パパ先生の育休取得に障壁はあるのか?

2021年度の雇用均等基本調査では、男性の育児休業取得率は13.97%。女性の85.1%と比較すると、現状の取得率は6分の1以下という状況である。教員においては、21年度に新たに育児休業等の取得対象になった男性1万7260人、女性2万591人のうち、男性の取得率は9.3%。18年度の2.8%からは増加したが、女性の取得率97.4%と比べると圧倒的に少ない(※1)。

※1 文部科学省 人事行政状況調査(2022年12月26日)

森 俊郎(もり・としろう)
岐阜県出身。小学校・中学校教員として14年のキャリアを経て、現在中学校教員。小学校教員時代、教務主任をしながら育児部分休業を取得して4人の子育てに奮闘。エビデンスに基づく教育(Evidence Based Education)の実践と研究に取り組む。ロンドン大学客員研究員、岐阜県先端技術活用学校アドバイザー、埼玉県戸田市教育委員会教育データ利活用アンバサダーなどを歴任。『先生がパパ先生になったら読む本』(学事出版)著者の一人
(写真は本人提供)

10歳の娘、7歳の息子、4歳・1歳の娘の4人の父親で、現在岐阜県の公立中学校で教員を務める森俊郎氏は、新たに導入された育児休業の分割取得を経験したパパ先生だ。今は「育児部分休業」の制度を利用し、勤務している。

「第4子の娘が生まれてすぐの頃の2週間と、それから冬休みを挟んだ1カ月間とで、計2回に分けて育休を取得しました。昨年度まで13年間小学校の教員をしていたのですが、取得した当時は教務主任の立場でした。育休に加えて、育児部分休業を利用するパパ先生はレアケースだったと思います」

学校現場の忙しさを身に染みて感じていた森氏は、職場で育児部分休業を取ることを伝えたら反対されるだろうと懸念していたが、周囲の反応はむしろ逆だった。驚いたことに、「森先生みたいな人が取ってくれてうれしい」「頑張ってくださいね」と温かい言葉をかけられたという。

反対に、制度取得時にストレスを感じたことがあると話すのは、山形県の中学校で数学を担当している佐賀井隼人氏だ。3歳の娘と0歳の息子を持ち、教員のキャリアは8年目に突入。妻も同じく正規の中学校教員で、現在育休中だという。自身は、昨年12月の第2子誕生の1週間後から今年3月まで「育児時間」という制度を取得した。

佐賀井 隼人(さがい・はやと)
山形県鶴岡市出身。中学校教員8年目。教科は数学。現在は娘と息子の2人の子育てを妻と共にしながら、仕事や勉強に力を入れている。『先生がパパ先生になったら読む本』(学事出版)の著者の一人
(写真は本人提供)

「朝の30分間、放課後の45分間に分けて育児時間を取っていました。朝は8時15分ごろ学校に行き、16時5分の帰りの会が終わると保育園へ上の子を迎えに行くのが当時のルーチンでした」

佐賀井氏は育児時間の取得に際し、とある教員から胸に刺さる言葉をかけられたそうだ。

「『制度があるとはいえ、朝は担任が教室にいて、子どもたちを温かく迎えるべきだ』と言われたのです。私が学校に着く朝8時15分ごろには、すでに生徒は登校し始めています。悔しい気持ちになりましたが、制度への理解や、制度が取りやすい環境が徐々に広がってほしい。また、制度に対応した教育課程をつくるために、根本からルールを変える必要があるとも感じています」

とはいえ森氏・佐賀井氏とも、育休取得を諦めるほどの大きな障壁はなかったという。佐賀井氏は「管理職の方から丁寧に制度の説明を受け、育児時間の取得には非常によく対応していただいた。感謝しかありません」と振り返る。それとともに「取得を希望する場合、学年主任や管理職の教員へ早めに意思を伝えることが重要」と強調する。教員同士の連携が欠かせない学校では、上司だけでなく、同僚にもあらかじめ告知しておくこともポイントだ。

制度活用の選択に“パパ先生としての生き方”が反映される

これからパパ先生になる教員や、制度の活用を検討しているパパ先生に知っておいてほしいことについて、森氏は次のように語る。

制度の種類

「パパ先生が取得できる制度の種類について、まずは情報収集をしてほしいですね。所属団体のホームページや福利のしおりにも記載があります。ママ先生や学校の事務職員に聞くのもお勧めです。子どもがいてもフルタイムで働く教員もいますし、家庭の事情や価値観は人それぞれ。制度を取得するのかしないのか、取得するならどの制度を選択するのか。自身のよりよい生き方を目指して、制度を念入りに調べ納得したうえで、自分に合った判断をするといいでしょう」

佐賀井氏も「最初は知識が浅かったので、制度について勉強しました。育児部分休業は給料に反映される一方、育児時間は反映されないなど、制度ごとにルールが異なります。とくに金銭面は押さえておくべきだと思います」と話す。

金銭面に関することで、森氏はこのような経験をしたことがある。「実は昨年育休を取った際に、自治体の昇給日である1月1日をまたいだのですが、その場合は特別昇給の対象にならないことを後で知りました。大変、残念な思いをしました」

出所:『先生がパパ先生になったら読む本』(学事出版)P.162

夫婦の役割分担

活用する制度を決めるとともに、佐賀井氏は夫婦で「子どもの送り迎えについては、事前に分担を決めておくとスムーズ」と話す。とくに育休明けの4月は注意が必要。子どもの慣らし保育期間と学校の新年度が重なるため、お互いがいつどのようなスケジュールで動いているのかを可視化させることが大切になるようだ。

