医師不足解消に向けた取り組み

——離島・へき地医療や総合診療医の教育プログラムを提供する会社「ゲネプロ」を設立した理由は何ですか?

齋藤 基本的には、離島やへき地医療の教育を提供する機関なんですよね。例えば、都会で働いているけど1回は離島に行ってみたい、だけど教育がない、サポートがないから離島に行くのを躊躇しているようなドクターに、こういったゲネプロの教育があるから1年間でいいから行ってみな。何かあったら、知識も技術も精神的にもサポートするからっていう、サポート役をする会社がゲネプロであって。

あるいは、すでに働いている先生たちにもサポートできるような、すでに働いている先生たちも長くい続けられるようなサポートが、ゲネプロでできたらいいなと。

きっかけは、医者として10年目で(鹿児島県の)徳之島に行ったときに、ある程度できるだろうと思って行ったけど、全然、医者として歯が立たなかったというか、通用しなかった悔しい経験がいちばんだと思いますね。

だから、医者10年目って、ある程度一人前になっているような学年なんですけど、コテンパンになっちゃったんで、やられちゃったので、俺の10年は何だったのだろうと。

もう1回戻れるんだったら、10年かけなくても、3年でも4年でもいいから、どうやったら徳之島で通用する医者を育てられるんだ。あるいはもう1回、自分自身がこれから何年か勉強して研修してもう1回、徳之島で通用する医者になるには、どんなトレーニングをしたらいいのかっていうのをとにかく知りたかったのと、離島で通用する医者になりたかったので、ゲネプロを立ち上げたというか。

※ ゲネプロの教育プログラムのモデルは、へき地医療先進国のオーストラリア。海外の医師や学会との交流を重ねながら2017年、オーストラリアへき地医療学会と提携を結んだ「Rural Generalist Program Japan」を始動させた。医師は、離島やへき地の医療機関で働きながら、オンライン研修やワークショップを通じて離島やへき地の医師として必要な教育が受けられるプログラムになっている

——ゲネプロでは、どのような研修が受けられるのでしょうか?

齋藤 定期的に提供している基本的な枠組みがあって、毎週水曜日にウェビナーという形でオンラインレクチャーを年間40回。あと、ワークショップは、やっぱりオンラインだと なかなか雰囲気やら熱意が伝わらないんで、いつもみんな田舎にいるんで、都会に集まって 2日間の缶詰めのワークショップっていうのを年2回やってるのと。

あとゲネプロのスタッフとかゲネプロの指導医が現場に行って、現場で悩みを聞いたり指導したりっていう「クリニカルビジット」の3本柱がある中で、あとは勤務しながら勉強する。

指導医から直接指導してもらうのはお任せですけど、1年間で身に付けてもらいたいようなスキルの一覧を作ってあるので、できるだけそれを経験してもらえるように、病院のほうには提示していますけどね。

オーストラリアは、総合診療学会っていう老舗の学会があって、そこは3年間で総合診療専門医を取った後に1年間、 2階建てで1年間へき地医療のトレーニングコースとかがあって、なので、3年専門医やってから1年間、へき地の専門医を取るっていうプログラムを見て、もうこれだなと思ったので、1年にしただけなんですよね。

でも最初は、3年にしようと思ったんですよね。3年にしたら誰も来ないんじゃないかなと思ったのと、3カ月でもいいかなと思って3カ月としたら、病院側としては4・5・6月だけいても、あと誰もいないっていうのも、受け入れ側も大変なんで。なんか1年単位がいいかなって。

ゲネプロが大切にしている、クリニカルビジット(現地訪問)とは?

ゲネプロは、齋藤さんとともにゲネプロを立ち上げたメンバーの1人である矢田透さんが、ゲネプロの指導医と共に定期的に研修先の病院を訪れ、目標設定の見直しや意見交換、メンタル面のサポートなどを行う「クリニカルビジット(現地訪問)」を行っている。

——クリニカルビジットの役割とは何ですか?

