ここ数年で急増した「スクールロイヤー」の現状

――なぜ、文部科学省はスクールロイヤーの活用を後押ししているのでしょうか。

これまでは各自治体に配置されている顧問弁護士が、教育問題にも対応していました。しかし、近年学校や教育委員会において、いじめや虐待、保護者からの過剰な要求、学校事故への対応など、法務相談を必要とする機会が増えています。

2019年3月の文科省調査でも76%の市町村教育委員会が「法的な専門知識を有する者が必要である」と回答しています。こうした背景から、訴訟などに発展する前から対処しようと教育問題の対応に特化したスクールロイヤーの活用が進んでいます。

神内氏は今、教職大学院の准教授、私立中高一貫校の社会科教員、自治体のスクールロイヤーという3つの仕事を兼務している
(撮影:泉智氏)

私の独自調査では、顧問弁護士以外に、弁護士または弁護士資格を有する人材を配置する教育委員会は、全国で100近くあります。複数の弁護士と契約しているところもあるので、人数としては200人くらいに上ると推測されます。そのほとんどがここ1〜2年で配置されており、急速に導入が拡大していることがわかります。

多様化も進んでいます。スクールロイヤーを担当する弁護士は、事務所にいてメールや電話で相談に応じるスタイルが多いのですが、スクールソーシャルワーカーや部活動指導員として学校に関わる弁護士も出てきました。

――神内先生は日本初の弁護士資格を持つ教員だそうですね。

10年以上、教員と弁護士を兼務しています。非常勤の兼務経験者はほかに2人ほど知っていますが、常勤経験者はたぶん今も私だけです。「法教育」をやりたいという弁護士はたくさんいるのですが、教員と弁護士の両立は難しく、授業以外の仕事をするのは大変だと考えられています。

そもそも、スクールロイヤーには利益相反というリスクがあります。法律は一方の立場から利害関係を考えますが、教育現場ではそのやり方が合わない場面が多い。問題解決に当たって利害調整や情報共有が必要になるなど、弁護士の「利益相反禁止」や「守秘義務」のルールに抵触するケースがあるのです。学校に常駐する教員型のスクールロイヤーは、そのリスクを1人で抱え込む形になるので、なり手が増えないのも無理はありません。

だから、私は、勤務する私立学校ではスクールロイヤーではなく、基本的には「弁護士資格を持つ教員」として働いています。そして、学校現場で得た経験を生かす形で、自治体のスクールロイヤーとして活動しています。

いじめ、不登校、労働問題……解決に有効な領域は?

――スクールロイヤーへの相談が多い領域や、介入が有効な領域はありますか。

相談が最も多いのは保護者対応、次いで学校事故、生徒指導、虐待など。ちなみに昨今、教員のわいせつ行為が問題視されており、来年6月までに「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律」が施行される見通しですが、規定にあいまいな部分が多く条文解釈が求められる法律であるため、来年度はこの件で相談が増えそうです。

法律は被害者と加害者を決めたうえで話を進めるので、そこがはっきりしているケースは介入が有効です。代表的なのは、学校事故。一種の保護者対応ですが、事故後の対応手順や災害共済給付制度の案内、加害者との交渉などについて学校に助言します。それを踏まえて学校が保護者に丁寧に回答すると、円滑な解決に向かうことが多いです。

虐待にも有効です。児童相談所や警察の対応は、学校が連絡するよりもスクールロイヤーから連絡したほうが早い。また、児童相談所所属の弁護士と連携できると、スムーズに子どもを保護できる場合が多いです。

いじめも、被害者と加害者が明確なケースには有効。被害者が被害を受けているのに加害者がまったく反省していない場合などがあれば、スクールロイヤーは「対応しないとダメ」と学校に助言しますし、深刻な場合は調査委員会を立ち上げますから。ただ、最初に攻撃を仕掛けたのが被害者であるなど、被害者と加害者が明確に分けられないケースは対応が難しくなります。

実はいじめの相談は、スクールロイヤーの導入当初は多くなりますが、その後減少する傾向が見られます。スクールロイヤーの対応が先例となり、それ以降、学校現場が自分たちの判断で適切な対応ができるようになることが多いのです。また、スクールロイヤーは教員研修やいじめ予防授業も担当することが一般的で、そうした機会にいじめ対応の啓発を行っていることが効果を上げていると考えられます。

ただし、減少するのは軽微ないじめ相談。難しい案件は減少していません。スクールロイヤーへの相談は、いじめに限らず非常に扱いが難しいケースがほとんど。例えば、当事者の言い分がまったく食い違っているいじめ、貧困や精神疾患など複合的な問題を抱えている保護者と不登校の子ども、障害のある子どもへの対応などです。

しかし、現場が「このケースはスクールロイヤーの助言を聞いたほうがいい」と判断できるようになることは配置するメリットの1つだと思います。また、先例が有効に機能して相談件数が減っていくケースはいじめ以外にもあります。学校事故、保護者からの文書による回答要求や謝罪要求、教員の体罰・懲戒処分なども、一度スクールロイヤーが支援すると現場で対応できるようになります。この点も、スクールロイヤー配置のメリットと捉えています。

