「3万カ所に配置」でも地域で異なる配置状況
不登校やいじめなど心に関わる問題の増加を受け、1995年から始まった文部科学省のスクールカウンセラー(以下、SC)制度。当初は各都道府県に3名(小中高各1名ずつ)の配置だったが、段階的に拡充され、現在は約3万カ所にSCが配置されている。
文部科学省の補助事業「SC等活用事業」では、SCの選考に当たっては、1:公認心理師、2:臨床心理士、3:精神科医、4:児童生徒の心理に関する専門知識を持つ大学教員、5:1〜4と同等以上の知識と経験を持つ人物、のいずれかの条件が求められている。
公立学校と私立学校でSCを計20年間務めてきた、こども教育宝仙大学 教授の石川悦子氏は、SCの役割についてこう話す。
「SCの第一目的は、子どもの状態がよくなること。実際に行う支援には、子どもと直接関わる『直接支援』と、学校の先生や保護者のコンサルテーションを行う『間接支援』があります。SCと聞くと一般的には『子どもたち一人ひとりに合ったカウンセリング』を行うというイメージが強いかもしれませんが、先生や保護者に寄り添い、学校の教育相談体制の充実に貢献するのもSCの役割なのです」
2018年に心理に関する初の国家資格である公認心理師が誕生したことで、「さまざまなバックボーンの人がSCになる道筋ができて裾野が広がった」(石川氏)が、SCの配置状況はまだまだ十分とは言えないのが実情だという。
SC等活用事業では基盤となる配置時間を「週1回おおむね4時間程度」としているが、2022年度の調査によれば、SCが週4時間以上配置されている学校は、小学校では24.4%、中学校では64.5%にとどまる。さらに、小学校では8.7%、中学校では2.4%がSCの配置自体がない。
「SCの配置状況には地域差があり、中には月に2回の配置で1回当たり2〜3時間という自治体もあります。SCは子どもたちがどんなことを考えているのか、その声を直接聞きたいという気持ちで活動していますが、配置時間が限られていると直接支援にたどり着けず、間接支援の割合が大きくなっていくのが実情です。また、先生と子ども、保護者と子どもの関係が膠着した際、第三者性を持つ専門家として両者の橋渡しをするのもSCの重要な役割ですが、配置時間が短いと難しくなります」
配置時間を長く確保できている自治体では、SCは日頃の直接支援や間接支援はもちろん、自殺予防教育やソーシャルスキルトレーニング、アンガーマネジメント教育といった予防開発的活動にも貢献しているという。
「SCを常勤配置としている名古屋市では、日々子どもに直接アプローチでき、学校の先生と一緒に家庭訪問するといったアウトリーチも可能だそうです。また、東京都などSCの配置時間を週7時間45分としている自治体はまだ全体の半数以下ですが、そのくらい長いとSCは子どもたちと直接会うことができ、先生や保護者との橋渡しもできます。活動時間が長ければ、教育相談の幅も広がるのです」
「東京都のSC不再任問題」の衝撃と曲解
課題は配置状況だけではない。2024年3月、東京都ではSCの不再任問題が浮上した。2020年度から東京都のSCは、1年ごとに任用される会計年度任用職員として採用されている。それ以前から務めていて契約更新の上限に達したSCは、継続して働くためには公募試験に合格しなければいけなくなったが、契約更新を希望した250人ものSCが再任用されない、いわゆる雇い止めにあった。実績のあるSCが多く含まれ、採用基準も不透明なことなどから、波紋を呼んでいる。
「私の周りでも、再任用を認められなかったベテランSCの方々がいます。学校の管理職が『なぜこの人が不再任なのですか』と都に問い合わせたケースもあったと聞きます。こうした突然の不再任が起きると、それまで担当していた子どもにも関われなくなり、SC自身の人生設計も崩れてしまいます。会計年度任用職員制度はSCに限らない雇用形態であり、国が決めた制度ですから、SCだけを特別扱いできないのは理解できます。しかし、行政から不再任の可能性を事前に丁寧に説明していただいていれば、衝撃はもう少し抑えられたのではないでしょうか」
石川氏は日本公認心理師協会理事と教育分野委員長を務めており、「ほかの職種の中には『SC事業は縮小される』『SC事業は今後、若手だけで運用される』と曲解される方もおり、職能団体としても、この制度を十分理解したうえでどう対応すべきか、きちんと会員や各所に説明できていたらという反省があります」と話す。
しかし、制度についての理解が進んだとしても、今のままでは子どもたちへの支援の継続性については問題が残る。日本公認心理師協会では、今回の不再任問題を「東京都だけの問題ではない」として、子どもたちが安心して学校生活を送れるよう、SCを複数年継続して雇用することを国と自治体に求める声明を発表した。
