推進力となった探究型の「人間学」
玉川聖学院では現在、「Cisco Meraki」により全館Wi-Fi完備、また、中等部はChromebookの貸与、高等部はiPadによるBYAD(Bring Your Assigned Device)という形で生徒全員の「1人1台端末」を実現している。全学年で「Google Workspace for Education」を活用しており、クラウド上で教材データを共有するほか、課題提出やプレゼンテーションの共同編集など、日常的にICTが使われている。
高等部の情報科の授業も充実している。シャープの「RoBoHoN」を使ったプログラミングやヤマハの「VOCALOID Editor for Cubase」によるボカロの讃美歌作成などは全員が学べるようにしており、選択授業では、3DCG、ウェブデザイン、動画制作なども選べる。大学受験で有利とされる「P検」にも受験者の9割以上が合格しているという。
そんな同学院のICTの導入は、早かった。教員の業務軽減や新時代の教育を見据え、01年の新校舎建築を機に全館に校内LANを整備。1993年から続く高1と高2の必修科目「人間学」で生徒がプレゼンテーションをする機会が多いことから、プロジェクターや電子黒板の活用も試み始めたという。
ICT活用の推進力となった人間学とは、どのような授業なのか。担当教員の安積源也氏は、次のように話す。
「人間学は『みんなそれぞれ違う人間でいい。自分に与えられた使命は何なのか』という、本校が大切にしているキリスト教の価値観の下、人生や生き方について考える授業です。高1では、前半は自己理解に重点を置き、後半は老い・障害・異文化といったテーマを深めます。チーム探究や読書発表など自ら発信する機会が多いのですが、ICTはこうした主体的な学びに有効だと感じています」
まずは、作業効率が上がった。例えば読書発表の際、生徒はiPadのノートアプリ「GoodNotes」でレジュメを作り、それをPDF化して事前にGoogleドライブにアップ。その資料を見ながら各自の発表を聞くので、印刷物が減ったという。
Googleの資料ソフトは共同編集ができるため、生徒同士の情報共有や取り組みの可視化もしやすくなった。意見や希望を募る作業も、Googleフォームの活用でやりやすくなったそうだ。
取材では高1の授業を見学したが、この時は性格診断テストの「エゴグラム」を使って自我状態について学んでいた。生徒たちは各自のiPadで安積氏が事前に配信したスプレッドシートを開き、◯×△で回答を入力していく。すると自動で得点が計算され、テスト結果が出た。こうした加工ができるのは、表計算ソフトならではだ。これが紙だったら計算に時間を取られ、時間内に十分な結果の解説や分析はできないだろう。
また、ICTの導入により「生徒の工夫や表現の幅が広がった」と、安積氏は言う。話すことが苦手な生徒が、テレビ番組をパロディー化した動画を制作して発表を行うなど、教員の想像を超えた使い方をしてくることもあって驚くことが多々あるそうだ。
一方で、人間学の授業では、手書きによるノート作成を大切にする。授業記録だけでなく生徒自身が感じたことも書き込み、それに対して教員がコメントを返す形式にしているが、なぜここはアナログにこだわるのか。
「当初はデータで残すことも考えましたが、クラウドサービスは10年前にはなかった技術。つまり10年後に新たな技術に取って代わられているかもしれません。そのような中でもノートは手元に残りますし、これを何十年後にも読み返すことは生徒の人生に必ず意味を与えると信じており、あえて紙にしたのです」
発言が苦手な生徒のことを考え、SNSのように意見を書き込めるアプリを使ってディスカッションを試みたものの、結局やめてしまったこともある。
「やはりリアルの議論のほうが相手の発信をくみ取れていて、改めて大勢の前で話すことや誰かの言葉をみんなで聞く体験は重要だと思いました。ICTを積極的に活用することは大切ですが、目的は生徒が育つこと。うまく使い分けることが重要だと思います」
同学院では、人間学の授業以外でも伝達発信力を磨く機会がある。高等部では各自が3年間の体験をポートフォリオとしてまとめているのだ。これもクラウド上で教員と共有できるようになり、進路相談の際に対策が立てやすくなった。同学院は総合型選抜や学校推薦型選抜での大学合格者が多いが、その訳はこうした日々の探究学習や自分史の作成などにあるのかもしれない。
ICT活用でインクルーシブ教育を強化
同学院全体のICT化の動きに話を戻そう。デジタル機器の導入が広がる中、2014年にICT活用をさらに推進するプロジェクトが立ち上がった。15年にはWi-Fi環境整備のプロジェクトも発足し、高1でiPadの使用をスタート、3年かけて高等部全員の「1人1台」を実現した。
