子どもの勉強も心身の問題も「予備知識」がないと不安になる

和田秀樹
和田秀樹(わだ・ひでき)
和田秀樹親塾・緑鐵受験指導ゼミナール代表。立命館大学生命科学部特任教授。精神科医。
1960年大阪府生まれ。灘中学・灘高校から東京大学理科Ⅲ類に現役合格。東京大学医学部卒業。
東京大学附属病院精神神経科助手、アメリカ・カールメニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現在は「和田秀樹こころと体のクリニック」院長を務める。
受験指導においては、灘中学受験に失敗した実弟に灘の勉強法を伝授して東大現役合格を実現。
自らの受験テクニックを書籍化した『受験は要領』(PHP研究所)がベストセラーに。志望校別の受験勉強法を指導する通信教育「緑鐵受験指導ゼミナール」で多数の受験生を東大や医学部合格に導くとともに、親向けのオンライン指導塾「親塾」を運営。
著書に『和田秀樹の「親塾」 勉強に自信をつける!編』『和田秀樹の「親塾」 心とからだの問題解決!編』(ブックマン社)など
(写真は本人提供)

受験指導でさまざまな親と接する中で、和田秀樹氏は「親の思い込みが激しくなってきている」と危惧する。難関中高一貫校に入学して勉強漬けの生活を送らなければ、東大や医学部には合格できないと思い込んでいる親が多いというのだ。

「地方在住でも、中学受験に失敗していても、子どもに合った勉強のやり方を工夫すれば志望大学には合格できます。私の弟は10年に1人東大合格者が出るレベルの中堅校でしたが、『灘高校の勉強法を教えて』と私に頼んで要領よく勉強した結果、現役で東大に合格しました。ただし多くの場合、塾や学校はいちいち個別の勉強法を教えてくれません。その結果、非効率な勉強をして伸び悩み、自信を失うという悪循環に陥ります。やはり、親がわが子に合った勉強法を心得る必要があり、親自身が勉強のやり方や子どものやる気を引き出す方法を学ばなければならないと考えています」

近年は、発達障害や学習障害、いじめ、不登校、スマホ依存などに関する予備知識の少なさから、強い不安を抱えている親も少なくないという。

「日本では『他の子と同じことができなければいけない』というプレッシャーが強いですが、発達障害や学習障害の子どもにはそれぞれの特性に合った育て方があり、親に知識があれば長所を伸ばしていけます。また、例えばいじめられたときの対処法を知っていれば深刻な事態を防げますし、万が一不登校になった場合も、『保健室登校もある』『スクールカウンセラーに相談できる』と親が知っていれば、不安を軽減できるはずです」

親が知っておくべき知識をオンラインで学ぶ場として、和田氏は「親塾」を立ち上げ、小学生・中学生・高校生の3つのコースを設定。コースごとに押さえておきたいテーマで動画を100本(高校生コースは97本)用意している。扱うのは、先取り学習や受験勉強のテクニックなど学習法に関することから、発達障害・学習障害、いじめ、不登校、年齢に合わせた褒め方・叱り方、思春期への対応まで幅広い。

塾とのつき合い方
和田氏の講義の一例「塾とのつき合い方」(画像は東洋経済撮影)

「少子化や核家族化が進んだ今、多くの親は悩みを一人で抱え込みがちで、不安が強くなる傾向にあると感じます。親が不安だと、子どもは親を頼りなく感じ、本音を相談しにくくなるケースもあります。『親塾』は、子どもの学習や心身の発達に関して必要な知識を身につけることで、親御さんに自信を持ってほしいとの思いで立ち上げたのです」

親子関係で重要な「無条件の愛」「自己肯定感」「本音」とは

親子関係で重要なこととして、和田氏は3点、「子どもが無条件に親に愛されていると思える」「親が子どもの自己肯定感を高めている」「親子の間で本音が言える」を挙げる。

「子どもが悩みを打ち明けられる関係性を築くには、『勉強できる自分なら愛してもらえる』という条件付きの愛ではなく、『自分がどんなことをしても親は愛してくれる』という無条件の愛を感じることが重要です。また、褒めればなんでも良いわけではなく、子どもができることを見つけて根拠を持って褒めることが自己肯定感の向上につながります」

本音が言える親子関係を築くことは、子どもの友人関係にも影響を及ぼすという。

「子どもは秘密や本音を打ち明けることで親友をつくりますが、昨今は本当の自分を出せない子が多い印象です。家の中で子どもが『あの子は嫌い』と本音を言ったとき、親が建前を重視して『そんなこと言ってはいけません』と否定すると、子どもは自分の本音は異常なのだと感じ、周囲の人に本音を言えず親しい関係性を築きにくくなってしまいます」

この場合、「そうかもね。でも言っていいのは家の中だけよ。学校であなたが嫌われるのは私もつらい。その代わり、家では絶対にあなたの味方だからね」と、本音を受け入れられる体験をさせることが必要だ。

また、子どもの生活や進路がうまくいっていないときは、親は子どもを信じて集められるだけの情報を集め、どんどん試す姿勢が重要だと和田氏は言う。

「わが子に合う方法を知るためにも、学校や塾の話だけを鵜呑みにするのではなく、書籍やネット、動画などからまずは集められるだけの情報を集めるとよいでしょう。どれかを選んだ後も、それがわが子に合わないようならまた別の方法を試す柔軟さが大切です。塾も勉強法も、何も1つではありません。試す前から『この子はダメ』と決めつけるのは、もはやネグレクトです。前述の私の弟は、母から『兄貴ができるんだからあんたもできる。うちの血は賢い。今勉強ができないのは学校のせいだ』と聞かされていました。だからこそ、『勉強法さえ変えれば、東大に行ける』と信じて動けたわけです」

