鉄緑会「指定校」は東大合格率で決まるのか

鉄緑会 会長
冨田 賢太郎
東京大学医学部卒業。在学時に学生講師を務め、卒業後は医師として従事したのち鉄緑会の専任講師となった

「鉄緑会」は全国2校のみながら、生徒数は東京の代々木校に約8000人、大阪校に約3000人。2022年度の東大合格者数は東京の代々木校だけで452名を誇る。「東大専門塾」として知られるが、実は医学部合格者数も多く、22年度は国公立大医学部で合計555名の合格者を輩出した。一方で、入塾のハードルが高いことでも有名だ。入塾するには特定の難関中学校、いわゆる「指定校」の生徒であるか、高水準の入会選抜試験に受からなければならない。指定校以外からは入りにくいイメージを抱くが、鉄緑会会長の冨田賢太郎氏は「それは誤解だ」と話す。

「指定校の生徒が無条件に入塾できるのは、中学1年生の4月だけです。それ以降は全員が入会選抜試験を受けます。また、指定校制度は東京の代々木校のみで、大阪校にはありません。指定校以外の生徒を拒絶する意図はありませんよ」

ではなぜ、代々木校では指定校制度を設けるのか。現在の指定校14校からは、東大合格者数が関係するように見えるが、冨田氏は明確に否定する。

鉄緑会の指定校と、それぞれの在籍生徒数。指定校は、不定期ながら入れ替えが発生する

「指定校の基準はあくまでも入試問題で、東大合格者数は考慮していません。『この問題が解けるなら、鉄緑会の入会選抜試験も解けるだろう』という問題を出す学校を選んでいます。入試から間もない中1の4月は、わざわざこちらで学力試験をやる意味がないということです」

なお、関西は府県ごとに入試時期が異なり、学校側も複数の入試日程を設けている。よって、学校ごとに生徒の学力が一定とは考えにくく、大阪校は指定校を設定しないそうだ。加えて、関西の難関私立中学校は府県をまたいで点在している。そのため、第1志望にわずかに届かなかった場合は、優秀な生徒も近場の学校に進学するケースが多いという。

代々木校に話を戻すと、指定校制度を「中1の4月」のみに適用する理由はもう1つある。

「鉄緑会は中1春からの入会を強く推奨しています。というのも、鉄緑会のカリキュラムは6年間で大学受験に備える構成を取っています。そのため生徒にとっても、カリキュラムの最初から取り組むほうが無理がなく楽なのです。もちろん、生徒の中には途中から入会して追いつく子もいます。しかし、とくに高校生から入会した生徒はどうしても学びの『抜け』が目立つのです」

鉄緑会の「宿題量」が多すぎるのは事実?

逆に言えば、中学1年生から鉄緑会に通えば「抜け」がなくなるのだろうか。どんなカリキュラムであれば、抜け漏れのない学びが実現するのか聞いてみた。

「高校までの学習範囲を『6年間で4周』することです。中学範囲を1年で終わらせ、高校範囲は中3までに終わらせます。進学塾とはいえ教科書レベルの基礎は1年以上かけてじっくり教えるのです。しかし、入試問題のレベルは教科書より2段階ほど高い。そこで、高1からの2周目は入試と教科書の間のレベルでもう一度全体を確認し、高2の3周目からついに入試レベルに取り組みます。高3の4周目は、入試に向けた調整ですね」

本来6年かけて履修する内容をわずか3年で終えるのだから、高水準の入会選抜試験が設けられるのも納得だ。その鉄緑会の中でも上位2割は「選抜クラス」に所属する。いずれにしてもクラスは集団指導型で、講師が例題を解いてみせた後、生徒はその場で類題を解いて理解度を確認する。なお、テキストは鉄緑会の講師が作成したオリジナル教材で、「標準クラス」も「選抜クラス」も同じものを使用するそうだ。

「鉄緑会は宿題量が多いと言われますが、実はそうでもないんです。少なくとも中学生のうちは1週間に2~3時間あれば十分取り組めます。ただし、毎回の宿題を消化しなければ復習テストで点数が取れませんし、次の授業についていけなくなるのは事実です」

