年内学力入試の需要は「模試代わり」「受験戦略」

昨年2024年、東洋大学が学力試験(国語か数学と英語の2科目)の得点のみで合否を決める推薦入試を12月に行い、2万人の志願者を集めた。その前の11月には大東文化大学も同様の入試を実施している。

杉浦由美子
杉浦由美子(すぎうら・ゆみこ)
ノンフィクションライター/受験ジャーナリスト
教育を中心に取材をしている記者。現在はダイヤモンド教育ラボ、小学館マネーポストなどの WEBサイトや週刊誌で記事を書いている。 著作は『中学受験 やってはいけない塾選び』(青春出版社)、『女子校力』(PHP新書)など多数
(画像は筆者提供)

しかし、「学力試験の点数のみで合否を決める入試」は、大学入学者選抜実施要項の「試験期日は2月1日から3月25日までの間」というルールに反しているという苦情が出てくるようになった。

そこで文部科学省は、東洋大学と大東文化大学に「学力テストのみの入試を実施する期日を守る」よう指導し、全国の大学にも「学力試験のみで合否を決める入試を年内に実施する大学が散見されている」と、試験の実施期日を守ることを求める通知を出した。

この通知は全国の大学で大きな波紋を呼び、とくに関西の私立大学や高校・塾・予備校は混乱に陥った。なぜなら、関西の私立大学ではすでに、「学力試験のみで合否を決める学校推薦型選抜(学校長の推薦が必要な公募制の推薦入試)」、つまり年内学力入試を長年行っていたからだ。

近畿大学入学センター事務部長・河原陽子氏は言う。

「近畿大学では1968年度から学力テストを課す公募制の学校推薦入試を行っています。1992年度には面接を廃止し、翌1993年度には評定平均値の点数化を廃止しました」(※)

近畿大学だけではない。関西では、難関私大の関関同立(関西大学、関西学院、同志社、立命館)を除くほぼすべての大学が、学力試験による公募制推薦を実施してきた。中でも、産近甲龍(京都産業大学、近畿大学、甲南大学、龍谷大学)摂神追桃(摂南大学、神戸学院大学、追手門学院大学、桃山学院大学)などの中堅有名大学は、評定平均値を加味せず学力のみで合否を決めることで受験生を増やしてきた。

近畿大学の年内学力入試は、志願者が5万人に達する大規模なものだ。ほかの私立大学も、年内学力入試を経て多くの学生が入学している。これらの年内学力入試は併願が可能で、合格しても入学を辞退することができる。そのため、2月の一般選抜を目指す受験生にとっても、前哨戦として負担感なく受験できるものだった。

つまり、年内学力入試は受験生の模試代わりのような側面があったと言える。たとえば年内に近畿大学の学校推薦入試を受けた場合、「合格したら2月の受験校は強気に選ぼう」「不合格だったら受験校を慎重に決めよう」とその後の戦略を立てることができる。もし年内入試がなくなれば、従来の受験戦略が通用しなくなるため、高校や塾・予備校も不安を抱えていたようだ。

※筆者が過去に取材した記事(https://www.moneypost.jp/1178326/3/)より

異なる評価軸と組み合わせれば、年内の学科試験は可能

ところが、だ。文部科学省は今年6月3日に公表した「令和8年度大学入学者選抜実施要項」(2026年春入学者)にて、これまで認めていなかった学力試験の年内実施について、“小論文や面接、実技検査といった評価方法と組み合わせる場合は可能”とする内容を新たに盛り込んだ。

「年内に行う総合型選抜や学校推薦型選抜で学科科目の試験をどう扱うかに関して混乱が生じていたため、今年の入試要項では明確にルールを示しました。小論文、面接などの、評価軸の異なる他の要素と組み合わせて多面的・総合的に評価をする入試の中に組み込むのであれば、学科試験も年内に行ってもよいということです」(文部科学省)

これに対して、一部報道では「文部科学省が方針を覆した」という記述もあるが、本当にそうなのだろうか。文部科学省は従来、「推薦入試においても“学力”を把握するべき」として「学力把握措置」を打ち出している。

2000年代、学生の獲得に苦戦するいくつかの大学において、「面接のみ」の総合型選抜で実質的には選抜をしてないという「ザル入試」が見受けられた。そこで文部科学省は「推薦入試でもしっかり学力を把握せよ」という方針を出していたのだ。なお、文部科学省の見解は「“学力”は様々な方法で測ることができる」というもので、小論文や面接での口頭試問、評定平均値などいろいろな方法のうちに、学科試験も含まれるというわけだ。

