小3がホーキング博士に興味を持ちプログラミング

2020年から小学校で必修化されたばかりのプログラミング。現場では教員の奮闘が続くが、民間レベルに目を向けると、子どもたちの技術はもはや想像を超えるほど進んでいる。

例えば、2019年に開催された「第4回全国小中学生プログラミング大会」。準グランプリを獲得したのは小学3年生の男児がつくった「会話おたすけ音声ロボット」だった。話すことも書くこともできない人向けの会話ツールで、ブロック玩具のレゴを活用したロボットハンドとパソコンの画面を組み合わせて操作するものだ。男児の技術力は称賛に値するが、その端緒が興味深い。

「制作のきっかけは、全身の筋肉が徐々に動かなくなる筋萎縮性側索硬化症(ALS)と闘い続けた英国の物理学者、スティーブン・ホーキング博士のドキュメンタリーを見たことだそうです。『僕もやってみたい』『役に立つ道具があればいいのに』と思ったときに、思うだけで終わらせず、その課題へ能動的に関わり、具体的な形にすることまでできるのが、プログラミングの大きな特徴です」

そう指摘するのは、同大会を運営したNPO法人CANVAS理事長の石戸奈々子氏。子どもたちにとってのプログラミングとは、「ツールであり、それを使って何をつくり出すかが重要」と話す。そして「その目的に向かうプロセスにたくさんの学びがある」と指摘する。

NPO法人CANVAS 理事長 石戸奈々子
東京大学工学部卒業後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ客員研究員を経て、2002年CANVAS設立。これまでに開催したワークショップは 3000回、約50万人の子どもたちが参加。
(撮影:梅谷秀司)

「この『会話おたすけ音声ロボット』をつくろうとすると、さまざまな知識が必要になります。理科、算数、国語、図工の知識や表現力も求められるわけです。以前、『三角関数は何のために学ぶのか』という論争がネット上で巻き起こりましたが、テニスゲームをプログラミングした子は、ボールの軌道をつくるため自発的に三角関数を学んでいました」

STEAMとプログラミングの関係

テストでいい点を取るために取り組むのか、自分がやりたいことのために取り組むのか――。この二択であれば、どちらが面白く、熱心に取り組めるかは明白だ。当然、理解度にも差が出るし、何よりもここに「主体性」が生まれる。

「それだけでなく、課題解決という目的のためにプログラミングをすることは、Society5.0※1時代の思考基盤と位置づけられているSTEAM教育の展開につながります」(石戸氏)

STEAM教育とは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)を統合的に学習する「STEM」教育に、Art(芸術)を加えて提唱された国際的に用いられる教育分野のことだ。これまでバラバラの単元で、一方的に教員が与えていたこれらの知識を統合・活用し、社会で応用できるようにしていくことを目的としている。

「技術が進化したことで、社会は大きく変化しています。必然的に、そこで生きる人に求められる力も変わりますから、教育もそれに合わせて変わらないといけません。とりわけ、現在は生活の隅々までコンピューターが入り込んでいるわけですから、『読み書きそろばん』ではなく、『読み書きプログラミング』が基礎教養となっていきます」(石戸氏)

つまりプログラミングは、STEAM教育の要となる「統合・活用」の具体的な手段になるのだ。しかし、これまでICT化が進んでいなかった日本の教育現場では戸惑いもある。全国の教員および教育機関に対し、プログラミング教育の研修や教材を提供しているNPO法人みんなのコードの代表理事、利根川裕太氏は次のように話す。

「教員はエンジニアではありませんから、どのように教えたらいいのか見当もつかないという感覚があるようです。教育委員会からも、『どういう教員研修をすればいいのか』といったご相談は多く寄せられています」

NPO法人みんなのコード 代表理事 利根川裕太
慶應義塾大学経済学部卒業後、森ビルを経て、ラクスルへ。その後、特定非営利活動法人みんなのコード設立。主な著書に『先生のための小学校プログラミング教育がよくわかる本』(翔泳社、共著)がある。
(撮影:今井康一)

プログラミングの経験がない教員に、それを教えろというのも無理な話だ。しかも、体験・実践すればいいというものでもないという。

「実践だけだと、教え方のポイントがつかめなかったり、遊びとの違いがわかりにくくなったりしてしまうんです。そのため、われわれの研修は座学と実践の組み合わせで構成しています。2015年から延べ1万人の教員にシンポジウムや研修を提供してきましたが、地域や学校でプログラミング教育が成功しやすいのは、先進的な意識を持つ教員が、他の教員に教え方を伝えるという循環ができたときです。私たちもノウハウを伝えながら一緒にその学校に合った広め方を考えたり、地域での勉強会などのコミュニティー形成をサポートしたりもしています」(利根川氏)

※1 Society 5.0:内閣府が提唱する人間中心の社会(Society)。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続くもので、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立するとされる

日本の教育レベルが高いのは教員のおかげ

プログラミングに対する熱は教員によって大きく異なり、やる気のない教員も一定数いる。そんなとき、最も効果的なのは子どもの反応を伝えることだと利根川氏は明かす。

「校長がいくら言っても自分ごと化できない教員でも、『じっと座っていられないあの〇〇君が45分間集中できた』といった児童の反応を聞くと、一気にモチベーションが上がります。GIGAスクール構想※2で『1人1台PC』が実現すれば、これまで及び腰だった教員も動き出すでしょうから、一気にプログラミング教育が深まる可能性もあるのではないでしょうか」

教員自らプログラミングを学び、部首の仕組みが理解できる漢字シューティングゲームをつくって成果をあげている教員もいる。各地で成功事例も出てきているが、これはプログラミングという分野に精通しているから成し遂げられたのではなく、もともとの授業開発力が高いからだと前出の石戸氏は指摘する。

「プログラミング教育やSTEAM教育の推進という点で、日本が世界から遅れているのは事実です。では教育そのもののレベルはどうかといえば、少なくとも初等・中等教育における理数教育は、PISA※3でも相当高い水準に到達していることが証明されています。さらに、図工や音楽といったSTEAMのA(Art)の部分をこれだけしっかり教育している国はそれほど多くありません。だからこそ高度成長を成し遂げ、経済大国にもなったわけです。その要因は、日本の教員のレベルが極めて高く、情熱的に子どもたちへ学びを提供してきたことにあります。その優秀さを生かせば、Society5.0時代でも、世界に誇れる教育へとシフトできることは間違いありません」

では、具体的にどうやってシフトチェンジを成功させるのか。後編では、日本人女性初の数学オリンピック金メダリストでジャズピアニストの中島さち子氏に、海外でのSTEAM教育の現状を紹介してもらいながら、今後の教育のあるべき姿をさらに探っていきたい。

後編はこちら

(注記のない写真はiStock)

※2 GIGAスクール構想:Global and Innovation Gateway for Allの略。児童生徒のために、1人1台の学習者用PCと高速ネットワーク環境などを整備し、個別最適化された創造性を育む教育を実現させる構想
※3 PISA:Programme for International Student Assessmentの略。OECD加盟国で実施される15歳を対象とした国際的な学習到達度テストで、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野の習熟度を調査する。最新の2018年度調査で日本は読解力が8位、数学的リテラシーが5位、科学的リテラシーは2位だった