ICT活用に本腰を入れた目的は、アクティブラーニングの強化だけではなく、多様な生徒に対応するためのインクルーシブな枠組みづくりにもあったという。同学院は、以前から教科担当者・担任・養護教諭・常駐のカウンセラーが連携を取り合い、教室参加が難しい生徒の学びのサポートをしてきた。
ICT化が進んでからは、さらに情報共有が担保され、「学びの平等性」も確保しやすくなったという。例えば、これまで欠席した生徒には、各教科担当者からプリントを集めて渡していたが、生徒が直接クラウドを通じて必要な資料や情報を取り出せるようになった。
保健室やカウンセリング室でも、端末で資料を見ながら自習や個別授業ができるようになった。また、教科によっては授業風景をiPadで撮影した動画を限定公開することも。その動画により教室参加をイメージできるようになるのか、教室への一歩を踏み出す生徒もいるという。
端末活用が進んだのは、「保護者の心配を取り除く仕組みにしている点も大きい」と、ICTネットワーク担当の大沼祐太氏は話す。もともとスマホは登校したら担任が預かる決まりにしており、1人1台端末の導入には不安を覚える保護者も少なくなかった。
そのため、「教師が許可した時間・場所以外では使用しない」など7つのルールを設け、学校側がゲームやSNSのインストール、危険度の高いウェブサイトへのアクセスや夜間のYouTubeの閲覧などを制限している。制限をかけたため端末活用がうまくいかなかった学校事例をよく聞くが、生徒たちに抵抗はなかったのだろうか。
「最初は『え?』と思うみたいですが、端末にはすでに40以上のアプリが入っていて、学校では快適なWi-Fi環境でサクサク使えますので、生徒たちはルールの中で楽しみ方を見つけていますね」と、大沼氏は言う。
コロナ禍で加速したICT活用
早期からのICT活用が奏功し、20年のコロナ禍に伴う一斉休校の際もスムーズに対応できた。「日頃から教員同士のチームワークがいい」(大沼氏)ことも迅速に動けた大きな要因だというが、900人規模で大きな不具合もなく、高等部は4月13日から、中等部は23日から全教科でCisco Webexでオンライン授業をスタートできた。
朝は礼拝から始まり、40分授業を4~6コマ実施し、終礼で終わる。生徒たちはオンラインでありながらも、そんな規則正しい毎日を送った。中高等部長の櫛田真実氏は、当時を振り返りながらオンラインのメリットについてこう語る。
「コロナ禍で心配だったのは、生徒の精神面です。そのためホームルームや礼拝はもちろん、授業も録画配信ではなくすべて生配信で行い、コミュニケーションを大切にしました。オンラインを通じて顔を見て話をし、生徒と毎日つながることができたことはとてもよかったです」
また、コロナ禍を機にICT活用はさらに加速した。とくに中等部の変化は大きい。実は中等部ではアナログの学びを重視して授業で使うときのみ端末を貸し出していたが、コロナ禍を受け20年秋から1人1台の端末貸与を開始したのだ。タイピング能力の向上を目指すとともに6年間で主要OSをすべて体験させたいという思いから、高等部と同じiPadではなく、Chromebookを採用した。
オンライン英会話でネイティブから英語を学ぶようになったほか、3年間の集大成として取り組む修了論文はGoogleドキュメントを使うことで担当教員と進捗を共有しやすくなったという。21年度からは新たな科目「探究」が設けられたため、さらなる活用が期待される。
大沼氏は、端末活用の秘訣について次のように語る。
「GIGAスクール構想で端末整備が先行して活用が進んでいないという話もありますが、最初の整備は重要なのでこの順序は正しいです。あとはやってみればいいだけの話。ソフト面の活用が注目されがちですが、高度な授業は考えず、とりあえず低いハードルとスモールスタートで始めてみることです。クラウドを使うだけで大きく変わりますし、やりながらいろいろな活用法が見えてきます。
ただし、ネットワーク環境は重要。本校もコロナ禍のオンライン授業を通じてそこが課題となり、すぐに全教室でWi-Fiを完備して回線も3倍に増強しました。やはり高速で安心・安全・快適なネットワーク環境がないと、先生や生徒たちの自由な活用はできません。ここは思い切って投資することが大事です。また、ICTに強い若い世代のやる気に応えるトップの積極的な関わりや英断も、本校での端末活用が進んだ要因かもしれません」
とはいえ、同学院でもまだまだ端末が十分に利用されていない授業もあり、さらなる活用は課題だという。「あくまでICTは目的ではなく道具」を前提に、模索は続く。
(注記のない写真は今井康一撮影)