神戸市内の市立小中学校は248校、児童・生徒数は約10万8000人、教員数は約6900人を数える(2020年5月現在)。
21年3月までに全員にPC端末を配備し、各校の高速大容量通信無線LAN環境の整備も終えた。各学校にはGIGAスクール推進担当者を置き、担当教員に対する研修を通じて学校全体のICT活用を推進している。また端末操作をサポートするために、ICTスキルを持つGIGAスクール支援員も外部企業に委託して配置。1学期は週1回のペースで各学校を訪問していたが、どこでもGIGAスクール支援員は引っ張りだこだった。このサポートが、2学期からは2週間に1回の訪問となるため、今後は教員同士で支え合っていくことが求められるという。
便利さよりも面倒が多いと利用を避ける悪循環
「忙しい中、自分で調べながら挑戦している先生は多い。コロナ禍で、いつ休校になってもおかしくない。オンライン授業に移行する可能性もあり、先生の間でもICTを使えるようにしておかなければならないという意識は強いと思います」と神戸市教育委員会教科指導課指導主事の吉岡拓也氏は話す。それでも学校間、教員間でICTの浸透度の差が大きく、全体としてのICTの活用はなかなか進んでいないのが現状だ。
理由はさまざまだが、1つには導入当初という事情から、システムやアプリケーションの不具合、PCに不慣れなことに起因するトラブルが多発していることがある。そのため、不慣れな教員ほど「便利さよりも、面倒のほうが大きい」と感じて利用を避けるようになってしまうという悪循環に陥りやすくなっているという。
吉岡氏は、小中学校教員がICTを活用しようとする際の主な悩みとして次の3点を挙げる。
1. 子どもたちのPCのトラブル処理に時間を取られて、やりたいことが時間内に終わらない。
2. 授業がわかりやすくなるための手だてとして使いたいのに、使うことに必死になってしまって学習を深めるのが難しい。
3. 今までの授業の発問や板書・指導法はそのままで、思考や手段のツールとしてタブレットを使用する授業の仕方はどうしたらいいか、困っている。
1のトラブルの問題は、ICT導入当初という事情も大きい。トラブルによって利用頻度が低くなると、PCの立ち上げ時にOSやアプリケーションソフトの更新に時間がかかってスムーズにスタートできないといった問題も顕著になる。また、PC操作のトラブルを解決する知識など、教員のデジタルリテラシーが不足していることも問題に拍車をかける。
2のPC利用が手段より、目的になってしまいがちなことも、導入当初でPC操作に不慣れな児童・生徒が多い場合にはやむをえない面がある。
授業で子どもたちにウェブサイトを調べてもらう学習を取り入れようとしても、教員が、検索ワードを指定し、検索されたウェブサイトの中からお勧めのサイトまで指定しないと、限られた時間の中では授業が進まないという事情もある。学習テーマを深めることが本質的な目的であれば、子どもたち自身が検索をしながら興味を持ったサイトにたどり着くのが理想だが、不慣れな児童・生徒が多い段階では、PCの操作を教えるという域を出ないことが少なくない。
3の思考のツールとしてのICTを活用する場合も、専用のシンキングツールがあるものの、ノウハウが不足している学校現場に実践を任せている現状では一朝一夕に解決しない。
ICTの活用が遅れている学校には、指導主事が学校を訪問して行う研修などで状況を聞いたりはするが、吉岡氏は「中学校では令和3年度の1学期、新学習指導要領に対応した学習評価の改善に注力せざるをえない状況もあって、ICTまで手が回らないという声もあった。ICT活用推進を強制することもできない。今までの活動の一部をICTに置き換えることから始めることが第一歩。できるところから始めることを勧めている」と話す。
委ねる、つなげる、挑戦する
日々、各学校への訪問を続ける吉岡氏は、ICTを活用した授業の考え方として「『委ねる』『つなげる』『挑戦する』の3つの角度から取り組みを提案している」という。
