学校の近隣トラブルが急増した3つの社会背景

小野田正利(おのだ・まさとし)
大阪大学名誉教授
教育学博士
著書に『「迷惑施設」としての学校―近隣トラブル解決の処方箋』(時事通信社)、『イチャモン研究会―学校と保護者のいい関係づくりへ』(ミネルヴァ書房)などがある
(写真は本人提供)

学校が抱える外部とのトラブルについて、大阪大学名誉教授の小野田正利氏は「保護者トラブル」と「近隣トラブル」を掲げている。前者が子どもの卒業とともに収束する一方で、後者はどちらかがいなくなるまで、つまり住民が引っ越す、もしくは学校がなくなるまで終わらない。近隣住民にとっては、ほとんど不可避かつ永続的な問題だ。

トラブルの内容は、活動に起因するもの(登下校時のマナー、学校行事や部活動に伴う音や振動など)、人工物に起因するもの(チャイムや放送音、室外機の音や風、夜間照明など)、環境に起因するもの(校庭の砂ぼこり、落ち葉や虫など)と多種多様だが、近隣住民から寄せられるクレームの多くが「騒音」に関するものだという。そして、「騒音」を原因とするトラブルは1990年代から増加し続けている。その背景を、小野田氏は以下の3つの社会状況を挙げて説明する。

「1つ目は深夜に働く人が急増したことです。24時間営業のコンビニや飲食店で働く方をはじめ、彼らの睡眠時間は昼間。そこで睡眠が阻害されれば、体調不良になったり、仕事でのミスを誘発してしまいます。そのため、日中の学校から聞こえる音に対して『うるさくて眠れず、困る』という声が出るのです。

2つ目は子どものいない世帯の増加です。出生率が低下している一方で、1世帯当たりの子ども人数の平均には大きな変化がありません。これはつまり、子どもがいない世帯が増えたことを意味しますが、そうした状況では『お互いさま』が通用しませんよね。よって、子どもが出す音への寛容性が失われつつあると考えられます。

3つ目は『団塊の世代』の定年退職です。今まで日中に仕事に出ていた人たちが、家で過ごすようになって初めて「外はこんなにうるさいのか」と気づくわけです。コロナ禍で広がった在宅ワークも同様で、家で会議をしたり、換気のために窓を開けるようになって改めて学校からの音が気になるようになったのでしょう」

トラブルの原因は「騒音」ではなく「煩音」

八戸工業大学名誉教授で騒音問題総合研究所代表の橋本典久氏によると、ほとんどの「騒音トラブル」は、音量の大小ではなく、自分の心理状態や相手との人間関係が大きな要因だという。これについて、小野田氏は次のように語る。

「例えば赤ちゃんの泣き声や子どもがピアノを弾く音は、身内なら大して気にならなくても、他人にとっては耐えられないほどうるさく感じることがあります。心理的な距離からくる負の感情を克服するには、相手に誠意ある対応をしなければなりません。橋本先生はこれを、問題解決のためには技術的なアプローチが半分で、残りの半分は心のアプローチであるとして『半心半技』と表現しています」

誠意ある問題解決の前提として、地域住民が学校から受けている被害がどれほど苦痛なものかは本人にしかわからない点を意識すべきだと小野田氏は強調する。過去には、高齢の近隣住民が「エアコンの室外機の騒音に耐えられない」として高等学校を訴え、裁判に発展したケースもある。その住民は内職で生計を立てていたが、騒音で集中できず仕事を辞めることになったほか、睡眠障害や頭痛、じんましんなどを発症していたそうだ。

「イメージとして、学校との近隣トラブルで当事者となる住民は、社会のたった1%程度の存在です。その1%の人たちに対して、99%の部外者が『それぐらい我慢しろ』と非難しているのが現在の構図です。子どもたちが学ぶ権利もありますが、住民が平穏に生活する権利もあります。実際に前述の裁判では『学校の室外機の騒音は、原告住民の受忍限度を超えている』として、学校側に対応を命じる判決が下りました」

「学校が先にあった」「こちらが先に住んでいた」といった先住権や、「学校には公共性がある」という論理で錦の御旗を掲げれば、学校と近隣住民との関係性は冷え切り、不必要な事件が起きてしまう可能性もある。相手に気遣いや配慮を示し、丁寧に対話をすることが求められる。

