全国初の公立中高一貫男子校の魅力

鹿児島県立楠隼中学校・高等学校(以下、楠隼中高)は、鹿児島から世界を見通すリーダーを育成することを目的に、併設型中高一貫教育校として2015年に開校した全寮制の男子校だ。中高ともに全国から生徒を募集しており、中学では1学年2学級で定員は60名、高校からは、中学からの内部進学者に加えて1学級30名を募集しており、1学年3学級90名の体制となっている。

校舎全景

校名である「楠隼」は、鹿児島の県木である「楠」と、地元肝付町から打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」、そして薩摩藩の勇敢な武士を表わす「薩摩隼人(さつまはやと)」の「隼」を掛け合わせて名付けられた。同校の教頭である石神正憲先生は次のように語る。

鹿児島県立楠隼中学校・高等学校
教頭
石神正憲

「本校は全寮制であるため、学校生活と寮生活の両方で学習ができる環境となっています。例えば、寮では中学生なら夜8時から10時まで、高校生なら同11時まで教員とは別にいる学習指導員の指導の下、学習室で勉強に励むことになります。協調性や自立心を育てることを目指し、中学1年生から高校3年生までが寝食を共にしており、一生の友人ができたと卒業生たちはよく口にしています」

生徒たちが過ごす学生寮「楠隼寮」。個人部屋のほかに、談話室や学習室、メディアスペースなども用意されている

同校は少人数教育を基本とした、県内でも有数の進学校である。国語、数学、英語の授業を大幅に増やし、朝の補習や土曜講座のほか、夏休みには補習も実施。校外活動も鹿児島の自然・歴史・文化を味わう農業漁業民泊体験など充実している。さらにグローバルな視野を身に付けるために、海外の大学企業連携研修として中学3年生はアジア圏内への海外研修、高校2年生では米国への海外研修を実施し独自の教育活動を展開している。

農業漁業民泊体験での様子。トラクターに乗って農作物の収穫体験をしたり、そば打ちなども体験する

全校生徒のうち関東や関西など県外から学びにくる生徒は、およそ3分の1。県内から進学する生徒も、県全域にまたがっている。卒業生の進学実績は、東京大学をはじめとして有名な国公立大学、私立大学が並ぶ。同校を志望する理由には、中高一貫の男子校であること、全寮制であること、学校設定教科「ことば探究」による実践的な思考力・表現力の育成を目指したイングリッシュキャンプ・チャイニーズキャンプを実施していることなど挙げられるが、こうした中でも、大きな特色となっているのが「宇宙学」を学べることだ。

大学レベル、JAXA監修の「宇宙学」とは?

楠隼中高が所在する肝付町には、JAXAの関連施設である内之浦宇宙空間観測所がある。同校開校に当たっては、JAXAと県教委が協定を結び、宇宙航空教育活動推進モデル校に指定。JAXA職員や大学教員らも来校して「宇宙学」の授業が行われている。年40~50回の必修科目「シリーズ宇宙学」は、JAXA監修のテキストが使用され、年に6回ほどJAXAの職員や宇宙飛行士などによる講義も実施。宇宙に関する広い視野を身に付けられる。

「シリーズ宇宙学」のオリジナルのテキストでは、幅広い角度から「宇宙学」を学ぶことができる

もともと同校のカリキュラムは数学探究をはじめ、理系科目の比重も高く、教科によっては大学レベルの授業を行っている。その中で、宇宙学の授業は週に1時間程度。理系科目の4人の担当教員が宇宙学をコース別に1人ずつ担当しており、コースとしては宇宙生命系、航空工学系、宇宙開発系、応用工学系の4つがある。生徒たちは高校に入ると、その4つの中から希望のコースを選び、各コースに分かれ、年間を通して学んでいる。現在、航空工学系のコースを担当している溝口雄基先生は、担当の物理学を通して宇宙の授業を行っている。

鹿児島県立楠隼中学校・高等学校
理科(物理)担当、宇宙部顧問
溝口雄基

「例えば、飛行機が飛ぶ原理については高校の授業であまり教えることはないのですが、揚力などを中心に大学で学ぶベルヌーイの定理を教えたり、より専門的なことについては年2回ほど大学教授に来ていただいて教えてもらったりしています。大学教授は東京や九州など全国から招聘しており、集中講義を行っています。中学でもJAXAから専門家の方を呼んで、宇宙学の入門的な授業を行っています」

