれば部分点を与えている。
記述の多い独特な入試に個別の対策が必要になることも相まって、偏差値や倍率の上昇とともに、鷗友学園を第1志望にする家庭が増えているという。近年は2月1日・2月3日の両方の入試日程に出願するケースが多く、2021年度の入試では2回目試験の合格者のうち、実に35%が1回目の試験で不合格になった受験生だった。
受験生とその家庭の「受かった学校にではなく、鷗友学園に入りたい」という意志を感じさせる結果だ。
「本校はつねに生徒を中心に、生徒主体の学びを提供しています。入学してからは、自ら考えて発信する機会がとても多くなるでしょう。入試の時点でも、自分がどこまで理解できたかをしっかりと書いて発信してほしい。そうしたことが苦でない子、新しい知識を得ることに喜びを感じられる子なら、本校でも楽しく学んでいけるはずです」
共学では得がたい幅広い経験が、未来の選択肢を増やす
すべての行事を重視する鷗友学園だが、もちろん学生の本分である勉強もおろそかにしない。ただ、授業の中身もユニークなものが多い。教員がただ教えるのではなく、どの教科にも生徒自身が主体的に学ぶようになる仕掛けがある。
「例えば生物ではカエルの解剖を行いますが、目的を考えるところから始めて、1カ月という長い時間をかけて発表までまとめます。『この1つの命を使って、あなたは何を学びますか』と、課題設定も生徒自身に委ねています」
新しい学習指導要領では、主体的・対話的で深い学び、いわゆるアクティブラーニングが重視されているが、そんな言葉が定着する前からずっと鷗友はその姿勢を貫いてきたわけだ。そのため、高校で「総合的な探究の時間」が新たに追加されると聞いたときも、とくに慌てることはなかったという。
「現代社会の授業では、取り組む分野の著名な大学教授を調べ、自ら連絡を取って質問に行った生徒もいました。こうした経験が、『この教授の下で学びたい』という能動的な進路選びにもつながっているようです。数学では、高校生がiPadで作ったペーパークラフトの平面図が、中学生の教材になったという例もあります。本校は女子校ですが、理数系に苦手意識を持つ子が少ないことも特徴かもしれません」
鷗友では「どの教科が楽しい?」と聞くと、「数学がいちばん楽しい!」と答える生徒が多いという。女子が数学でつまずきやすい理由として、男子に比べ、抽象的な概念を理解するのが不得手なためだといわれることがある。前述のペーパークラフトを例に取れば、ただ図形としてイメージしている限りは抽象的なものだが、自ら手を動かし実際に立体を作ってみることで、それは具体的な認識に変わる。大井氏は、こうした丁寧な指導が苦手意識をなくしているのではないかと推察しつつ、中高で男女を分けることの意味を語る。
「私が子ども時代を過ごした共学では、例えば理科の実験をするときも、実際に器具を触るのは男子で、女子は記録係になりがちでした。それから何十年も経った現在でも、生徒に聞くと似たような話がいくらでも出てきます」
小学生の頃は嫌いだったドッジボールが、中学に入ってから大好きになったという生徒もいる。詳しく聞くと「小学校でのドッジボールは、女子は逃げるだけのスポーツだった。ボールをキャッチしても男子にパスしなければいけなくて、全然面白くなかった」と話したそうだ。しかも彼女が「しょうがないよ、だって文化だもん」と続けたことに、大井氏はとてもショックを受けた。
こうした無意識の役割分担を、もちろん男子も窮屈に感じることがあるだろう。だからこそ、この年齢で男女を分けることのメリットは大きいと大井氏は言う。
「園芸の授業では、最初は虫に悲鳴を上げていた生徒が、やがて平気で触れるようにもなります。共学では避けてしまうこと、女子には回ってこないことも、ここでならたくさん経験することができるのです。そうした経験が鷗友生をつくり、その経験が進路や人生を決めていくことになるのだと思います」
そう語る大井氏がとくに胸を張るのは、輝かしい大学の「合格実績」ではなく、実際に一人ひとりの生徒が選んだ進路、「進学実績」についてだ。
「例えば東大への実績を見ても、文理両方にほぼ同じ人数が入っています。大学にも専攻にも理系文系の偏りがないのです」
これは理数系への苦手意識が克服されていること、そしてそれぞれの志向が6年間でしっかり育っていることの証左だ。つねに生徒の自主性を重視し、生徒中心の教育を進めてきた鷗友学園。だからこそ、何があっても途中で折れることのない胆力も育つ。伸びているのは生徒自身の主体性であり、そこに人気と偏差値がついてきているのだろう。
(文:鈴木絢子、注記のない写真:鷗友学園提供)