――解決が難しい領域はありますか。

生徒指導です。ブラック校則や違法な体罰などは介入が有効ですが、日常的な生徒指導の問題解決は、現場経験のないスクールロイヤーには難しい。教員がどんな意図を持って生徒指導に及んだのかという背景まで考慮できないからです。同様に、保護者が教員の説明の仕方に腹を立てている場合なども、臨機応変な解決策を示すことは難しいです。

不登校もかなり依頼はありますが、理由を特定しにくい。医療や福祉の問題など学校以外の要因も多く、スクールロイヤーだけでは解決が困難な領域です。

――教員の労働問題はいかがでしょうか。

実は、日本弁護士連合会(以下、日弁連)も文科省も、前提としてスクールロイヤーの業務に教員の労働問題の対応は想定していません。仮に対応するとしても、いわゆる給特法は教員の仕事の実情に合っていませんし、本当に業務過多で大変な人もいれば、自身の意向で授業準備や部活動に時間をかけたい人もいて個人差が大きく、とても解決が難しい領域です。

スクールロイヤーのあるべき姿とは?

――課題についてお聞かせください。

実は、現状ではスクールロイヤーについて公的な定義がありません。日弁連では、18年に「子どもの最善の利益の観点から、学校の相談相手として助言する弁護士」と定義しています。保護者の代理人でも学校の代理人でもない位置づけです。

一方、文科省が20年に示した「教育行政に係る法務相談体制構築に向けた手引き」では、学校側の代理人になったり、保護者との面談に直接立ち会ったりする業務を想定しています。つまり日弁連と文科省とでは、そのあり方をめぐって大きな対立があるのです。

また、スクールロイヤーは救世主のように思われていますが、学術的にもほとんど考察されておらず、効果も検証されていません。もっとその専門性や独自性をどのように理解するか、地に足が着いた議論がなされるべきです。

現在、弁護士資格があって教育に関心があれば、誰でもスクールロイヤーを名乗れます。スクールロイヤーが学校教育制度に関わる弁護士であるならば、学校教育の現状や今後の方向性についてきちんと理解しておく必要があるでしょう。教育は自分の経験に基づいて語ってしまう一面があるので、そうなってしまわないように、教員免許や職務経験、教育学の学位など、何らかの証明が求められるべきではないでしょうか。

――スクールロイヤーは、今後どうあるべきでしょうか。

私は現在、教職大学院でスクールロイヤーの研究も行っています。その立場から学術的にはスクールロイヤーを「学校設置者の顧問弁護士とは別に、学校現場と継続的な関係を有する弁護士」と定義しており、3つの環境を整えることが重要だと考えています。

1つ目は、子どもに会って直接関わることができること。教育現場には、法律現場の常識では解決できないことがたくさんあります。当事者の子どもと会うことで解決のための参考情報が手に入るかもしれません。例えば、スクールロイヤーが学校の校務組織に定期的に参加して意見を述べるという画期的な制度を導入している学校もあります。このように定期的に学校にアクセスできる仕組みが必要でしょう。

2つ目は、保護者側も弁護士に相談できる制度をつくること。スクールロイヤーは学校設置者に雇われているので、保護者の依頼に応えることはできません。保護者用の窓口を設けている自治体もありますが、無料相談は初回だけだったり、同じ弁護士に継続的に相談できなかったりして利用しづらい。保護者がクレーマー化する原因の1つは、誰のサポートも得られないこの現状にもあると思うのです。

弁護士に相談できる制度があれば、保護者は学校との上手な交渉の仕方を教えてもらったり、代わりに学校側の弁護士と話をつけてもらったりできる。そのほうが問題は長期化せず、学校も保護者も負担が少ないはずです。

方法としては、第三者機関の設立がよいと思います。スクールロイヤーが常駐し、学校と保護者、両者の相談に中立的な立場で応じ、解決案を示すようなシステムをつくるのです。できれば、教員も労働問題を相談できる体制が理想。学校や教育委員会から独立した財源で運営すれば弁護士の利益相反も起きにくいので、自治体直下でつくるのが望ましいですね。

3つ目は、「チーム学校」の一員として他職種と連携すること。情報を一元化できていない教育委員会は多く、例えば現状では、スクールロイヤーとスクールカウンセラーは同じ案件について別々のルートで相談を受けています。ほかの専門家の見立てを知りたい場合、スクールロイヤーから働きかけないと教えてもらえません。

そのため、先ほど申し上げた第三者機関に、カウンセラーやソーシャルワーカーなども常駐させて情報共有を図るのがよいと思います。今、実際に教育委員会の中にカウンセラーと弁護士資格のある人間で部署をつくり、問題解決の仕組みづくりを進めている自治体もあります。

ただ、明らかに人材不足かつ議論不足で、全国での理想の実現には程遠いと感じています。私も少しでも、よりよい環境づくりに貢献できればと思っています。

神内聡(じんない・あきら)
兵庫教育大学大学院学校経営コース准教授・弁護士。東京大学法学部卒業。東京大学大学院教育学研究科修了。専修教員免許(社会科)保有。日本で初めて弁護士資格を有する教員として私立中高一貫校に常勤教諭として勤務(現在は非常勤)しながら、現場の実情に通じた弁護士として各地の教育委員会のスクールロイヤーなどを担当。現在は教職大学院で理論と実務の懸け橋を意識した教育学研究にも従事
(撮影:泉智氏)

(文:田中弘美、注記のない写真はbee/PIXTA)