探究科も普通科も関係なく全員に「山東探究塾」を
「温泉と雪で熱電発電」「イオン交換樹脂を用いた新たなクリーンエネルギーの開発」「ベンフォードの法則の普遍性について」――これらは山形県立山形東高等学校(以下、山形東高)の2年生が探究活動で取り組んでいる研究テーマの一部。「こんな高度なことを?」と驚くかもしれないが、これが同校のリアルだ。
山形県は2018年度、新学習指導要領や高大接続改革の方針に合わせる形で先行して探究に取り組むべく、県立高校3校に「探究科」を新設した。そのうちの1校が県内トップの進学校、山形東高だ。しかし県から方針が出た15年当時、「本校131年の歴史において新学科の設置は初めてのことで、現場には激震が走りました」と、教頭の森美千子氏は振り返る。
まずは校内で15年度から希望者制の「山東探究塾」を発足し、手探りで探究活動を進めた。また、17年度からは探究型学習を推進するための中核教員が、福井県立藤島高等学校や石川県立金沢泉丘高等学校、京都市立堀川高等学校など探究先進校での視察研修なども行った。
「初めは先進校のやり方でやってみようと思っていましたが、途中で本校は何を目指すのかをはっきりさせなければ何もできないと気づきました」と話すのは、教育企画課の佐々木隆行氏だ。
教員たちで議論し、目指すべき「山東生像」は、グローバルな視点で地域の困難な課題を解決するイノベーターであること、そして山形に思いを寄せながら世界や国・地域で活躍するグローカルリーダーであることを明確にした。そのうえで、先進校を参考にしながら独自の探究モデルを練り上げたという。
大きな特徴は、総合的な探究の時間を中心に行う山東探究塾を全員に展開しているところだ。「学校全体で“人材育成のプログラムは山東生全員に”、という強い思いがある」(森氏)ため、探究科を設置した18年度の新入生から順次、探究科も普通科も区別なく全員が探究活動に取り組む体制にした。探究科の生徒は、2年次に「理数探究科」と「国際探究科」に分かれて普通科よりも1単位多く探究に取り組むが、探究活動においてそれ以外に異なる点はない。
支援者の開拓や研究資金調達など「大人顔負けの活躍」
具体的には、1年次は東北芸術工科大学による「デザイン思考」などを新入生研修で学ぶほか、グローカルリーダー養成講座やビブリオバトル、テーマ発表会などを通じて探究スキルを習得していく。
2年次は、各自に研究テーマを定めて課題解決型の探究活動に挑む。個人でもグループでもOKで、複数の研究をかけ持ちしてもよい。そして、全員が外部機関や専門家を招いたプレ発表会、中間発表会、成果発表会を行う。1年生はこの2年生の発表をすべて見るため、「先輩たちよりいいものにしよう」とライバル心を燃やすようで、年々探究活動がレベルアップしているそうだ。
3年次は、2年次の活動の集大成として「研究集録」を作成するほか、課題研究を通じた学びを自分の将来と関連させる自己探究に取り組み、進路実現に向けた準備を行う。
とくに2年次の探究活動では100近くの研究テーマがそろうため、多くの機関や団体、専門家の力も借りている。例えば、連携協定を結ぶ東北芸術工科大学や山形大学、山形市役所のほか、山形経済同友会や山形県観光物産協会などから研究や発表へのアドバイスを得ている。
「ただ、取り組む課題の仮説設定やアプローチは多岐にわたり、どれが最適かはやってみなければわからない。だから、私たちは生徒が困ったときに相談に乗ったり、外部の人につながる支援をしたりするにとどめ、『とにかくやってみろ』のスタイルです」と佐々木氏は強調する。
また、生徒には発表の場となる外部の大会情報などを積極的に提供している。その理由について森氏はこう話す。
「私たちも徐々に気づいたのですが、生徒を学校という狭い枠だけに押し込まず、臆することなく外に出すことが重要です。外部からの刺激で生徒たちは自然と学び、伸びていきます。探究活動では、教員は多くを教えすぎず、進捗や安全を確認したり、外部の人に失礼がないよう見守ったりすればいいと思うようになりました」
実際、生徒たちは自由に個性を発揮している。必要とあれば自ら外部の専門家の支援を取り付け、ファンドのコンペティションなどに参加して自力で研究資金を勝ち取ってくることもある。学校を飛び出し、東北地区で模擬国連を主催したり、市役所や他校の生徒とフードドライブを実施して地域の課題解決に取り組んだりと、プロジェクトを立ち上げる生徒も増えた。
ものづくりで頭角を現した生徒もいる。友達から「探究でこういうものが欲しいから作って」と頻繁に頼まれては、プログラミングや3Dプリンター、電子部品などを使って早ければ翌日に仕上げてくる。友達の探究活動も支えたその生徒は、同校の2020年度探究賞にも選ばれた。