「昨年12月の総務省による『会計年度任用職員制度の適正な運用等について(通知)』には、再度の任用は『各地方公共団体において、平等取扱いの原則及び成績主義を踏まえ、地域の実情等に応じつつ、適切に対応いただきたいこと』とあり、任期の設定は自治体が適切に判断するものと解釈できます。また、『結果として複数回の任用が繰り返された後に、再度の任用を行わないこととする場合には、事前に十分な説明を行う』とも書かれています。今回私たちは、東京都のSC不再任問題が前例となって地方にも同様の事態が広がることを懸念しており、声明を出しました。雇用形態については、子どもたちへの支援の継続性を考慮した見直しが必要ではないでしょうか」
「常勤+非常勤」の体制で支援の充実を
では、SCが子どもたちのために十分に力を発揮するためには、どのような雇用形態が望ましいのだろうか。
「子どもを取り巻く問題はいじめや不登校、貧困の問題と多岐にわたります。しかし、週1日4時間でできることには限りがありますから、目指すのはSCの常勤化です。私は国の委託を受けて昨年度までの3年間、『スクールカウンセラー及びスクールソーシャルワーカーの常勤化に向けた調査研究』を実施しましたが、調査ではSCの54.7%が『常勤を希望する』と答えています。SC常勤化を実現した名古屋市では、全市立中学校で週5日同じ人がSCを勤める形になっています。任期は5年ですが、エントリーすれば更新の可能性があり、一部の人は試験を受けて定年制に移行しています。常勤化によってSCは学校のことをよく理解して日常的に関わることができており、市内のSC同士、心理教育の教材を共有し合うなどのスキルアップも行っています」
しかし、心理職ユニオンが2021年東京都のSCを対象に行った調査では、79%が兼業可能な勤務形態を理想としている。この調査は東京都のSC不再任問題が起こる以前に行われたものだが、常勤を望まないSCがいるのも事実だ。
「SCの中には病院などほかの分野で働く公認心理師や臨床心理士もいますし、『外部性が保たれるほうが専門性を発揮できる』と考える人もいますから、私もすべてのSCが常勤すべきだと考えてはいません。全国には2万7000を超える公立小中学校があり、そのすべてに常勤SCを配置するのは難しく、常勤SCと非常勤SCを組み合わせる体制が現実的だと思います。例えば、非常勤SCでも週2日ほど配置されれば、個別対応や全員面接などさまざまな貢献ができますし、即対応が必要な際は拠点校に配置された常勤SCがカバーするといった体制を取ることができます。実際、名古屋市では全市立中学校の常勤SCが、常勤SCがいない小学校をカバーしています」
SCの雇用形態の整備を求める一方で、SCの質の向上も必要だと石川氏は述べる。
「その子にとってよかれと思ってやったことでも、学校文化やその学校の考え方、方針、地域性を踏まえたうえで活動しないと、独りよがりの活動になってしまう可能性があります。理不尽なことや、独特の文化に戸惑うこともあるでしょう。しかし、そうしたことはどの社会でもあり得ること。そこを理解しながら、『この子はどういう環境や条件が揃ったら状態がよくなるのか』をつねに考え、教員の皆さんと共有することが大切です。また、子どもを取り巻く社会課題にはさまざまなものがあります。私たち協会も職能団体としていろいろな研修を提供していかなければと考えています」
また、学校にはSCをもっと活用してほしいという。
「例えば、各学校では年に3回程度、いじめに関するアンケートを行っていますが、SCがその内容を確認するまで時間がかかる場合が多い。アンケートを実施したらすぐにSCにも共有いただき、気になる回答があれば迅速に対応していただきたいですね。そうでないと子どもは『せっかく書いたのに……』と思ってしまいますし、重大事態になってからでは親御さんと学校の対立という構図の中で子どもの姿が見えにくくなります。そうなる前に、SCがアンケートも含めて日常的な段階から、学校全体で行う人権教育やいじめ防止教育までしっかりと関わらせていただきたい。不登校についても、SCは担任の先生や養護教諭の先生と連携することで、一緒に学級観察を行うなどさまざまなアプローチができます。そうした体制のためにも、SCの配置拡充や継続的な雇用は重要です」
子どもたちへの支援にSCの力が十分に発揮されるにはどうすればよいのか。議論とともにその雇用の安定化が進むことを期待したい。
(文:吉田渓、注記のない写真:metamoworks/PIXTA)