プログラミング教育は「あまり進んでいない」
――2020年度より、小学校でプログラミング教育が必修化されました。学校現場の現状についてお感じになることを教えてください。
プログラミング教育の取り組みは、残念ながら、「あまり進んでいない」状況といえると思います。
公教育のプログラミング教育を推進するNPO法人「みんなのコード」が21年、全国の小学校教員1037名に「過去1年間で『プログラミング』に関する研修をどの程度受けたか」をアンケート調査で聞いたところ、「受けていない」と答えた教員が22.2%、1時間未満が11.2%、1〜4時間未満が39.5%でした。
プログラミング教育が必修化されたにもかかわらず、「4分の3の教員が、研修を受けた回数は2回以下」ということが明らかになりました。
原因として考えられるのは、GIGAスクール構想の実現が20年度に前倒しされたことにより、「1人1台端末をどのように使うのか」「トラブルが起きたとき、どのように対応するか」など、まずは“GIGAの整備”が最優先され、プログラミング教育が後回しになってしまっていることです。
必修化から2年経ちましたが、プログラミング教育の優先順位が低いままの状態が続いており、「教科とプログラミングをどう関連づけて教えればよいのかわからない」など、いまだスタートラインに立てていない学校や先生も見受けられます。教育界全体で、プログラミング教育の底上げを図る時期に来ていると思います。
――22年4月に行われた「2022年度全国学力テスト」では、小学6年生の算数で、プログラミングを題材とした問題が初めて登場しました。
正方形を描くためのプログラムが例示され、正三角形を描くための誤ったプログラムを正しく書き直す問題が出題されました。授業でプログラミングに触れていない児童は、問題文を読んでも、何を聞かれているのかが理解しにくかったと思います。学力テストにこのような問題が出たことで、学校は、ICT機器を日常的に使い、必要に応じてプログラミングを取り入れるよう授業改善していくことが求められていると受け止めています。
プログラミング教育の教員コミュニティー「Type_T」
――鈴谷先生は、プログラミング教育の教員コミュニティー「Type_T(タイプティー)」を発足し、プログラミング教育の研修会、ワークショップ、情報発信や交流などの活動を積極的に行っています。
もともとICTが好きで、12年くらいから、クラブ活動や学級活動の時間を利用して学校のコンピューター室で、子どもたちと文部科学省のプログラミングのコンテンツである「プログラミン」で遊んだりしていました。
17年に告示された新学習指導要領において、20年度から小学校でプログラミング教育が必修化されると知り、自身のブログでプログラミング教育について発信するうちに教員や教育関係者とつながり、19年3月、IT企業サイボウズ本社を会場に、先生だけのプログラミング勉強会「WATCHA!? プログラミング」を企画しました。その会が大盛況で、「今後もプログラミング教育について考えたり、広めたりする場をつくっていこう」と。当時の有志メンバーと立ち上げたのが、「Type_T」です。
同年の12月、小学6年生理科の「電気の利用」単元に、プログラミングを取り入れた模擬授業イベントを開催しました。その後も、さまざまなプログラミング教育の実践について、主にオンラインで定期的に交流しています。21年10月に「NPO法人 タイプティー」として認証され、現在は、小学校教員を中心に全国で約100名の会員がいます。本団体の趣旨に賛同してくださる企業さんは、準会員として新しいプログラミング教材を会員に試してもらったり、意見交換などができる仕組みになっています。
――「Type_T」の活動で大切にしていることを教えてください。
「Type_T」は、「と(T)にかくや(y)ってみるプ(p)ログラミング教育(e)ティ(T)ーチャーズ」の略です。
全国各地でICT機器活用による教育改革に取り組み、小学校でのプログラミングの普及において多くの実践を重ね、本団体にも協力いただいている平井 聡一郎先生(情報通信総合研究所 特別研究員)は、日本中の学校や先生に、「(まずは)つべこべ言わずやってみろ」と呼びかけています。このメッセージをアレンジし、団体の名称に取り入れさせていただきました。
学校の先生はまじめで、「まず自分がたくさん知識を得ないと子どもたちに教えられない」と、自らハードルを高く設定してしまう傾向にあります。何のサポートもない状態で踏み出すのは勇気が要りますが、周りに仲間がいて、困ったときには質問できる状態であれば、「まずはやってみようかな」と思うものです。
校内や地域でプログラミング教育を学ぶ機会がなかなか得られないけれども、興味があったり「授業で実践してみたい」と思ったりしている先生は、このようなコミュニティーに参加して仲間をつくることで、実践を聞いたり学んだりしながら自身の知識を深め、子どもたちや周りの教員に広めることができるのではないでしょうか。
「micro:bit」を活用し、理科×プログラミングの授業を
――プログラミング教育によく使われる教材は?