働き方の工夫

一方で、制度を利用して時間内で仕事をするには、当然ながら工夫が必要だ。かつて21時から始まる会議や何十連勤といった働き方を経験してきた森氏は、現在ではつねに“時間対効果”を意識しているという。

「教員の仕事は、効率よりも『情熱』や『思い』に重きを置くきらいがあります。しかし、限られたリソース(時間や人手)の中で物事を進めるには取捨選択が欠かせません。教員によって意見が異なる取り組みは、エビデンスを参照して、より効果が高いと思われるものを選んで実践するようにしています」

佐賀井氏も独身時代は21時まで働くのが当たり前だったというが、今は日々のタスクの重要度を見極めて働いていると語る。

「教育活動には、しなければならないこと(=must)と、したほうがいいこと(=better)が存在します。例えば、生徒との対話はmustですが、面白い学習プリントを追加で作る作業はbetterです。パパ先生は家庭との両立を考えたときに、思い切ってbetterを切り捨て、mustに注力する必要があると感じています」

取捨選択の基準として佐賀井氏は、「学級担任である前に学校の人員である」ことを意識しているという。全職員・生徒に影響が出る“学校全体のための仕事”を最優先に位置づけ、次に“学年全体のための仕事”、最後に“クラス全体のための仕事”をすると決めているそうだ。

フィンランドは夫婦で育休取得!パパ先生が考える制度の改善点

「異次元の少子化対策」を掲げる岸田文雄総理大臣は、2023年3月17日の記者会見において、出生時育児休業給付金の水準を引き上げる方針を示した。

「子育て世帯への経済的支援は必須です。教育政策とそれ以外の政策の効果を比較し、教育政策への投資の高さを示す研究もあります(※2)。日本の出生率は低下していますが、2人、3人と産むことの壁を取り払うためにも、教育事業には投資してほしいと切に期待しています。また、例えば2人目以降の妊娠で妻のつわりがひどい場合、夫が上の子のフォローをしなければなりません。妻の妊娠期間中、男性が気軽に育休を取れるように、多子世帯の特別休暇の増加や小学3年生までの短時間勤務の拡大など、制度をさらに充実させることも一つの手ではないでしょうか」(森氏)

※2「成長政策の経済分析」経済産業研究所(RIETI)森川正之(2013)など

男性の育休取得を当たり前のこととして根付かせるためには、男性の育休取得率が約8割に上るフィンランドの制度が参考になると佐賀井氏は言う。

「フィンランドの育休制度では、男性と女性に7カ月ずつ平等に育休を与えると決まっています。日本もこのくらい思い切った制度を打ち出さないと、なかなか男性の育休取得率は上がらないのでは……。パパ先生の育休取得を普及させるには、複数の担任で複数のクラスを見ていく、ゆくゆくは教員全員で見ていくマインドが浸透することも重要でしょう」

“生野菜とウイスキー”の視点で手に入れた幸福感

先生がパパ先生になったら読む本 (学校のワーク&ライフシリーズ)
『先生がパパ先生になったら読む本 (学校のワーク&ライフシリーズ)』(学事出版)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

2023年2月、森氏と佐賀井氏は、ほかの2名の教職員とともに『先生がパパ先生になったら読む本』を出版した。「こうした切り口の本が出ること自体がすばらしい」と管理職の教員に評価されたことは大きいと佐賀井氏は喜ぶ。

「教育委員会の方からも、『行政も頑張っていかないといけない』と声をかけてもらえました。教員の友人からは、『学校に1冊ずつ置けば職場がよくなるね』という感想をもらっています」

森氏は出版がきっかけで、新聞社やラジオの取材を受ける機会を得た。「新聞記事をコピーしたものが職場に張られ、いじられています(笑)。子どもが生まれたばかりの若手パパ先生から子育ての相談をされるようにもなりました」とほほ笑む。

時間に制約があるパパ先生だが、物足りなさを感じることはないのだろうか。

「“自分の時間ってないですよね?”とよく聞かれますが、確かにありません。でも、物足りないという感覚は正直ないです。自分のために時間やお金を使うのは若いうちだけで十分。今は『パパ、抱っこして〜』という子どもの声や家庭内の要望、仕事や外部からの依頼などほかの人のために時間を使い切りたいと強く思うようになりました。自分にできることが、人の役に立てればうれしいです」(森氏)

「育児や家事が忙しいから、仕事に対して物足りないと感じることはないですね。毎日が充実していて幸せです」と佐賀井氏は胸を張る。限られた時間を有効に活用するために意識しているのは“生野菜とウイスキー”だという。

「私が尊敬する方の言葉なのですが、生野菜は鮮度がどんどん落ちていきます。この視点で物事を見ると、娘とのお風呂や息子の寝かしつけは、今後できなくなっていくことなので生野菜と一緒。今のうちに楽しみたいと思っています。逆に、ウイスキーは寝かせるほど熟成しておいしくなるので、すぐ手をつけるのは我慢して、後の楽しみにすべきようなことを指しています。この“生野菜とウイスキー”の考え方は、あらゆる仕事や家事・育児に当てはまると思っています」(佐賀井氏)

パパ先生としての人生を充実させる秘訣は、物事の的確な取捨選択と、その選択に納得できるポリシーを持って生きることなのだろう。

(文:せきねみき、注記のない写真:polkadot / PIXTA)