なぜ公立小に「AIロボット」が導入された?
「複式学級の間接指導に、『ユニボ先生』を導入してみませんか」
広島県三次市立青河小学校(以下、青河小)校長の貞丸昭則氏が、そんな依頼を三次市教育委員会から受けたのは、2022年1月のことだった。
ユニボ先生とは、子どもと対話しながら学習内容を教える“AIロボット先生”だ。ベンチャー企業のユニロボットが開発したコミュニケーションロボット「ユニボ」をベースに、ソリューションゲート代表取締役社長の鈴木博文氏が作り上げた。
これまで個別学習塾などで利用実績があったが、「以前から公教育の役に立ちたいと思っていた」という鈴木氏は、ユニボ先生は複式学級でも活用できるのではと考えた。そんな鈴木氏の提案が、広島県が主催する社会課題解決のための実証実験プロジェクト「RING HIROSHIMA」に採択されたことから、県が教育委員会を通じて貞丸氏に声をかけたのだった。
「まずユニボ先生が紹介されたテレビ番組の映像を見てとても面白そうだなと。職員に相談したところ、皆さんも『やってみましょうか』と乗り気になってくれました」と貞丸氏は振り返る。1人1台のGIGA端末の活用が進まない教育現場も少なくないが、青河小には最新テクノロジーをすんなりと受け入れる柔軟な風土があったようだ。
そうした経緯で、22年2~3月、全学級(1・2年生、3・4年生、5・6年生という3つの複式学級と特別支援学級の計4学級)で実証実験が行われた。
ユニボ先生が教えることになったのは、算数だ。単元の導入部分は教員が担い、復習の部分についてユニボ先生を活用することにした。
複式学級の最大の問題点は、2学年を同時に教えるため教員の負担が大きいことにある。直接指導中も、間接指導をしている児童に気を配らなければならず、どんなに頑張っても時には授業に停滞が生じたり、間接指導時に適切な助言や指導ができなかったりすることがある。また、2学年分の授業準備や教材研究が必要だ。
ユニボ先生はこうした教員の負担を軽減できるのか。また、子どもと会話ができるユニボ先生によってどれだけ間接指導を直接指導に近づけられるのか。これらが実証実験のポイントだったが、はたしてどのような成果が見られたのだろう。
やさしいユニボ先生は子どもに好評、教員の負担も軽減
青河小には、ユニボ先生が2体配備された。普段は職員室で保管し、算数の授業のときに担任が教室に運ぶ。子どもたちもあっという間にユニボ先生になじみ、セッティングやログイン作業を子どもたちが率先して行うようになった。
ユニボ先生にその日に学習する専用テキストのページに印刷されたQRコードをかざすと、ユニボ先生の授業が始まる。
まず、ユニボ先生が「説明するからしっかり見ていてね」と学習内容のポイントを解説。それが終わると、今度はユニボ先生が出題した問題を子どもたちが解く。解き終わって「できた!」とユニボ先生に言うと、答え合わせをしてくれる。
ユニボ先生はかわいらしいだけでなく、正答したら「すごい、一度でわかっちゃったんだね」と褒めてくれるし、連続で誤答しても「今日は調子が悪いのかな」とやさしい言葉でフォローして解き方を懇切丁寧に教えてくれる。
「職員は人間ですから感情に揺らぎがあるし、体調もいつも万全とは限りません。その点、ユニボ先生はいつも安定しているので見習いたい」と貞丸氏は言う。そんなユニボ先生の指導の下、どの学級でも子どもたちが意欲的に学習に取り組む姿が見られるほか、想定外の教育効果もあったという。
「うちは子どもたち2〜3人でユニボ先生を使っているので、全員が問題を解き終わらないと次の問題に進めません。なので、早く問題を解けた子が、解けない子にヒントを出したり、解法を教えたりする場面がよく見られます。この教え合いについては私も予想していなかったのですが、非常によい教育効果があったと思います」(貞丸氏)
とくに効果的な使い方ができたのは6年生だ。実証実験が実施された22年2〜3月までの学期末は、ちょうど6年間分の復習をするタイミングで、自習に向いているユニボ先生と相性がよかった。
