地域の豊かな教育資源を生かし、「点」から体系的な学びへ

この4月から学校設定科目「アイヌ文化」を導入し、道外からの新入生を受け入れる北海道平取高校。学校長を務める鈴木浩氏に、新科目開始までの経緯を聞いた。

「平取町はアイヌ文化の拠点のひとつである地です。これまでも地域の小中学校や高校では、アイヌ文化の伝承者を外部講師に招いた体験授業を行ってきました」

アイヌ文化の残るエリアは北海道各地にあり、道外も含め、その文化や歴史について学ぶことができる高校はほかにもある。だが平取高校では、3年間かけてじっくり理解を深めることが特徴だ。

「アイヌの文様の刺繍を習ったり言葉を教わったりという従来の体験にも、子どもたちは積極的に取り組んできました。楽しいとの声が多く好評を博してもいましたが、それはあくまで単発的な『点』でした。私たちは高校生という年齢を対象とすることもあり、より長期的で系統的な学びが構築できると考えました。アイヌ文化の学習を、点から線、面へと、さらに発展した学校設定科目にすることにしたのです」

教員らや道教育委員会、平取町とも話し合い、方向性を固めた鈴木氏。その後は自ら地域の伝承者を訪ね、高校での教育において、これまで以上の協力を得たいと願い出た。

「伝承者の皆さんにも、先住民族への理解を深めるのはいい取り組みだと言っていただきました。平取町にはアイヌ語に堪能だったり、木工や刺繍の第一人者であったりと、講師を務めてくださる方が多くいる。これは本校ならではの強みだと考えています」

学校で新たな取り組みが検討される際には、多忙な教員のリソースをどう確保するかという懸念が生まれる。だが前述のとおり、この「アイヌ文化」はゼロからスタートするものではない。伝承者も多く暮らしているほか、町にはアイヌ博物館や資料館もあり、人的にも施設面でも教育資源は豊富だった。

従来の学びを地域の力で深化させるのは、高校の魅力化・特色化の取り組みとして理想的だといえるだろう。同校ではカリキュラムの構想時点から地域や外部学識者の意見を聞きつつ、校内研修も実施し、地域一丸となって内容を練ってきた。

授業は週に1度、年間で35時間のいわゆる「1単位」で行う。1年生では言語を学び、アイヌの考え方についての理解を深める。2年生では木工や刺繍などの工芸を体験し、3年生では近現代に至るまでのアイヌの歴史や精神世界などについて学習する予定だ。

アイヌ文様を刺繍する男子生徒(左)。アイヌの丸木舟「チプ」なども地域の博物館で見ることができる(右)
(写真:平取高校提供)

アイヌ文化への理解を深め、社会的弱者との共生を考える

「アイヌ文化」の授業開始とともに、平取高校は「ダイバーシティ&インクルージョンを学ぶ高校」という目標を掲げる。地域の意見を取り入れるべく通年の学校見学を受け入れたり、校則なども生徒会主導で生徒が話し合う制度を取り入れたりと、改革を進めている。また、高校のすぐ隣には特別支援学校があるため、こちらと連携した授業も活発に行っている。

多様性や共生は学校教育の現場でも求められる理念だが、旧来の教育を受けてきた生徒たちにはなかなかピンと来ないものだろう。先日もこんなことがあった。

「生理が来ると腹痛などの症状が重く、学校に来られないことがしばしばある女子生徒がいました。欠席が増えてしまうことについて、彼女は親しい教員に『大人は生理休暇があるのにね』と言ったそうです。しかし生徒自身は、そんな学校の現状に不満があるというわけでもありませんでした」

おそらくその女子生徒は、規則が変えられる可能性にすら思い至らなかったのだろう。これはまず、学校側がその姿勢を示す必要がある――そう感じた鈴木氏はさっそく校内にはかり、生理での体調不良は、申請すれば欠席ではなく公欠扱いにできる制度を整えた。

「これからは欠席にしなくて済むよと教員が伝えると、その生徒はとても喜んでくれたそうです。こちらもとても嬉しかったですね。こうした経験から、生徒の自己有用感がどんどん育ってくれればと考えています」

また、全国で進む過疎化は平取町にとっても悩みの種だ。高校の生徒数も年々減り続けており、現在はそれぞれの学年につき1クラスのみ、全校3クラスで構成されている。さらに1クラスの人数も、この数年は20人以下で推移している。自治体にも学校存続への危機感があり、高校の魅力化や特色化の推進は「待ったなしの急務だった」と鈴木氏は言う。

「札幌からも距離があり、周辺でもJRの廃線が進んでいます。冬は寒く、気候や地理的な不利があるのは事実です。しかし、小さな学校だからこそ柔軟な対応ができるし、こうした土地だからこそ学べることもあるはずです」

例えば平取高校では、地域の高齢者や外国人との交流も積極的に実施しているが、ここから感じ取れることも多いだろう。町の人口の3割を超える高齢化率のこと。減少する労働人口を外国人が補い、町の主たる産業である農業を支えていること――。これらは決して平取町だけの特別な事情ではなく、現代を生きるすべての日本人が直面する問題だ。

アイヌ学習ではグループワークも行う(左)。高齢者や目が見えない人の日常を体験する授業も(右)
(写真:平取高校提供)

「地域に根差した学びで、生徒たちには多様性や共生について考えてほしい。アイヌに対しても、過去には理解が不足していた時代があり、それは今も課題です。この国の先住民族について知ることには大きな意味があるでしょう。アイヌ文化を理解することは、そのほかのマイノリティーや社会的弱者への理解をも深める相乗効果を生むと思います。みんなが共生できる社会はどんなものか、その実現のために自分は何ができるか、そういったことを考えられる人になってほしいのです」

目標は「アイヌ文化といえば」と言われる高校になること

独自科目の設置には、時流の追い風も大きく影響した。北海道を舞台にした漫画『ゴールデンカムイ』(野田サトル/集英社)が大ヒットし、アニメや映画にもなった。また2020年には、国立アイヌ民族博物館などを含むウポポイ(民族共生象徴空間)が白老町にオープンした。アイヌのことがメディアで取り上げられる機会も多くなり、関心を持つ人は確実に増えている。

鈴木氏も、受験生への説明会で全国を回っていると、「漫画がきっかけでアイヌ文化を学びたいと思うようになった」などと話す中学生に出会うそうだ。だが、初年度の生徒募集は千客万来とは運んでいない。取材時点では入学者数は確定していなかったが、鈴木氏はその感触をこう語った。

「今年も道外からの応募があり、健闘はしていると思いますが――率直なところ、大盛況とまではいえません。とはいえ、全国の高校の例を見ても、1年目からそううまくいくものではないことは覚悟している。こちらも腰を据えて、来年度以降の受験生にもしっかりアピールを続けていくつもりです」

具体的な動きはこれからだが、高校卒業後の進路にも「アイヌ文化」の授業の特色を生かしていきたいと語る。

「アイヌの研究ができる大学といえば、道内では北海道大学と札幌大学が挙げられます。ゆくゆくはこうした大学からも講師を招くなど、高大連携も図っていけたらと考えています」

さらなる野望は、自ら挙げた「アイヌの研究ができる大学」と肩を並べることだ。

「全国的にも、『アイヌの研究ができる高校といえば平取高校』と言ってもらえるようになりたい。そしてアイヌ文化の学びから、日本によりよいコミュニティを作る人を育てていきたい。小さな学校ですが、私たちは大きな夢を抱いています」

(文:鈴木絢子、注記のない写真:denkei / PIXTA)