自然科学5、社会科学3、文学2の割合でいい
――「主体的・対話的で深い学び」を実現するために探究学習が重視される中、学校図書館の役割が大きくなっています。
それなのに学校図書館の基本的な考えは「1980年代からほとんど変わっていない」のです。30年前の服が並んでいる洋服屋に買いたい服はありますか? 本というのは刷られた瞬間に世界が止まります。データ本はデータが変わったら、法律やスポーツならルールが変わったら使えません。ミステリーなんて、DNAが解析されたので、今は血が1滴落ちていたら犯人がわかってしまいます。時代が緩やかで変化がなければ、本はそのまま使えますが、変化があれば図書館に並べる本も変えなくてはなりません。
1960年から80年代までは世界中が文学全盛期で、図書館の中では「物語」がいちばん強かった時代です。その当時の学校図書館は、新しく出た面白い物語を買い足すだけで済みました。90年代からは、自然科学や社会科学が主流になっていきます。
現実世界で、次から次にいろいろな新しい事実がわかり、それはもうわくわくする魅力的な世界になりました。そのため現在は、自然科学が5、社会科学が3、文学が2ぐらいの割合でいいと思います。
――「図書館自体も変わる必要がある」と言っても、どこから手をつければいいのでしょうか。
図書館の改装で、最初にやる仕事は廃棄。でも、使えなくなった本を捨てるのが、実はいちばん難しい仕事なんです。どんな仕事でもプロになるには10年かかる、といわれますが司書も本を抜けるようになるには10年かかるのです。
――「要らない本」として廃棄するポイントはありますか。
まず郷土資料は保存に回します。学校が昔作った文集みたいなものは、その学校にしかありませんから捨てることはできません。戦争と核に関する本も、まとめて取っておきます。昔流行して、今は読まれなくなった物語は抜くか書庫に入れます。
社会科学と自然科学も、割と判断がしやすいです。まずデータの古い社会科学の本は捨てます。20年前の日本風土記、平成の大合併以前の日本地図、ベルリンの壁崩壊以前の世界史の本などは読むと間違って覚えてしまうからです。でも、ある分野における「最初の本」は、人間が考えるようになったきっかけとして使えたりします。世界最初のコンピューターの本、みたいなものは。
自然科学は、羽毛恐竜が載っていない恐竜の本、冥王星が惑星の仲間に入っている宇宙の本は廃棄です。そうなると06年以前の宇宙の本はほぼ全滅でしょう。でも同じように、ブラックホールという言葉をつくった人、ブラックホールの概念をつくった人の話などは残ります。途中がいらなくなるのです。
文部科学省が決めた学校図書館の充足率は、100%でなければいけないものではありません。いくら蔵書数が多くても、使えない本をカウントするのは本末転倒でしょう。死蔵している本は処分し、使いやすい図書館にしたほうがいいと思います。
本の分類とレイアウト、本の配置にもコツが
――本の分類に、頭を悩ます先生も多いです。
図書館の本は、基本的に日本十進分類法(NDC)で分類されています。公共図書館だと小見出しが3000ぐらいある所もありますが、学校図書館のサイズだと細かくなりすぎるので、同じ物は同じところに集めて分類の数を減らしていきます。
例えば、医学の棚には、学校ならば脳卒中や心筋梗塞という分類は要りませんよね? 人体の仕組みには、小学校ならば歯を入れます。中学では、もう作りません。数学は、高校であれば数Ⅰから数Ⅲまで分類しますが、小・中学校ならば数学は1つでいいでしょう。今ならば統計は棚を作ってもいいかもしれませんね。
要は児童生徒が必要な本を、早く探し出せるようにするためにはどこまで分けたらいいのか、考えて分類することが大事です。いくらNDCにのっとったとはいえ、植物の本が2カ所にあったらわからないでしょう。
一方で、やってはいけない分類もあります。例えば、低学年と高学年を分けること。昔は確かに年齢で読むものがはっきり分かれていましたが、今は一緒です。飛ぶ虫と飛ばない虫とで分類している図書館がありましたが、分類体系の根幹を無視すると、すぐ行き詰まります。枝葉のところを工夫してください。そうやって各ジャンルを整理していくと、次に何の本を購入すればいいか計画を立てやすくなります。
――図書館のレイアウトにコツはありますか。
まず、最初にカウンターの位置を決めます。コンセントがあってコンピューターが設置でき、なるべく死角がない所に置きます。本棚は壁の周りに置いて、できる限り部屋の真ん中を空けます。暗くならないように、窓際には低い棚を置きます。本を傷めないよう、日差しが直接本に当たらないように注意しましょう。ただし、部屋のサイズや形は違うので、臨機応変な対応が必要です。
