市を挙げての教育改革が、地方創生につながる理由
2023年1月、石川県加賀市教育委員会は23年〜25年度の教育指針とし、スローガンを「Be the Player〜自分で考え 動く 生み出す そして社会を変える」と設定した。
「子どもの『今』も『未来』も幸せに well-beingを実現する学びの改革」として「学びを変える」「誰一人取り残さない」「未来は自分で創る」「地域と一緒に」の4つのプロジェクトを掲げ、それぞれ具体的な施策と実施スケジュールを示した。
教育施策というと「難解で理解しにくい」と思われがちな面もあるが、加賀市の学校教育ビジョンは、子どもたちの学びの情景を表すカラフルで温かみのあるイラスト、誰もが理解しやすい平易な言葉で構成されていること、地域の現状を十分踏まえた「子どもが主役」の教育改革を表す内容であることから、全国的に話題を呼んでいる。
「教育改革は、一時的に学校現場や子どもが変わることができたとしても、保護者や地域の方々が旧来型の教育観から脱し、改革の必要性を理解し変わることを求めない限り、その地域に改革を根付かせることは難しいと思っています。『学校、先生たち、応援しているよ! 頑張れ!』と、保護者や地域の方々に背中を押してもらえるようにするためには、私たちが目指す教育を、誰もが目で見て、読んでわかりやすいメッセージで届ける必要性を感じました」と、加賀市教育委員会教育長の島谷千春氏は言う。
学校教育ビジョンは市内全戸に配布。住民から「わかりやすいです」「ビジョンに掲げられているような学校になるよう協力します」などの声が多く聞かれ、公共施設や掲示板に自主的に掲出する動きも見られるという。
加賀市は14年、日本創成会議から消滅可能性都市である指定を受けた。1990年代に8万人いた人口が現在は約6.3万人、2040年には4.2万人とほぼ半減すると予測されている。高齢者の割合も年々増加し、次世代を担う若手労働者の不足なども大きな課題となっている。
「加賀市は温泉地で観光業や製造業が基幹産業ですが、消滅可能性都市である指定を受け市長が危機感を抱き、『スマートシティ加賀』をビジョンに掲げて行政のICT化などデジタル化が進んでいます。人口減少に歯止めをかけ、市として再生していくためには将来の地場産業としてデジタルを使いこなせる人材育成が非常に重要だと位置づけ、国の必修化より3年前倒しの17年度から市内の全小中学校でプログラミング教育を開始するとともに、これまでの画一的な教育から21世紀型教育に転換していきたいと。『教育は、未来への投資。人材育成は一丁目一番地。全面的に改革をしてほしい』という市長の強い思いを受け、マクロ的な視点も持ちながら教育改革を行っていくことが私の使命であり、真の意味での地方創生につながると考えています」(島谷氏)
課題は不登校、自由進度学習の導入で「学びを変える」
加賀市には、小学校が17校、中学校が6校存在する。
「2022年10月、教育長に着任してすぐに市内の小中学校を回りました。私塾や習い事の選択肢が都市部と比べて少ない地域では公教育への期待は大きく、先生方が『児童生徒の基礎学力をつけ、誰一人として授業を取りこぼさないようしっかり見ていこう』と、非常に熱心に教育活動を行う姿を目の当たりにしました。このような先生方の熱意や新しいことにチャレンジする前向きさをベースに、今求められている教育改革を具現化できる可能性を秘めた都市であることを再認識しました」と、島谷氏。
島谷氏が、今の教育のいちばんの課題と感じているのは「不登校」だという。国の調査では、不登校は「年間30日以上の欠席」とし小学生は10人に1.3人、中学生は10人に1.4人となっており、加賀市でも同様の傾向が見られるという。
「学校に行けても教室に入れない子、学校に行くのがしんどいと思っている子を含めると、児童生徒の1割以上が学校に拒否感を持っているという現状は、子どもの問題ではなく社会や学校システムの問題であると捉えています。『スクールカウンセラーを入れる』『別室登校の支援をする』など不登校対策だけをやっても問題は解決しません。子どもが長い時間を過ごす授業という中で、児童生徒の特性や能力を埋もれさせ、ついていけない子は疎外感を感じたり、わかっていないのにわかっているように装わなくてはいけないようなこれまでの一斉型のスタイルを変えていかないと」
そこで、これまでの「みんな一緒に同じことを同じ方法で学ぶ授業」から、「自分のペースで自分で学ぶ授業」への転換を図っている。その1つが、授業の進度を学習者が自ら自由に決める「自由進度学習」だ。
「22年度、まずは実践してみたい学校の先生に手を挙げてもらい、『子どもを主役にする授業』づくりを支援する教育推進プロジェクトマネージャーが先生たちに伴走しながら、授業を変える試みをスタートしました。さまざまな授業実践が続々と出てきていますが、例えば、あらかじめ先生から1人1台端末に送られてきた問いやヒント教材を基に、子どもは自分で計画を立てて個人で学習を進めたり、子どもによっては友達と協力して進めたりします。自由に動くことももちろんOKで、黒板を自由に使って子どもたちがそれぞれ考えた解法を議論しながらチャレンジ問題に取り組む姿も見られます。先生は一斉授業型では難しかった子どもたち一人ひとりの様子を見ながら声をかけて回ってフォローに入ったり、子どもが自分たちの力で取り組みたくなるような教材や仕掛けなどの環境設計をしたりする役割が大きくなります。実践したある小学校では、『自由進度学習』を取り入れたことで『学校が楽しい』と答える児童が増えました。