矢田 いちばん初めっていうのは、病院と研修医の間に入るということだと思うんですね。ですから、やっぱり面と向かってとか、普段、生活を一緒にしてる者同士の中で言いにくいこと、それを私たちが聞いて、1年間満足できるようにサポートしていくという。だから 不満だとか、そういうことを代行するみたいな役割が非常に強いと思うんですけども。

ただ、現実に病院が彼らに不満を持ったり、彼らが病院に不満を持つってことは、非常に少ないケースなので。

やっぱりメールとかだけではできにくいこと、実際に会って、そこで飲んでみたりもそうですけども、何かこう一緒にこうやっていく。その病院と共に、一緒に研修医を育てていくんだという、その信頼関係をつくることが、クリニカルビジットの1つの役割というところがありますね。

ゲネプロの指導医(左)と共に、大井田病院の院長(右)と意見交換を行う矢田透さん
病院側の受け入れ体制はどうなっているのか。2人の医師が、ゲネプロのプログラムを受講している高知県宿毛市の大井田病院(院長 田中公章さん)では、360度評価という形でフィードバックを行っている。

——なぜ、360度評価を行っているのですか?

田中 僕たちがそれぞれの先生を客観的に評価できると思ってないわけで、それを現場で働いているすべての部門のトップの方に、彼らを全部、評価してもらっています。コミュニケーションとか指示とかフットワークとか全部、一通り入っています。結構、的確ですね。僕たちが見て、なるほどっていう、知らなかったっていう面もありますから。これは続けていけばいいと思います。

医師とも個別に面談し、研修の進捗や悩みなどの聞き取りを行う

——研修中の医師とも個別に面談されているそうですね?

矢田 当初は、年4回から始まったんですけど、現実的に3カ月だとそんなに変化がないとか。ですから今、実際会うのは年に3回、4カ月ペースでってことですね。

自分たちをいつも気にかけてくれている存在なんだっていうことをわかってもらう、いちばんいい場所で。ですから普通、多くのものというのは、紹介してそれっきりという形が多いと思うんですが、そうじゃなく、ある種、病院に入ったところから私たちの仕事は始まって、それを年に3回とか、実際に顔を合わせて、それ以外にも当然、メールとかオンラインとか電話で、何かあったときに話を聞くという。

研修を受けている医師たちは、ゲネプロについてどう考えているのだろうか。

——ゲネプロの研修には満足していますか?

西場(大喜さん、研修生) (以前)所属していたのは、大学病院の麻酔科だったので、患者さんと関わるのは手術室の中だけだったんですよね。

なので手術室を出たら、患者さんがどのような生活をしてるかっていうのもまったくわからなかったですし、今後、医者として働いていくうえで、それを知らないで過ごしていくのは、自分なりにすごく違和感があったので、もうちょっと患者さんの生活を支えられるような医療現場で働いてみたいなっていう、そういった希望があったので、それにちょうど出合えたのは本当によかったです。

自分が本当にやりたかったことにもう一度、また向き合えていることにすごく感謝していますし、自分が専門に特化していくところを180度変わって、いろんなことを幅広くやって、ジェネラリストとして研修を積んでいくことを決心するきっかけにもなったので。

※続きは、YouTubeチャンネル「探究TV / 東洋経済education×ICT」で配信中

齋藤 学(さいとう・まなぶ)
下甑手打診療所 所長、ゲネプロ代表
1974年千葉県生まれ。2000年に順天堂大学医学部卒業。地元の国保旭中央病院で研修後、浦添総合病院(沖縄県)で救急医として研鑽を積む。フライトドクターとして離島に出向くたび、離島医療の過酷さを実感する。同病院で救命救急センター長を務めた後、診療の幅を広げるため、離島医療や在宅医療、内視鏡を含めたがん診療を学ぶ。離島やへき地で闘える医師を育てるためのトレーニングを探して、世界の離島・へき地医療の現場を巡り、14年に離島・へき地医療や総合診療医の教育プログラムを提供する会社「ゲネプロ」を設立、代表に就任。17年にはオーストラリアへき地医療学会と提携を結んだ「Rural Generalist Program Japan」を始動。20年より現職

 

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