推薦状で生徒の人物像をイメージさせる

山脇秀樹(やまわき・ひでき)
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学大学院経済学修士課程修了。 1982年にハーバード大学経済学博士号取得(Ph.D.)。 82年より旧西ドイツ国立ベルリン社会科学研究所上級研究員、90年よりベルギーのルーヴァン大学経済学部教授。95年より米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)アンダーソン・マネジメントスクール客員教授を併任し、2000年よりカリフォルニア州クレアモントにあるピーター・F・ドラッカー経営大学院教授。06年度より同校副学長、09~12年度に学長を務める

米国の大学院で長年教鞭を執ってきた山脇氏によると、日本と米国の総合型選抜はまったく同じというわけではない。日本では生徒が各大学別に願書や書類を送るが、米国には大学共通のプラットフォームがあり、そこに高校での成績詳細、共通学力試験の得点、賞、課外活動などを記入し、複数の推薦状と必要書類を添付する。それに加えて、大学ごとに提示されたエッセイ課題を提出するのだ。

米国の総合型選抜に合格するために重要だといわれているのが、推薦状とエッセイだ。

「総合型選抜で見るのは学力だけではありません。求める生徒像は大学によって異なりますが、共通して評価するのは、『情熱を持っている人』『チャレンジ精神のある人』『リーダーシップを発揮できる人』です。それを見極めるために、推薦状とエッセイが重視されるのです」

大学側は推薦状から生徒の人物像をイメージし、期待する学生像とマッチするか判断する。多くの場合、3名からの推薦状が求められるため、生徒は自分のことをよく理解してくれている人に推薦状を依頼する必要がある。推薦状を書くのは、習い事など課外活動の指導者や恩師など学校外の人でも可能だが、一般的には学校の担任や部活動の顧問など学校の教員に頼むことが多いようだ。

推薦状には表面的なことだけでなく、一歩踏み込んだ内容を書く必要がある。例えば「この生徒は成績が非常によい」だけではなく、なぜ成績がよいのか、そのためにどのようなことをしてきたのかなど、人物像に触れるべきだ。

「このような推薦状を書くためには、授業や部活動で教員と生徒が普段からまめにコミュニケーションを取っている必要があります。なお、米国の高校は4年制なので日本の学生よりも長い準備期間がありますし、カウンセラーも存在します。入学当初からカウンセラーを通じて、後に教員から推薦状を書いてもらうようしっかりと伝えられています。ですから、日本の学生は入試直前の3年生になってから意識してもなかなかうまくいきません。

日本でも、教員と生徒がコミュニケーションを取って主体的な学びを引き起こすインタラクティブな授業が増えれば、教員は授業を通してその生徒についてより深く知ることができるでしょう」

一方で、推薦状の内容は生徒の合否を左右するため、書く内容が思いつかない生徒に頼まれた際にはキッパリと断ることも大切だ。

エッセイのカギは、挑戦する自分の物語をつづること

米国の総合型選抜でもう1つ重要なのが、エッセイだ。テーマは大学によって異なるが、情熱を注いでいるもの、特技、スキル、挑戦にまつわる内容が多く、生徒が歩んできたストーリーが見られる。

内容としては例えば、以下のようなものがある。

●「あなたのしたチャレンジは何ですか? どう克服し何を学びましたか?」
●「あなたはどんなリスクを取りましたか、何にチャレンジしましたか?」
●「常識的なことについて『これは違うんじゃないか』と思ったことはありますか? それに対してどのようなアプローチを取りましたか?」
●「思いかげずハッピーになったことや、ほかの人に感謝されたことがありますか? それは何だったか覚えていますか?」

 

「エッセイを書くためには、自分自身を振り返ることが必要です。自分の人生を思い返し、自分がどんな人物か、今どんな場所に立っているのかを考え、物語としてつづるのです。これも、入試直前の準備では間に合いませんから、高校入学時から準備をしていくべきです」

エッセイには正解があるわけではない。大切なのは、大学側に自分という人間をわかってもらうことだ。日頃からいろいろな視点に立ち、常識にとらわれない考え方を持つことが重要だが、そのような機会として、米国ではディスカッションが頻繁に行われる。

「米国では小学校から、授業でディスカッションをします。自分以外の意見を聞いて考えることで、さまざまな視点を持つことができるのです。また米国の高校の授業では、新入生のサポートや、ゴミ問題や環境保全などのコミュニティー活動の中で、リーダーシップを養う機会も豊富です。これらを通して、エッセイに書けるような体験を積んでいくのです」

いつもと異なる視点に立つと見えてくる「自分の未来」

とはいえ、日本の学生が米国の学生と同じ経験をするのはなかなか難しい。しかし山脇氏によると、日常的な指導の中でも明日から取り入れられることはたくさんあるという。

まずやるべきことは“自分を知ること”。そのために山脇氏はマインドマッピングという手法を使い、生徒に時が経つのを忘れるほど没頭できる活動を探させる。そこに、アイデアを創出するためのオリジナル授業を掛け合わせるという。

(画像:山脇氏の著書『15歳からの人生戦略』から抜粋)

「没頭できることがわかったら、次は5つの心構えを持ってもらいます。それは、『従来の枠組みを崩す』『好奇心を旺盛にする』『プロセスからアイデアを生む』『共感を生む』『立ち上がって行動する』というものです。自分のテーマを見つけたら、それにまつわるまったく新しいアイデアを考えることが、推薦状やエッセイの作成にも役に立ちます」

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山脇氏の授業では上記の心構えを持ったうえで、例えばマインドマッピングや、「『すべてが可能だったら』ライフプラン」など、さまざまなフレームワークを行っていく。そして、これまでの自分とは異なる視点から世界を見る体験をするのだ。

これらを行うべきなのは、決して高校生に限ったことではない。教員をはじめとして、大人が自分自身の人生を構築するためにも効果的なプログラムであり、山脇氏自身も、まずは教員や塾の講師など、生徒を教える立場にある大人自身にこの体験をしてほしいと望んでいるという。

「ぜひ先生自身が、新しい視点で自分のライフプランについて考えて、いつもと違う景色が見えた時にどんな感情や意欲が湧くかを実感してほしいのです。そのうえで、生徒たちにも未来の『生き筋』を自分で考える大切さを伝えてほしいです。きっと、進路を考える生徒たちへの接し方も変わるはずです」

(画像:山脇氏の著書『15歳からの人生戦略』から抜粋)

そのためにはまず、自由に発言できる環境づくりが欠かせない。山脇氏によれば、米国では、空気が読めても「あえて」読まない、ということがあるそうだ。他人と意見が違う場合も、争うのではなくその存在を知るだけでよい。そうすると、さまざまな視点を持つことができ、自分のテーマを唯一無二のものにするチャンスにもなる。教員は、生徒が安心して意見できる場をつくってあげることも大切だ。

生徒を枠にはめることなく、どのようにオリジナルな強みを引き出すか。生徒の志望校選定から進路設計までをどう指導するか。そんな課題を持つ教員や塾講師はぜひ、 『15歳からの人生戦略: ドラッカー経営大学院教授の「未来をつくる」授業』(東洋経済新報社) を参考にしてほしい。推薦状やエッセイの書き方を含め、将来を考えるヒントやフレームワークのアイデアが詰まっているはずだ。

(文:酒井明子、撮影:梅谷秀司)