自分の描いた絵と「メガネ」と呼ばれるツールで絵を動かしたり変えたりするプログラムを作る「Viscuit(ビスケット)」、画面上のブロックを組み合わせてプログラムを作る「Scratch(スクラッチ)」がよく知られています。イギリスのBBCが主体となって作成した小型のコンピューター「micro:bit(マイクロビット)」も、少しずつ使われるようになりました。
“はじめの一歩”としてお薦めの教材は、「Hour of Code(アワーオブコード)」。サイトにアクセスするだけで、ゲームや映画、アニメのキャラクターを画面の中で動かしてプログラミングに取り組むことができます。「プログラミングは苦手」という先生も、「まずは子どもたちと一緒に触ってみよう」くらいの気持ちで取り組んでみることが大切だと思います。
――勤務校では、どのような実践を行っているのですか?
昨年度は6年生の担任だったのですが、25個のLED、2個のボタンスイッチ、明るさセンサー、加速度センサー、温度センサーなどが搭載された「micro:bit」を使用した授業を行いました。「micro:bit」のプログラミングは、パソコンのブラウザー上でカラフルなブロックを組み合わせて行うもので、プログラミングが初めての児童も簡単に扱うことができます。
まずは、2学期の図工の「きらめき劇場」の単元でプログラミングを取り入れました。LEDライトにペットボトルを置いたりなど自分の好きな形のランタンを作り、「micro:bit」をつなげてLEDの色や明るさを変化させる授業を行いました。
これを踏まえ、3学期に理科の「電気の利用」の単元で、人感センサー拡張モジュールを接続した「micro:bit」を活用しました。前回の授業で手回し発電機を使って電気をつくり、エネルギーが蓄えられることや変換されることを理解したうえで、「電気を効率よく使うための方法」について学ぶ授業です。導入で、「電気の消し忘れでおうちの人に注意されたことはありますか?」と問いかけ、節電への意識を持たせました。その後、「micro:bit」を活用したプログラミングをどのように作ったら、電気を効率的に使えるのかを考えました。
子どもたちは、人感センサーを使って「周りに人がいなくなったら電気を消す」「人を感知したら電気をつける」というプログラミングや、明るさセンサーを使って「明るくなったら電気が消える」「暗くなったら電気がつく」というプログラミングに取り組みました。また、それらを組み合わせたり、違う生活の場面に置き換えて考えたりしました。
プログラミングで電気の働きを制御すれば、電気を効率的に活用できること、身の回りの多くのものにコンピューターが内蔵され、プログラミングによって制御されていることを学ぶことができました。
やりたいことの実現、課題解決のための“手段”としてプログラミングを
――プログラミングを取り入れた授業で、子どもたちの反応は? また、ほかの教科ではどのようにプログラミングを取り入れることができるのでしょうか。
大多数の子どもたちは「プログラミング、楽しい!」「面白い!」という反応です。吸収力もすごいですし。とくに高学年になると、やり方を自分のパソコンで検索してどんどん進めていく子も多いですね。子どもたちは、プログラミングに取り組んでいるとき、目がキラキラ輝いてるんですよ。その様子を目にすると非常にうれしいですし、皆さんにも見てほしいと思います。
プログラミングは「多角形の作図」や「電気の利用」など、算数と理科で取り入れやすいですが、例えば国語だったら、読み取った情景を「Viscuit」を使って表したり、5年生の社会では「これからの時代の車」の学習でロボット教材を取り入れ、プログラミングで自動運転ができるよう取り組んだりできます。低学年でも、図工の授業で「Viscuit」を使って好きな模様を作り、それをプロジェクターに投影してみんなで見たりなど、各学年でさまざまな授業が可能です。
――小学校のプログラミング教育を通して、子どもたちのどんな力を育んでいきたいとお思いですか?
プログラミング教育で大切なのは、「授業でプログラミングに取り組んだ。楽しかった」だけで完結するのではなく、取り組みを通して身の回りのさまざまな場面でプログラミングが活用されていることを自覚したり、「もっとこうなったらいいのに」と改善策を考えたりなど、プログラミングを通じて社会の見方や考え方を育てていくことだと思います。
GIGAスクール構想が進み、子どもたちがICT機器に触れる機会が増えています。小学生時代からさまざまなプログラミングに慣れ親しみ、ゆくゆくは、自分のやりたいことを実現したり、課題解決のための手段としてプログラミングを使えるようになるような感性を育んでいきたいですね。
(企画・文:長島ともこ、写真:すべて鈴谷氏提供)