クレームの約9割は理不尽な難癖や嫌がらせ

一方で、学校には日々さまざまなクレームが寄せられるが、ほとんどの場合は学校側も精いっぱいの対応をしているのが現実だ。「校庭の砂ぼこりが舞ってくる」と言われればスプリンクラーを設置し、「部活の声出しがうるさい」と言われれば防音壁を立てたり窓を開けずに活動させている。登下校中の話し声を分散させるため、学年ごとに通学路を分けた例もある。

「社会的な寛容性がなくなってきたうえ、残念ながら公務員バッシングの流れもあって、憂さ晴らしで文句をつける人もいます。一昔前と違い、電話やメール、ホームページの問い合わせフォームなど学校への連絡手段も増えました。その結果、より多くの意見が届くようになり、現在クレームの約9割は理不尽な難癖や嫌がらせなのです。未成年による犯罪が起こればすぐに学校が特定されてSNSで炎上し、無関係の人からも抗議の電話がきます。学校側も、本当に対応が必要なものかどうか見極めていく必要があります」

「探究学習」で子どもたち自身が問題解決を

近隣トラブルが起こった際、トラブルの真の当事者は子どもたちであることも多い。登下校や部活動でのマナーや音が論点の場合、住民に迷惑をかけているのも、そうした活動の必要性があるのも子どもたちだ。しかし、実際に住民に説明や謝罪をするのはほとんどの場合が教員だろう。生徒は、教員と住民によって一方的に自分たちの行動を規制されることになる。この状況について、小野田氏は「問題を生徒自身に投げかけるべき」と考えている。

実際に、生徒と近隣住民が直接話し合って着地点を決めた事例は存在する。2016年、長野県のとある高校で住民から「部活動の音がうるさい」という声が寄せられた際に、生徒の発案で地域住民と該当の部活動の部員による話し合いの場が実現したそうだ。これは、お互いの状況を理解したうえで折り合いをつけるという前向きな取り組みで、その翌年以降は教職員も交えた形で、現在までさまざまな議題で実施されている。

「学校で町内会に入会したり、学校菜園や行事で採れた野菜などを配ったりと、普段からコミュニケーションを取る方法はいろいろあります。運動会や文化祭の前も生徒自身が近隣へあいさつに回り、本番の日程や、練習のために音が出る時間帯をあらかじめ伝えておくことで、不要な摩擦を減らすこともできるでしょう」

日々のコミュニケーションで心理的距離を縮めていく
( 写真:Fast&Slow / PIXTA)

さらに小野田氏は、こうした近隣トラブルの解決を「総合的な学習(探究)の時間」で取り扱うことを提案している。

「『総合的な学習(探究)の時間』で扱う課題の例として、国際理解、情報、環境、福祉・健康などの諸課題や、地域や学校の特色に応じた課題などが挙げられています。トラブルや摩擦がつねに自分の身近に存在していることを意識し、当事者意識を持って取り組める題材として、学校の近隣トラブルはかなり適しているのではないでしょうか。近隣住民と仲良くなれ、というわけではありません。あくまでも問題解決のための具体的なプロセスや能力、人との関係性を学ぶことが大切です。今後のためにも、不要な摩擦を減らす人間関係や、物事の折り合いのつけ方を知る、よい機会になるはずです」

学校が、「必要性は理解するが自宅の近所にはつくってほしくない」いわゆる「迷惑施設(NIMBY)」と捉えられるようになって久しい。「ただ文句を言いたいだけ」というクレームも増える中、学校側は基準を設けて対応する案件を絞る必要がありそうだ。

一方で、学校や子どもたちが日頃から近隣住民とコミュニケーションの機会を持つことも手だ。お互いの心理的距離を縮めつつ、必要に応じて話し合いの場を持ちながら、相手への配慮や誠意ある姿勢を見せる。その際は、教員だけでなく、当事者である生徒自身が考えて、提案や交渉をすることも大切だ。時間はかかるが、学校も住民も同じ地域の一員であることを前提に、許容できる着地点を探らなくてはならない。

(文:中原絵里子、編集部 田堂友香子、注記のない写真:zon / PIXTA)