授業のテキストはJAXA監修の下、各担当教師が独自に作成している。授業に対するテストはないが、1年かけて論文1本を仕上げることを目標としている。

「論文では専門的なものというよりも、宇宙という答えのない世界を題材として科学的なアプローチをすることで、多角的な視点や想像力、論理的思考を身に付けられるように指導しています。中にはA4で10枚程度の論文を書く生徒もいますが、基本的には生徒たちが自分たちの興味や好奇心のあるものを自分で調べて、自分で考えて、自分で結論を出すことを最も大事なこととしています」

学校全体の授業としては、進学校であるがゆえ、やはり大学受験に対応したものが中心となる。だが中には宇宙学の授業をきっかけとして、自分で独自に研究を進めて論文を執筆する生徒もいた。ちなみにその生徒は、東大に進学したという。

「当初の授業は手探りの状態でしたが、生徒たちとのやり取りの中で、どこに生徒の興味があるのか、あるいは最低限知っておいてほしいことは何か、授業のポイントがわかってくるようになりました。教員自身も生徒たちに宇宙学を教えるために独自に勉強を続けています。そうした積み重ねの中で、今はより充実した授業が行えるようになっています。生徒たちは中学から宇宙学を学ぶことになるので、高校の段階ではより深い学びを得られるようになっています。ただ、宇宙学という名は付いていますが、生徒たちには授業を通して、最終的には目の前にある課題を解決する能力を身に付けてほしいと考えています」

実際に「宇宙学」を学ぶ高校生の声

一方、生徒たちは宇宙学について実際にどのように取り組んでいるのだろうか。中学から同校に進学し、現在、高校1年生の米満恭平さんに話を聞いた。

鹿児島県立楠隼中学校・高等学校
宇宙部部長
米満恭平

「この学校を志望したのは、宇宙学もさることながら、ほかの学校にはない楠隼独自の教育活動に魅力を感じ、そこで勉強して自分の将来につなげていきたいと思ったからです。僕は県内の出身ですが、県外からの生徒もたくさんいて、僕のクラスでは栃木県から来た同級生がいちばん遠くから来た生徒になります。クラスではみんながいろいろな方言を話すので面白いですね。寮生活と合わせ24時間、生活を共にするため、それぞれの価値観の違いで対立することもあります。しかし協力し合う環境にあって、お互いに学び合うことができるのが何よりも大きいですね」

米満さんは部活動として宇宙部に所属している。部員は中高を合わせて10人。ロケットの全国大会を目指して、放課後は自作ロケットの開発や改良に取り組んでいる。そうした活動の中から宇宙に対する想像も広がっていくという。

宇宙部での活動風景。興味のある分野について、和気あいあいと活動している

「宇宙についてはまだ誰も答えを知らないし、研究が始まって間もない世界なので、これから自分たちが活躍できる場がたくさんあると感じています。将来的には宇宙に関する新たな産業に携わっていきたいと考えています。今は理系志望ですが、理系にもさまざまな学問があり、文理融合型といった新しい道もあります。まだ高校1年生ですので、将来何を勉強するのかは、これからじっくり考えていきたいと思っています」

宇宙学をはじめ、独自の教育活動で新たな人材育成を目指す楠隼中高。開校して今年8年目を迎え、教員・生徒が一丸となってさらに前へ進もうとしている。石神教頭もこれからの抱負をこう述べる。

「将来がなかなか見えにくく、変化の激しい時代の中で、私たちは社会を導いていけるような次世代型リーダーを育てることを目標としています。宇宙学についても、宇宙好きを育てたいというよりは、宇宙を題材として自分たちで課題を見つけ、仲間と共に協力し合って課題を解決していく力を身に付けてほしいと考えています。本校は中高6年間を通して、仲間をつくりながら、独自の教育活動の下自分の成長を実感できる場所です。しかも全国から生徒たちが集まってくるため、いろんな仲間をつくりながら、一生の友達もできる。これからも多くの生徒が全国から鹿児島の地へ来てくれることを願っています」

(文:國貞文隆、写真:すべて楠隼中学校・高等学校提供)