一度宿題を怠ると、すぐに後れを取ってしまって追いつくのが難しい。これが、「宿題が大変」と言われるゆえんだろう。

鉄緑会で東京大学「以外」を受験するには

では、6年間かけて東大を目指す中で、受験直前に志望校を変えたくなったらどうするのか。よく「東大対策をしていれば、他大学の対策にもなる」とも聞くが、本当なのだろうか。

「東大の入試問題はもちろんハイレベルですが、比較的オーソドックスです。それに、他大学の入試問題は東大の出題傾向を参考に作成されますので、東大対策が他大学にも通用するのは事実。とくに、医学部志望の生徒は共通テスト後に志望校を変えるケースが多いです」

冨田氏によれば、東大の入試問題を総合的に見たとき「そこまで深く考えて作っているのか?」と疑問に思うこともあるそうだ。

「例えば英語は実用性重視で、難しい文法よりコミュニケーションのためのスピードが求められているはずです。化学や数学も問題数は膨大ですが、正確に計算できれば解けるため、対策次第で得点できるものばかり。あの問題量は、大学側が科目間の平均点を意識している証拠でしょう」

東大の特徴を表すために語られるのが、京都大学との比較だ。冨田氏も、「京大がゼロか100かで『ある分野に偏っても頭のいい人は絶対に入れる』のなら、東大は『最後までしっかりできた人を入れる』というイメージ」だと語る。

そう聞くと、もともと優秀な生徒たちはなおさら、自分で学習範囲を4周して合格できそうな気もする。なぜ彼らは鉄緑会に通うのか。

本部校舎でもある東京・代々木校。ここで、多くの生徒が互いに切磋琢磨しながら学力を上げていく

「1つには、優秀なライバルの存在です。学校では成績上位でも、塾にはさらに上がいるものです。『この試験で満点を取る人がいるのか』と刺激を受けるでしょう。また、講師の存在も大きいです」

鉄緑会の講師は、自らも5~6年鉄緑会で学んだ後、東大をはじめとする難関大学に合格した現役大学生だ。生徒と出身中高が同じ場合も多く、ロールモデルになるのだという。先輩の言葉は説得力もあり、親や先生の言葉よりも生徒の心を動かすようだ。

講師も、自身の経験を生かして生徒の相談に具体的な回答ができる。年齢が近いことで雑談も弾み、信頼関係の構築や生徒の状況把握が進む点もポイントだ。現役大学生講師によれば、授業も「当時の自分が苦しんだ部分は丁寧に説明する」と言い、「自分が通った塾の後輩には愛着が湧くので、つい張り切ってしまう」面もあるという。

鉄緑会には「高尚な理念がない」の本当の意味

冨田氏は、「われわれは、『教育とは』という高尚な理念を生徒に押し付けるつもりはありません」と話す。代わりに、「豊かな学生生活と受験勉強を両立してほしい」という思いがあるという。

「受験勉強は、効率よく取り組まなければ時間の無駄。逆に、効率よく必要最低限の時間を頑張りさえすれば、あとは好きなように過ごせるのです。鉄緑会で学習範囲を先取りして反復復習をしていれば、学校の定期テスト対策も不要でしょう。むしろ、勉強以外のことに時間を割く余裕が生まれると思っています」

意外なことに、中学生の授業は週に2回だけ。数学と英語に絞るのは、中学校の間は部活動や課外活動に熱中してほしいからだという。6年間かけて効率的に対策をするからこそ、ずっと根を詰める必要はないのだそうだ。

実際、鉄緑会には課外活動にも積極的な生徒が多いと聞く。受験に没頭するのではなく、中学・高校の6年間を有意義に過ごしてほしい――。「東京大学受験指導専門塾」というエッジの効いた看板の裏には、充実した学校生活で人生の素地を養ってほしいという熱きエールが詰まっているようだ。

(文:高橋秀和、写真:鉄緑会提供)