「委ねる」は、先生が児童・生徒に一方的に説明する講義型の時間を短くして、子どもが主体的に取り組む時間を増やすことを指す。PCは、そのための手段。活用を一律に求めるのではなく、子ども自身が学び方の選択肢の1つとして、PCを選択できるようにするという考え方だ。
夏休みの宿題では、PCを使うデジタルドリルは、余裕があれば取り組んでもらうというプラスアルファに位置づけた。家庭によって、インターネットの接続環境に違いがあるからだ。子どものデジタルスキルに差があるのも避けられない。現時点では「子どもが自身にとって、やりやすい方法を選んでもらうことが望ましいと思っている」と話す。
「つなげる」は、子ども同士がつながることで学びを深めることを目指す。とくに、コロナ禍ではグループ学習も制約されるため、クラスの中で子どもが互いの意見を共有するためには、ICT活用は有効だ。
「挑戦する」は、児童・生徒それぞれに、これまでよりも少し難しいことにチャレンジしてもらうことを指す。なかなか勉強に集中できなかった子も、端末を使う時間は夢中になってやっていることも多い。難しい問題であっても、端末があれば調べられるということもある。
さらに、今まではクラスの平均レベルをターゲットにしてきた授業づくりが一般的だったが、少し高度な課題設定も可能になるということだ。吉岡氏は、数学の素因数分解のテーマの中で、13年・17年周期で大発生する「素数ゼミ※」を取り上げた授業でのグループ学習を例に挙げる。
「ICTを活用した調べ学習を取り入れることで、可能性が広がると思う。知識量の多い児童・生徒が関心を寄せるような発展的な内容にもチャレンジできるようになるのではないか」
※北米で17年周期、13年周期に大発生するセミのこと。ほかの種類との交雑によって羽化の周期が乱れると、種の絶滅につながってしまうため、最小公倍数が大きく、ほかの種類との交雑が起きにくい素数の年数を地中で過ごす種類のセミが生き残ったとされる
ICTの進捗は、教員間の人間関係にも大きく左右
学校現場でのICT活用が進まない最大の原因は、教育におけるICT活用の推進という掛け声はあっても、その実践は学校現場、教員に任せられていて、教員の側もICT活用のノウハウが不足していることにある。実際、困ったことがあっても、大きな都市になるとハードとソフトで担当部門が分かれていて、どこに相談したらいいのかわからないということも少なくないという。
そこで神戸市教育委員会では、教育のICT化についての教員の悩みや、実践を共有するため、教員向けのニュースレター「GIGA通信」を配信するほか、Microsoftのコラボレーションプラットフォーム「Teams」上に「お悩み相談ルーム」を設けて、教員同士が、ICT活用の方針やルール作り、実践例などを共有する場を設けている。
吉岡氏は「ICTの進捗は、教員間の人間関係にも大きく左右されると感じている。児童・生徒の指導についてはベテラン教員が若手にアドバイスするのが一般的だが、ICTの推進では、PCに詳しい若手教員がベテラン教員に教える場面も必要になる。教員同士が支え合える職場環境が何より大切だと実感している」と語る。
ICT活用がうまく進んでいる学校と、そうでない学校の差は校長先生次第とよくいわれるが、吉岡氏は「職員の人間関係は、職員室を見ればわかる」とも話す。困ったことがあったら気軽に相談できる同僚性が育っているか……。「ICT活用の必要性が高まったことで、職員がサポートし合う場面や、職員室での会話も増えた」(吉岡氏)という学校もあるという。
神戸市のような大きな都市になると、ICTに詳しいキーパーソン、教育委員会、それらに基づく万全のサポート体制だけでは解決できないことがどうしても増える。教員一人ひとりの意識、結束が、学校教育の一段の進化にはいっそう求められる。
(文:新木洋光、写真:すべて神戸市教育委員会提供)