本の配置は、自然科学はいちばん大きいサイズが38センチありますから、高段書架を5本以上並べられる所に設置します。宇宙や鳥の本を上に、魚や植物の本を下にします。これが逆だと不安定な部屋になります。世の中の常識と違うと、無意識であっても人間は疲れるからです。
環境汚染は独立させてもいいし、生態系や工業系などに入れてもいいと思います。分野がまたがっているSDGsは、ちょっと厄介ですね。まずSDGsとは何かという本を集める。そして学校の先生方が、今年は何をテーマに学習するかをリサーチします。例えば世界の貧困や気候変動だったら、それらを併せて一時的に集めておきます。
図鑑は重いので、自然科学の前にカーペットやソファを置いて、広げて読めるようにすればいいと思います。社会科学は、地図以外はA4で入るので、次は社会科学のグループをつくる。物語はサイズが小さいので、空いたスペースを利用します。パーツを切り分けて、大きい物から小さい物へ、パズルのように配置して決めていきます。
昭和30年代に造られた学校図書館は、書架の大きさが文学仕様です。本が変わったのに本棚が変わらないのは困ります。お勧めはIKEAのBILLY(ビリー)で、安価で購入できます。補強のための棚板を足しても、1棚1万5000円ぐらいで作れますから、本棚としては破格の安さです。
居心地のよい図書館とは
――児童・生徒が居心地のよい図書館にするためには、どんなことに気を付ければいいですか。
いちばん最初は掃除です。ほこりだらけの部屋に、人はいられません。床や机、いすだけでなく、壁、天井も拭きます。水平になっている所には、ほこりがたまります。エアコンの上やカーテンレールの上も忘れずに。書架から全部本を出して、棚板を拭き、本も拭いてから戻します。電球も外してメラミンスポンジで拭く、白い反射板もきれいにします。これでずいぶん明るくなります。カーテンも外して洗いましょう。
図書館には基本的に、本棚と机といすしかありません。この3つを使って部屋を設計するわけですが、1つの部屋で気持ちよく過ごせるようにするための家具の数は、決まっています。ぎゅうぎゅうに詰められると居心地が悪くなります。
部屋は、全体を統一してデザインすること。まずは変えられる物と変えられない物はどれかを考えます。たいてい床とテーブル、いすは変えられませんね。本の色はいろいろあるので、変えられるなら本棚は白で統一したほうがいいと思います。白は膨張色なので、部屋が広く見えて、かつ明るくなります。
床、本棚、いすの背もたれ、カーテンに合わせて色を決めていきますが、それらがちぐはぐならば、壁に布を張って、中和させることを考えます。赤紫色のいすだったときは、ハイビスカスの布を張りました。紫色の床だったときは、薄いラベンダーのカーテンにしました。机は大きいので、色が邪魔をするときにはテーブルクロスをかけます。
居場所としては心地よくても、必要な本がきちんと整理されていないと図書館としては失格です。逆に面白い本があっても、居心地が悪ければ利用しようとは思わないでしょう。両方がそろって、居心地のよい図書館が出来上がります。
――最近パソコンで情報を検索する人も多いですが、ネットの情報と本との役割の違いは何でしょう。
ネットの情報は、単発の情報です。整理する能力がついている人間には使えますが、まだ整理することを知らない人間は、単発の情報だけだと使えません。本は、山のようにある情報を精査して集め、整理してあります。情報が整理されて端的に表現されているから、本を読んだら定義と概要がわかる。ある小学生が「ネットは情報を教えてくれるけど、本は考え方を教えてくれるから図書館に行きます」と話していたのですが、そのとおりだと思います。
人間は得た知恵を本として記し、次の世代へバトンのように渡すことに成功しました。ゼロから始めなくても、先人の知恵を受け取ってその先に進める。時間を超えてつながれてきたから、私たちは2000年前の人が何を考えていたかわかります。だから多くの子どもたちに、図書館を利用して、知恵の宝庫である本を読んでほしいと思います。
――そのためにテコ入れしなければならない図書館も多そうです。
私はほとんど見直しが必要だと思っています。80年代までは文学だけだったから素人でもいけたかもしれない。でも今は自然科学や社会科学が入ってきて、図書館をつくれる人がいません。頑張っている先生もいますが、先生に図書館をつくって!は酷だと思います。全体を知っている人がつくるべきで、きちんと司書を雇ってほしいですね。
(文:柿崎明子、注記のない写真:尾形文繁撮影)