その流れで、学力を把握するための方法としては「大学入学共通テスト」の利用が推奨されているが、共通テストは1月に実施されるため、年内に合格を出したい大学にとっては活用しにくい。実際、大学側からは「共通テストを1カ月早く実施してほしい」という意見もあるほどだ。

ただ、この共通テストの前倒しで難しいのが、高校のカリキュラムとの兼ね合いだ。共通テストを年内に実施するとなれば、高校はそれまでにすべてのカリキュラムを終える必要がある。すると、授業の進度が速くなり、十分理解できないまま取り残される生徒が出る恐れがある。そのため、共通テストの時期を早めることは現実的ではない。

したがって、年内に合否を出したい私立大学は、条件どおりに面接や小論文などと組み合わせたうえで、あくまで多面的・総合的に学力を把握する1つの方法として学科科目の試験を課すことになるわけだ。

文部科学省の「年内入試では、小論文や面接と組み合わせるのであれば学力試験を課してもよい」という発表を受けて、2026年度の入試では複数の大学が、年内に学力試験を課す推薦入試を行う。

東洋大学は学科試験計200点、小論文と調査書は各10点

まずは東洋大学の動向だ。東洋大学は2026年入試でも、総合型選抜で基礎学力テスト型の入試を11月30日に行うと発表。昨年末に行った学力試験型の推薦入試では学力試験の点数のみで合否を決めたが、2026年度入試では、これに事前提出の小論文と調査書を組み合わせる。具体的には、国語と数学から1教科選択と、英語(必須)のペーパー試験、小論文、調査書からなる多角的評価で合否を決めるという。

さて、目を引くのがその配点だ。2教科(国語または数学と、英語)2科目の学科試験は100点ずつで合計200点なのに対して、小論文は10点、調査書は10点という配点なのだ。

この配点では、ほぼ「2教科のペーパー試験で合否が決まる入試」にも見える。しかし、東洋大学はあくまで基礎学力に重きを置きながらも多面的な評価をする入試とし、「小論文を事前提出にしたのはしっかりと採点をするため。当日に小論文試験を行うと、採点が合格発表までに間に合わないから」だと述べている。

とはいえ、小論文が事前提出となれば、「試験会場で決められた時間内で書き上げる」ための対策もいらない。そのため、一般選抜に向けて勉強をしている受験生がチャレンジしやすい入試になるのが実情だろう。

神奈川大学・大東文化大学の動向、9月実施の大学も

他の大学はどうだろうか。昨年、東洋大学とともに年内学力入試を行った神奈川大学・大東文化大学を見ていこう。

まずは神奈川大学だ。

2026年度入試では、総合型選抜(適性検査型)を11月16日に行う。配点は、国語または数学と英語が100点ずつ、そして“調査書全体の評定平均値×10”を点数化(満点の場合は50点)するようだ。調査書の配点が比較的大きいが、「本学の場合、高校の成績(評定平均値)と大学入学後の成績(GPA)には一定の相関関係があり、評定平均値が高い高校生は、基礎学力が備わっているだけでなく学習習慣も身についていると判断した」(神奈川大学 入試事務部 西川朋実 次長)からとのことだ。

また、昨年東洋大学と共に注目を浴びた大東文化大学入試センター所長の堀川信一法学部教授はこう語る。

「弊学で年内に基礎学力テストを課すタイプの総合型選抜を行うのは、受験生や高校からニーズがあるからです」

大東文化大学は、学力試験を課す総合型選抜(基礎学力テスト型)を11月23日に行う。受験内容は国語か英語、数学か英語の2教科。配点は、学力試験が2教科で200点、調査書25点、小論文25点だ。

大東文化の年内学力入試の特徴は、入学金の納入が2月25日までという点だ。つまり、それまでに合否が発表される一般選抜の結果を見てから、大東文化大学に進学する場合のみ入学金を支払えばいい。

2026年度東洋大学、神奈川大学、大東文化大学の年内入試

この年内学力入試には批判の声もあると聞くが、取材先の高校で尋ねると、意外と歓迎の声も多かった。「年内に試験があると、一般選抜組の生徒の気が引き締まります。そういう意味で、年内の学力試験型の推薦入試はありがたい」という高校側からの意見もある。

なお、東京家政大学は9月14日、桜美林大学は9月27日、共立女子大学は9月28日と、9月に年内学力試験を行う大学も存在する。

2026年度その他大学の年内入試

少子化の中、大学側は受験生に少しでも注目してもらいたいという思いがある。年内学力入試がそのきっかけとなるならば、大学にとっても受験生にとっても有意義なものなのだろう。

(注記のない写真:tkdphoto/PIXTA(左)、ONISHI/PIXTA(右))