「通いたい小学校」を決めてから不動産を購入

東京・文京区に住む40代の中国人女性は20年以上前に来日し、都内にある有名私立大学の修士号を持つエリート。夫も中国人で、都内で会社経営をしている。夫婦には一人娘がいて、文京区内の有名小学校に通っている。中国人の間で「3S1K」と密かに頭文字で呼ばれている、彼らが憧れている学校の1つだ。

「娘をこの学校に入学させるため、私は娘が生まれたときからコツコツ計画を立て、数年前に文京区に引っ越してきました。文京区にはいい学校が集中しているので、競争率が激しいと思ったのですが、たまたまいい不動産物件が購入でき、その学校の学区に住むことができたのでよかったです。まだ娘は低学年ですが、SAPIX(学習塾)にも通わせていて、中学受験する予定です。娘は日本生まれ、日本育ちなので日本語はネイティブ。成績もつねに上位です」

彼女は満足げな表情でこう語る。中国では「重点学校」と呼ばれる、いい学校がある学区の不動産は「学区房」と呼ばれ、不動産価格が非常に高い。中国で「学区房」の購入は難しいが、日本ではそこまで競争が厳しくないため、「助かった」と思ったそうだ。

この女性と同様のことを考える中国人や外国人が多いせいか、文京区教育委員会のデータによると、区内の公立小学校20校の外国籍の児童数は、2019年には194人だったものの、2023年には389人と倍増している。

「教育に熱心な在日中国人」のコミュニティーが活発

彼女は夫とは別のビジネスを行っているが、中国に住む中国人と同様、子どもの教育について関心が高い。情報交換のため、在日中国人同士で形成している、教育に関するウィーチャット(中国でよく使われるSNS)のグループに入っている。そこでは、「どの学校の評判がいいか、どの学習塾がいいか」といった情報が日々飛び交っており、女性も朝起きてから夜寝る直前まで、グループ内のやり取りをチェックするという。

SNSの利点で、何かわからないことがあってグループに問いかければ、数分後には誰かが返信を書いてくれるので、とても便利だという。中国国内に住む中国人さながら、娘が学校や塾の宿題をするのにも深夜まで二人三脚で付き添っている。

筆者の知る限り、この女性は教育熱心な在日中国人の典型だ。彼らの多くは1990年代後半~2000年代に来日し、現在30~40代。子どもは小学生から中学生くらいで、まさに受験期にある。

この女性もそうだが、彼らはこの先もずっと日本で生活していくつもりで、子どもに高いレベルの教育を受けさせ、日本の有名大学に進学させたいと願っている。

今、そのもう1つ上の世代の在日中国人(50~60代)の子ども(20~30代)が日本の大学を卒業し、日本の大手企業に就職、活躍しているが、それに続く世代といっていいだろう。一部は日本国籍を取得して日本名を名乗っていることもある。読者の同僚や取引先にも、日本生まれ日本育ち、日本語がネイティブで高学歴な中国人が増えてきているのではないだろうか。

一方で、ここ1~2年に来日した中国人は、必ずしも、これまでの在日中国人と同様の考え方を持っている人ばかりではないようだ。

近年来日した富裕層は「日本の有名校」にこだわらない

昨今、ニュースなどでも話題になっているのが富裕層の日本移住だ。2020年から流行した新型コロナウイルスに対して、中国政府はゼロコロナ政策を実施。ロックダウンなどの厳しい措置や政治リスクを憂慮した富裕層が22年の後半ごろから急速に海外に「潤」(ルン=海外移住、海外逃亡などの意味)し始め、その一部が日本にもやってきているのだ。

彼らは経営管理ビザなどを取得して日本に居を構えており、年齢は30~50代が多い。彼らが従来の在日中国人と大きく異なるのは、日本語が不自由という点だ。2000年代に留学や就職を目的として来日した前述の在日中国人とは異なり、「中国から逃げる」ことが目的のため、もともと日本にはあまり関心がなかったからだ。

中島 恵(なかじま・けい)
1967年、山梨県生まれ。北京大学、香港中文大学に留学。新聞記者を経てフリージャーナリスト。中国、香港など主に東アジアの社会事情、ビジネス事情についてネットや書籍などに執筆している。主な著書に『中国人エリートは日本人をこう見る』『中国人の誤解 日本人の誤解』『なぜ中国人は財布を持たないのか』『日本の「中国人」社会』(いずれも日経BPマーケティング)、『「爆買い」後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『中国人のお金の使い道』(PHP研究所)、『中国人は見ている。』『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』(いずれも日本経済新聞出版)などがある
(写真:中島恵氏提供)

こうした富裕層たちは、必ずしも子どもを日本の有名校に進学させたいと考えてはいない。

その理由は、彼ら自身、日本語がほとんどできず、日本事情に疎いということもあるが、それだけではない。22年に来日して1年半になる男性は、2人の子どもを都内のある区立小学校に入学させた。有名校ではなく、自宅の近所にある、ごく普通の学校だ。

一緒に来日した子どもたちも日本語はほとんどできなかったが、小学校が無料で行う日本語の補習授業などを受け、最近ではメキメキと上達し、「飲食店に行くと、子どもが流暢な日本語で料理を注文してくれるので、ホッとしているんです」とうれしそうに話していた。

この男性曰く、「日本移住を決めた理由は中国の政治リスクや財産管理の問題だけでなく、中国の習近平思想や愛国教育を我が子に受けさせたくなかったからです。それに近年は国民の国防意識を高めるためといって、小学校の授業でも軍事訓練まで行われているところもあります。私は子どもには政治の影響を受けさせたくない。政治と関係なく、伸び伸びと育ってほしいと思っています。

勉強はもちろん大事ですが、まずは日本の生活に慣れて、日本語をしっかり勉強すること。その上で本人が中学受験したいと言うのであれば、すればいいと思っています。だから、普通の学校でいいと考えました」。

この男性のように語る富裕層は、筆者が知るかぎり、ほかにも何人もいる。中国では「高考」(ガオカオ)と呼ばれる大学統一入学試験が非常に有名だが、その受験のために中国の子どもは多大な犠牲を払って受験勉強を行う。「人生を懸けた一発勝負」ともいわれるが、そのために親も子も必死になることに嫌気が差して、子どもを高校から海外の学校に進学させる人も増えている。

そのため、日本移住した人の中には、この男性のように「普通の学校でいい」という人や、「中国にいるときにインターナショナルスクールに通わせていたので、その延長で、日本でもインターナショナルスクールに通わせ、大学は欧米へ行かせたい」という考え方の人が増えている。経済的に豊かになり、無理やり勉強させなくても、人生にはさまざまな選択肢があると考えているのだ。

このように、同じ「在日中国人」といっても、さまざまだ。日本では来日時期や学歴などに関係なく、彼らを1つの塊として十把一絡げに見てしまいがちだが、実際は異なる。近年来日した人などを含めて在日中国人社会では多様化が進んでおり、教育熱1つとっても温度差がかなり出てきているのだ。

(注記のない写真:imtmphoto/Getty Images)