企業の課題解決に取り組む「探究学習」授業とは?

「探究学習」は、生徒が自ら課題を発見し、主体的に、あるいは他者と対話しながら答えを探っていく、教科を超えた横断的、総合的な学びを指す。変化の激しい社会の中にあって、探究的な見方や考え方を働かせ、自分の生き方を考えていける力を育むことが目標とされている。新学習指導要領の実施を契機に、全国の小・中・高校で「探究学習」を取り入れる動きが加速している。

大阪星光学院中学校・高等学校(以下、大阪星光学院)では、2022年から企業と連携したユニークな探究学習授業「星ゼミ探究+」を実施している。企業が抱える実際の経営課題に対し、生徒がビジネスプランを考え、提案するという実践的なプログラムだ。

協力しているのは、スタートアップのウェルタスと、その親会社である三井物産。生徒に与えられた課題は、ウェルタスが販売を開始したばかりの生活習慣病のリスクをスコア化する血液検査サービス「My Nightingale(マイナイチンゲール)」を日本に普及させるためのビジネスプランを考え、提案することである。

参加するのは、中学3年生から高校2年生までの希望者65名。12グループに分かれ、半年間かけて提案書を作成し、ウェルタスおよび三井物産にプレゼンテーションを行う。審査員を務める教員、ウェルタス、三井物産が評価し、3グループを選出。選ばれたグループは、東京の三井物産の本社で役員らを前にプレゼンテーションを行い、最終的にプランが採用されれば、ウェルタスで実行されるというものだ。

3月、授業はまず企業やサービスを知るところから始まった。ウェルタスの社員が講師として自社についてレクチャー。続いて、マーケティングやプロモーションについての基礎知識を学習する。コカ・コーラとペプシコーラを例に、それぞれの企業のマーケティング戦略を比較するなど、実践形式で授業は進んでいった。4月に入り新学期が始まってからは週1回、放課後にミーティングの時間を設定。グループごとに集まって、リサーチやマーケティング戦略作りに取り組んだ。

3月にスタートした「星ゼミ探究+」。放課後などにグループごとに集まって、リサーチやマーケティング戦略作りに取り組む

ビジネスや経営を学べるプログラムをつくりたい

「実社会におけるビジネスとはいったいどのようなものか、またそこではどんな力が必要とされるのか、生徒たちに肌で感じてほしいと考えています」

今回の探究学習授業を発案・担当する大阪星光学院・数学科教諭の小島敬氏は、そう狙いを語る。新しいプログラムをつくるきっかけになったのが、中学3年生から高校2年生までを対象に、毎週土曜に開催している特別授業「星ゼミ土曜講座」だった。

小島敬(こじま・けい)
大阪星光学院中学校・高等学校 数学科教諭

「以前から星光学院では、社会との接続を意識させることを目的に、卒業生を中心に多様な分野で活躍する社会人を招き、講演していただいています。そこで講師の方とお話しする中で、ビジネスや経営、マーケティングについて実践的に学ぶプログラムをつくれないかと思い立ったのが、始まりでした」

加えて、もう1つ問題意識があった。「本校は理系志望者が多く、例年だと4クラスのうち1クラスが文系。必然的に特別授業やイベントも理数系に偏りがちです。文系分野の面白さを知ることができる、また文系の生徒も力を発揮できる機会を増やしたいと思っていました」。

それまで大阪星光学院では、全学的な「探究学習」は行われておらず、今回のプログラムは教員にとっても挑戦的な試みだった。

「当初はパワーポイントの使い方やリサーチの仕方といった初歩的なレクチャーも必要かもしれないと思っていましたが、取り越し苦労でした。生徒たちは、教えたわけでもないのに自分たちで調べてパワーポイントの使い方を難なくマスターし、私も驚くような提案書やプレゼンテーション資料をまとめあげてきました」

まさに「探究学習」が目指す「主体的・対話的で深い学び」が実現したわけだが、こうした学びがスムーズに進んだのには理由がある。関西では屈指の進学校として知られる同校だが、知識習得だけでなく、多様な学びを充実させていることでも定評があるのだ。