「今社会に求められているのはこうした人材だと思います。ほかにも、学校の予定が一覧できるプラットフォームや保護者への学校行事配信システムを構築して共有するなど、自発的に学び新しいものをつくってしまう生徒が増えています」と、佐々木氏は手応えを語る。
進学校としての伝統的な「授業中心主義」は崩さない
しかし、一方で同校伝統の「授業中心主義」を貫いている点が興味深い。多くの高校が1コマ50分程度の授業を行う中、同校は昔から65分授業を続けており、今も受験科目を基盤としたハードなカリキュラムを組んでいる。この方針は2022年度以降も変わらないという。
教科・科目の授業をしっかりやるので、探究には多くの時間を割くことはできない。そのため、「LHR(ロングホームルーム)」と「情報」の授業も連動させて効率化を図っている。
例えば、山東探究塾の実践の中で、情報科で学んだICT活用をはじめとする探究スキルを使い、LHRでは実践の振り返りを行うよう年間計画を調節している。また、その振り返りを自己探究につなげるほか、学びや活動の履歴を情報科で電子データ化して保存するなど、キャリア形成もできるよう組み立てている。
最近では、コロナ禍で各教室にWi-Fiやプロジェクターが整備され、BYODに移行。クラウド上でやり取りができるGoogle Workspaceの利用が日常となった。生徒と教員、生徒同士の連絡やコンテンツのやり取りがスムーズになり、隙間時間でより効率的に探究活動に取り組めるようになったという。
探究型学習や探究活動の導入で教科・科目の授業も変わった。「私は世界史を担当していましたが、授業中に『ああ、なるほどね』『だから英語でこう表現するんだ』など、他教科の既習内容に思い当たるような発言が生徒から多く出るようになったのです。以前は教員から仕掛けなければ他教科の理解が深まるようなことはなかったので、その変化に驚きました」と、森氏は話す。
「だんだんといろいろな境目がなくなっている気がします。先生は従来の講義形式のよさと探究の手法を組み合わせた教科・科目の授業をしているし、生徒たちも『数学だと思っていた課題が、探究してみたら化学だった』ということを多々経験する。自然と教科横断になっていて、部活も学校行事も含めすべての活動がPDCAサイクルを取り入れた探究型に変わってきています」(佐々木氏)
進路に変化、推薦入試でも勝負可能に
2021年3月に卒業した1期生の進路を見ると、生徒が選んだ研究テーマと、大学の学部選択がほぼリンクしているそうだ。研究のテーマ設定に当たり、「進路に関わるもの、好きなもの、適性に合うもの」という3条件のうち、必ず1つは満たすことをルールとしている結果だという。
「これまでは漠然と東大や東北大を目指す生徒がほとんどでしたが、1期生は『この大学でないと、この研究ができない』という理由で学部を選択した生徒が多かった」と、佐々木氏は言う。とくに国公立大学医学部医学科と北海道大学の現役合格者はそれぞれ14名、11名と従来よりも大幅に増えたという。
さらに、「部活と授業中心の学校だったので、ほかにアピールできるものが少なく出願すらできなかった」(森氏)という東京大学の学校推薦型選抜に1期生が初挑戦。見事、探究科の3名が合格を果たした。「以前から一般入試での東大合格者は何人もいましたが、推薦でこんなに受かると思わなかった」と佐々木氏は明かす。
3人は何を研究していたのか。工学部に進んだ生徒のテーマは、温暖化解消。山形市の用水路付近の温度が低いといわれていることに着目し、計測器を開発して実際に検証した。経済学部に合格した生徒は、色と記憶力の関係について数的解析を展開。その研究はシンガポール研修での英語発表会で2位を獲得した。もう1人の生徒は、探究部という部活の化学班で1年次から養ってきた理系的研究力をアピールし、理学部の合格を勝ち取った。
このほかにも総合型選抜を利用して京都大学やお茶の水女子大学、筑波大学などに入学した生徒もおり、受験の仕方が多様化したという。
「山東探究塾の活動を通して、生徒たちが自分のやりたいことや強みをより自覚できるようになった証しです。今後はプログラムを精査し、地域活性や協力者の利も意識しながら持続可能な探究活動に進化させていきたい」と、森氏は語る。
山形東高の探究活動は文部科学省の「地域との協働による高等学校教育改革推進事業(グローカル型)」に指定されており、21年度が最終年度となる。22年2月、3年間の成果が発表される予定だ。
(文:田中弘美、写真はすべて山形東高等学校提供)