23年度はこの流れを加速するために、これまで1名だった先生に伴走する教育推進プロジェクトマネージャーを3名に増員。トップダウンで押し付けすぎず、手上げ制でやりたい学校を募り、伴走しながらキーパーソンとなるような先生を育てて授業のノウハウを全市で共有し、子ども主体の授業をじわじわ増やしていっています。1つの突出したモデル校をつくったり、“遠くの先進校”に視察に行ったりするよりも、近くの学校同士でネットワークを組み皆で学び合うスタイルのほうが、改革の持続可能性や地域の教育力の総合的な高まりにつながると感じています」(島谷氏)
学力だけでなく、この学びの改革が狙う自己肯定感や学びに向かう力など非認知能力の育成の効果についても福井大学やNPO、AIベンチャー企業などと連携して可視化し、保護者や市民に説明していくという。
不登校支援の拠点としてサードプレイスを設置
教室に足が向かない子に向けては、教室以外で過ごし学べる学校内スペシャルサポートルームの市内全校の設置に向けて、試行を開始。さらに、教育総合支援センターを旧三木小学校に移転・リニューアルし、学校とも家庭とも異なるサードプレイスに。不登校支援の拠点として機能強化を図る。
「廃校を活用していることから『学校らしさ』が残っていたため、あえて『学校っぽくない』空間デザインに改修しました。移転の際は、地域の方がペンキ塗りや花壇設置、畑作りなどを手伝ってくださいました。廃校により一度は子どもの声が消えた地域にまた活気が戻るということで非常に喜んでくださり、『みんなで材料を畑で育ててカレーを作るイベントをしよう』などのアイデアも出ています。子どもを地域の力で育てようとする心強さを感じます。2022年11月には教育NPOのカタリバさんと連携協定を結びました。不登校児童生徒についての要因分析や調査を行い、その子の状況に応じて福祉とつなげるなどきめ細かな配慮ができるような機能を持たせていきたいと考えています」(島谷氏)
小中一貫STEAMプログラムを検討
学校教育ビジョンを進めていくうえで、決定的に不足していたのが、ビジョンの広報、「未来は自分で創る」プロジェクトで掲げるSTEAM教育、プログラミング教育のカリキュラム設計、企業や大学、地域など市内小中学校とのSTEAM教育に関する連携先の確保、学校での授業展開に必要な条件整備の検討・交渉などを担う人材だった。
これらの業務を担当するのが、2023年4月から事務局政策官に就任した寺西隆行氏だ。寺西氏は、これまでに経済産業省「未来の教室」教育・広報アドバイザー、文部科学省広報戦略アドバイザーなどを歴任してきた。
「前職ではプログラミング教育を行ったり、一般社団法人ICT CONNECT 21でプログラミング教育やSTEAM教育を広めたりしてきました。その中で、主要5教科については、これまで蓄積されてきた一般的なカリキュラムが先生方の共通理解として浸透していると再認識しています。しかし、プログラミング教育やSTEAM教育については、それぞれの先生が、『もともとないものをそれぞれ独自に解釈し、バラバラの状態のまま実践している』ということに問題意識を感じていました。
まずは、教科担任制のため、小学校と比べると教科横断的な教育の系統化が難しい側面がある中学校の校長先生や、STEAM教育につながる総合学習、技術を担当されている先生方一人ひとりの思いを丁寧にヒアリングさせていただきながら構造整理を行い、『加賀市が目指すSTEAM教育とは何か』を言語化していく取り組みを行いつつ、小中一貫STEAMプログラムを検討していきます。また、先生方は日々目の前の仕事に一生懸命取り組むあまり、時に学校内での業務の重複も見受けられます。その部分も整理し、働き方改革にもつなげていきたいと思います」
寺西氏はこう続ける。
「教育ビジョンの4つのプロジェクトは切り分けられているのではなく、地続きです。『誰一人取り残さない』が基本にあり、これを実現するためには『学びを変える』=個別最適な学びと協働的な学びが大切で、その後は児童生徒一人ひとりが主体的に『未来は自分で創る』活動が必要で、それがSTEAMや探究活動に行き着く。このようにプロジェクトを有機的につないでいくことが求められています」
島谷氏も続く。
「小中あわせて23校というのは、一致団結に適した規模感。市内の学校訪問も車でどの学校も15分くらいで行けるため、1日に4校回ることもあります。校長先生、教頭先生、教務主任、現場の先生と小まめに会話ができる距離感で、学校のコンディションを肌で感じることができます。子どもたちの今も未来も幸せにするために、加賀に住む人たちが『うちの町の教育はすごいんだぞ』と誇れるような学びの改革を、地域の皆さんと一緒に進めていきたいですね」
「そろえる教育」から「伸ばす教育」へ。加賀市の教育の進化が期待される。
(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:東洋経済撮影)