代表的なのが、中高6年間で約100日間にも及ぶという合宿だ。長野県と和歌山県に宿泊可能な学舎を保有し、生物調査や農園見学などの体験学習、勉強合宿などを実施している。コロナ禍で影響は出ているものの、感染状況を見ながら可能な限り今も実施している。

「寝食を共にし、協力して活動や勉強に取り組む中で、一致団結して目的に向かって進んだり、主体的に行動する力が養われます。グループで何かに取り組むときに生徒たちが発揮する力は、こうした経験から育まれています」と小島氏は明かす。

企業を相手にプレゼンテーション

「星ゼミ探究+」の真骨頂は、生徒が教科学習では出合わない難しい課題に直面し、持てる力を総動員して自分たちでそれを解決しようと奮闘するところにある。

4月に行われた第1回発表会。各グループがまとめたアイデアをお互いに発表し、質疑を行うことで理解を深めた

5月に行われた中間発表。各グループが練り上げたプランは、教員やウェルタスから厳しい評価が下された。

「どのグループのアイデアも似通っていて、面白味がない。クライアントであるウェルタスの方からも『もっと斬新なアイデアが欲しい』と指摘を受けました。生徒たちは論理的に考える力は高い。けれど、そうしたセオリーを一度離れて、思い切ったアイデアを出したうえで、それを論理的な戦略に結び付けていくという非常に難しい課題に挑戦させました」

中間発表から2カ月余りを経た7月下旬、大教室でプレゼンテーション大会が行われた。各グループの発表は、目を見張るほどの変化を遂げていた。

「ゴルフ場で体験会を実施する」「ゲーム会社と健康ゲームを共同開発する」「保険会社とコラボレーションする」「自治体の健康増進事業と提携する」など、提案はバリエーション豊か。単なる思いつきを発表するのではなく、緻密な現状分析や詳細な経費計算を行ったり、企業に電話でヒアリングして裏付けを取るなど、斬新なアイデアを実現可能なプランにするための健闘の跡が見て取れる。

何より目を引いたのは、生徒一人ひとりが前向きに楽しんで取り組んでいることだった。「中間発表後、グループメンバー全員で数えきれないほどアイデアを出した」「面白いアイデアが浮かんだけれど、調べてみると実現できないことがわかって、最初から練り直すことになったが、諦めずにアイデアを出し続けた」など、生徒たちの声からは全員がとことん課題に向き合ったことが伝わってきた。

生徒を子ども扱いしない対等な目線が成長を促す

「教員も企業の方も、生徒を子ども扱いせず、対等な視点で評価することで、生徒も甘えることなく真剣に取り組み、成長につながったのではないか。生徒一人ひとりにとっても大きな自信になったと思います」(小島氏)

中間発表から2カ月余りを経た7月下旬に大教室で行われたプレゼンテーション大会

連携した企業も、生徒たちの意欲あふれる学びの姿勢や、若々しくも実効性のある提案に、大きな刺激を受けたようだ。今月、最終的に選ばれた3グループが東京の三井物産本社でプレゼンテーションを行う予定だ。そして来年度以降も、内容や形式をブラッシュアップさせながら継続していく方向で話し合っているという。

「社会や将来の仕事の一端を知り、社会との接続を意識するという点においても、従来のように社会人から話を聞くだけでなく、生徒自ら実践を通じて学ぶことの重要性を実感する機会になりました。今後、新たな『探究学習』授業を増やしていくことも計画しています」と小島氏も手応えを語る。

大学受験を控えた高校教育の現場では、ともすれば学力向上に偏重しがちだ。保護者の期待が高い進学校となればなおさらだが、今回の「星ゼミ探究+」は探究学習の好事例になるかもしれないという。こうした課題に主体的に向き合う探究学習を通じて、自分のやりたいことや強みが見えてくることも多い。それは進路選択だけでなく、将来を考えるうえでも役に立つのではないだろうか。

(文:笈川真樹子、写真:大阪星光学院提供)