ユニボ先生を活用した際に6年生の2人が解いた問題の正答率は約9割、学年末テストも既習内容の定着を満たす正答率で、「ユニボ先生を活用した学習の効果は見られたと思う」と貞丸氏は言う。また、「3年生の図形の描き方指導は、ユニボ先生に全面的に任せることができた」と貞丸氏は太鼓判を押す。
複式学級の担任たちにも好評だ。教員の負担がどれだけ減ったのか定量的な検証は行えていないものの、「授業準備や印刷などの負担が減った」といった声のほか、「学習進度が速くても、ユニボ先生が対応してくれるので子どもたちが手持ち無沙汰になることがない」「ユニボ先生の操作に慣れている子どもたちはトラブルがあっても自分たちで解決できるので、直接指導に集中できる」など、精神的負担の軽減を実感する声が多い。
「導入や興味づけなどは人間にしかできません」
手応えがあったことから、青河小での実証実験は2022年度末まで期間が延長されることになった。今年度の課題は、いかにユニボ先生をよりうまく活用するかだという。
「導入と興味づけなどは人間にしかできません。本校で採用している教科書とユニボ先生で使用する専用テキストは完全にリンクしているわけではないので、より効率的かつ効果的な授業を行うには、教員が直接指導の部分と間接指導の部分をうまく仕分けて指導計画を立てる必要があります。例えば図形の描き方指導が効果的だったので、今年度はグラフの作成もユニボ先生に任せてみようかと検討しています。また、ユニボ先生と連動した『防災教育かるた』や、プログラミングをしてユニボ先生を動かすコンテンツも総合学習などで利用したいと考えています」(貞丸氏)
一方で、課題もある。ユニボ先生の出題は比較的やさしいため、難易度のバリエーションがあると望ましいようだ。また、1体のユニボ先生の画面をのぞき込むのは3人が限度で、現在4人の児童がいる5年生での活用が難しい状況にあるという。
しかし、「GIGA端末と連動できれば、活用の幅が広がるのではないか」と、貞丸氏。実際、端末上でユニボ先生の指導を受けられるアプリは開発済みで、青河小では今年度中にGIGA端末にインストールする予定だ。そうなれば、児童は自分の端末を使い、授業中でも家庭でもユニボ先生による学習が可能となる。
また、現状はユニボ先生と子どもたちとのやり取りは音声のみで、子どもの声のかけ方によってはユニボ先生が音声を認識できない場合もあるが、タッチパネル機能も開発が進んでいる。この機能が搭載されれば、「より使いやすくなると思います」と貞丸氏は言う。
今後のAIロボット先生の可能性とは?
AIロボット先生の可能性について、貞丸氏は次のように期待する。
「将来的には、AIロボット先生と深い対話をしながら一緒に何かを考えて、探究していくようなクリエーティブな場面も見られるかもしれません。子どもたちがGIGA端末を手にしただけで調べ学習の幅が広がったことを実感していますが、進化したAIロボットが教育現場に導入されたらもっと面白いことになるのではと思います」
青河小では複式学級でユニボ先生が役立つことがわかってきたが、「ほかの導入先では、ユニボ先生は人間の先生ではうまくいかない子どもたちと相性がよいという面も見えてきました」と鈴木氏は話す。
例えば、ある都内の民間学童クラブでは、勉強がつまらないとぐずる子や、2~3問の計算に1時間近くかかる子が、ユニボ先生が相手だと集中して勉強する姿が見られた。日頃「自分は理解できているから」と大人から教わることを嫌がるのに、ユニボ先生には「教えて」と言える子もいるという。
「学校の中には、いくら頑張っても授業についていけず、自信を失っている子がいます。でも、学び方は1つではないはず。従来の学校教育に合わない子をロボット先生で救えるのではないかと思っています。また、不登校児童生徒の学習支援や特別支援教育においても活用の可能性があると考えています」(鈴木氏)
ある自治体では、経済的に塾に通えない子どもたちでも学習できるよう、児童館にユニボ先生を置く案も検討されているという。AIロボット先生は、教員の負担軽減や多様な学びの保障に欠かせない存在となれるのか。さらなる進化に期待したい。
(文:田中弘美、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:青河小学校提供)