たかが中学受験の塾に遅れるだけで「できない子」は早計

「親塾」の受講者には、子どもを難関中高一貫校に通わせている親が多いが、実は和田氏は、「地方在住で教育格差を感じていたり、子どもの成績が伸び悩んでいたりする親御さんにも情報を届けたい」との思いが強いという。

和田式親塾 小学生コースのシラバス
和田式親塾 小学生コースのシラバス(画像は東洋経済撮影)

「『難関中高一貫校から東大や医学部に』と考える親は多いですが、難関大学を目指すルートはこれだけではありません。そもそも中学受験自体、各教科満遍なく解けるセンスが問われたり、早生まれは不利になりやすかったりと、子どもによって合う・合わないがあります。『9歳の壁』と言いますが、丸暗記が得意な8歳ごろまでは、算数よりむしろ数学のほうがわかりやすかったりもします。中学受験はやめて英語と数学を先取り学習し、大学受験で理系を選ぶのがよい子もいるでしょう。たかが中学受験の塾についていけないだけで『できない子』と扱うのは早計なのです」

いつから中学受験塾に入るべきか
和田氏の講義の一例「いつから中学受験塾に入るべきか?」(画像は東洋経済撮影)

大学受験においても、海外を含めた進学先の選択肢が増え、総合型選抜など入試方法も多様になっているが、和田氏は「受験が絡むとなぜか価値観が古くなりがち」と危惧する。

「エリート塾の子どもたちがこぞって東大理Ⅲを目指すのが最たる例です。正直、東大理Ⅲに行って医師になるより、IT分野などで起業したほうが収入を得やすい時代です。受験生は視野が狭くなりがちなので、まずは親が『勉強ができるなら理Ⅲ』という従来の価値観に縛られず、現実を踏まえたアドバイスができるように視野を広げる必要があるでしょう」

世界で活躍したいなら、高校までの基礎学力を身につけたうえで海外進学するのもよいと和田氏は言う。海外進学や留学が難しくても、「日本の常識は世界では通用しないという現実は子どもに伝えておいたほうがよい」そうだ。

「学校の成績が優秀で教授の言うことを素直に聞く子が、社会で成功できるとは限りません。アメリカの大学入試では、教授の代わりにアドミッションズ・オフィスの専門スタッフが面接官を務めます。あえて教授に反発しそうな学生を採り、学問の活性化を図るようです。また大学院に進学する場合、海外では博士号を取得して初めて一人前と見なされることも知っておいたほうがよいでしょう」

大学での講義も受け持つ和田氏は、「学生は従来の価値観に安住し、新しい情報を集めることに貪欲でない」印象があるという。

「医学部生も履修できるようにした医療経済学の講義は、受講生がわずかしかいません。これからの時代に医者になるなら、医療経済の実態を知るのは必須のはずですが、国家試験のことしか頭にないのでしょう。広い視野を持つのは大学生でも難しいのです。だからこそ、せめて親は多角的に情報を集め、子どもに伝えてほしいのです」

「この方法しかない」という思考をやめれば教育虐待も防げる

近年騒がれている教育虐待に関しても、親が「選択肢は他にもある」という柔軟な見方をできないことが一因ではないかと和田氏は考察する。

「例えば、子どもが塾の勉強についていけないとき、転塾や別の勉強法を試すという選択肢に気づかず、『ここでついていけなかったら終わりだ』と考えると、厳しく叱責してしまいます。教育虐待をする親も、子どもに成功してほしい一心のはずですが、勉強を嫌いにさせてしまってはいよいよ成功は難しい。試す前から『この子はダメ』と決めつけるのは、もはやネグレクトです。前述の私の弟は、母から『兄貴ができるんだからあんたもできる。うちの血は賢い。今勉強ができないのは学校のせいだ』と聞かされていました。だからこそ、『勉強法さえ変えれば、東大に行ける』と信じて動けたわけです。子どもに『自分はできる』と思える体験をさせて自信を持たせ、勉強嫌いにさせないことが親の一番の務めでしょう」

「わが子に合う方法を知るためにも、学校や塾の話だけを鵜呑みにするのではなく、書籍やネット、動画などからまずは集められるだけの情報を集めるとよいでしょう。どれかを選んだ後も、それがわが子に合わないようならまた別の方法を試す柔軟さが大切です。塾も勉強法も、何も1つではありません。試す前から『この子はダメ』と決めつけるのは、もはやネグレクトです。前述の私の弟は、母から『兄貴ができるんだからあんたもできる。うちの血は賢い。今勉強ができないのは学校のせいだ』と聞かされていました。だからこそ、『勉強法さえ変えれば、東大に行ける』と信じて動けたわけです」

「この方法しかない」という思考パターンを抜け出すことは、親子それぞれの心の健康を保つうえでも有効だという。

「受験勉強で身につけるべきは集中力や忍耐力ではなく、できないときに工夫する能力ではないでしょうか。この方法がダメなら、別の方法を試してみる。その繰り返しの中で、自分に合った方法を見つければいいのです。子どもの勉強を見るとき、日本の親は『どれだけ集中できたか』とプロセスに注目しがちですが、重要なのは『結果を出せているか』です。

勉強も仕事も最終的に大事なのはパフォーマンス。いつも遊んでいる子がまあまあの成績を取ったら、親は「もっと勉強させればもっとできるのでは」と欲が出てしまうものでしょう。でも本人が勉強法を工夫して、遊びと勉強のバランスが合ったからこそかもしれません。世間一般で良いとされるやり方に合わせるのではなく、わが子が結果を出せる方法を見つけ出すために、親も情報収集を重ね、自ら学ぶ姿勢を大切にしてほしいと思います」

(文:安永美穂、注記のない写真: kapinon / PIXTA)