高校教員に信者が紛れるケースも、時期学年を問わず狙われる

太刀掛俊之(たちかけ・としゆき)
大阪大学キャンパスライフ健康支援・相談センター教授
日本脱カルト協会 理事
(写真は本人提供)

大学におけるカルト宗教の動向について、大阪大学でカルト宗教対策の予防・啓発を専門に担うキャンパスライフ健康支援・相談センター教授の太刀掛俊之氏は次のように語る。

「キャンパス内での勧誘は減少傾向にあり、SNS勧誘が増加していると思われます。実際、とあるカルト内ではSNS活用の勉強会も開かれているようです。素性を隠してSNSでコンタクトを取り、リアルでさらに距離を縮めるという『ハイブリッド手法』がはやっていて、従来の履修相談や自己啓発系のダミーサークルに加え、留学・就活・SDGs関連のイベント、オンラインサロンなど幅広い入り口が用意されています」

これまで多くの大学が、信仰の自由を尊重するためカルト宗教の問題には踏み込んだ対応をしてこなかった。しかし昨今の状況を受け、大学側も「正体を偽っての勧誘」については、むしろ学生の信仰の自由を妨げるものとして対策に取り組み始めている。一方で、大阪大学のように学内にカルト宗教対策の専門ポストを置くケースは全国的にも非常に珍しい。

「活動内容は、新入生を対象とした啓発講義「大学生活環境論」の実施、学内で実際にあった勧誘を紹介するショートムービーの作成、学内看板等による注意喚起、学生からの相談受け付けなどさまざまです。ここ数年はカルト宗教の社会問題化で勧誘が難しい状況にありましたが、親が信者である『宗教2世』の若手が勧誘の担い手となっています。彼らは基本的にダミーサークルを拠点としており、初手で見破るのは非常に難しい。サッカーやバレーボールなどスポーツ系サークルの形を取っている場合もあります。人間関係をつくり込んだ頃に合宿などが用意され、閉じた環境下で完全に取り込まれます。また、あれこれ理由をつけて『親や周りには言わないように』と口止めも欠かしません」(太刀掛氏)

例えばサッカーサークルを謳っていても、SNSの投稿が人生や生き方に関するものばかりだったり、「パスの習得」ではなく「パスから何を学ぶか」という視点で活動している場合には警戒が必要だという
( 写真:kou / PIXTA)

かつて、勧誘のターゲットで目立つのは新入生だった。SNSで「#春から〇〇(大学名)」をキーワードに近づいてくるケースは現在も多い。しかし最近は、就職活動をする大学3・4年生や、最初のサークルを抜けた大学2年生など、時期や学年を問わず接触のタイミングがあるのが実情だ。そしてついに、その対象は高校生にも広がり始めているという。

「予防啓発に取り組む大学が出てきたことで、今では高校生もターゲットになっています。憧れの大学の先輩から勉強を教わる名目でコミュニティーに勧誘されたり、大学生活や将来を考える相談会で接触されたり。中には、高校の先生に勧められたサークルがダミーサークルだったという事例もあり、高校内部や身近な大人の中に信者が紛れている可能性もあるのです」(太刀掛氏)

元の生活を取り戻すには活動期と同じだけ時間がかかる

一度深入りしてしまうと、脱退も一筋縄ではいかない。

「一般的に、回復には活動期と同じくらい時間がかかるとされます。1年間入会していた場合、元の生活を取り戻すにはさらに1年が必要です。人間関係を断ち切れたとしても、脱退者は地獄に落ちるなどと刷り込まれ根強い恐怖心が植え付けられており、特別なフォローが求められます。例えば、同じ脱退者のピアサポートや脱退支援者のケアを受けたり、あえて聖書の正しい解釈を学んで誤認を解いたり。大学がここまで支援をするのは難しいので、弁護士やサポーターを紹介するなど複数の選択肢を提示しています」(太刀掛氏)

では、勧誘を受けやすい学生に共通する特徴はどのようなものか。

「性別や学年に関係なく、キャンパス内に1人でいることが多くて、意識が高いまじめそうな学生が狙われる傾向にあります。同郷出身、同じ高校出身などさまざまな糸口から関係性をつくり、接触してくるケースが多いと見られます」

そう語るのは勧誘の手口に詳しい立正大学心理学部教授の西田公昭氏だ。

西田公昭(にしだ・きみあき)
立正大学心理学部教授
日本脱カルト協会 代表理事
(写真は本人提供)

「いつの時代も、大学生には心の隙間があります。『実家や親から自立しなければ』と焦る中で、自分の生き方を考え、人生の意義を探究する時期だからです。今こそ自分のアイデンティティーを確立しなければと思うのに、受験競争から抜け出した途端、スマホ、ゲーム、バイトにコンパにと飛ぶように時間が過ぎていく。まじめな人ほど、こうした自分を責めてしまいます。カルト宗教はそんなときに『一緒に生きる意味を勉強しない?』と持ちかけてくるのです」(西田氏)

答えを求めてもがいていたところに、宇宙の始まりから生まれた意味まで巧みな話術で力説されれば、ふと「そうかもしれない」と思ってしまう。考えるだけの時間的余裕があることも相まって、ネットで調べるほどに人生に不安が募り、まじめゆえに、次々とくる誘いを断りきれずどんどん抜け出せなくなってしまうのだ。

実は、カルト宗教にとって大学生はもっとも欲しい“労働力”でもある。とくに偏差値の高い大学の学生は影響力があり、インフルエンサーとしての価値もある。

「カルト宗教には具体的な勧誘戦略があり、有力大学の学生を集中的に勧誘した時代もありました。女性信者が色仕掛け的に勧誘していたこともあります。それが今ではオンラインサロンやSNS勧誘など手口が増え、より巧妙化しているのです」(西田氏)

心理学に裏付けられた勧誘術はかわせない、「断る練習」も大事

では、実際に勧誘された際、学生はどう対処すればいいのだろうか。

「相手をしないことがいちばんです。中途半端に話を聞けば、相手の術中にはまって振り払えなくなります。勧誘側は元気がよくて勢いもあるし、褒めてくれたり親身になってくれたりと気持ちよくもさせてくれるため、どうしても脇が甘くなってしまうのです。もちろん、論破しようと挑戦するのは論外であり、むしろ相手の思うつぼ。逆に丸め込まれる可能性が高くなります。結局のところ、耳をふさいで関わらない毅然とした態度を示すことが重要なのです」(西田氏)

カルト宗教の勧誘手口は人の心理にうまくのっとっており、社会人でも勧誘をかわすことは困難だと西田氏は指摘する。

「人間、感じのいい人や魅力的な人の話は断りにくくなるものです。見た目がよく、笑顔で近づいて来て、自分に関心や好意を示してくれ、さらに何らかの共通点(大学や地元など)があったり悩みを受け入れてくれるとなれば、学生には太刀打ちできません。これは営業のテクニックとしてビジネスでも使われる手法で、心理学でも理論化されているものです。前もって手口を知り、勧誘されても相手の話を聞かない、コミュニケーションを取らないことを心がけなければなりません。なかなか機会はありませんが、断る練習をしておくことも大事。誰にでも親切に対応する必要はないのです」

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(写真:takeuchi masato / PIXTA)

「わかりやすいもの」に飛びつかず、答えがない状態に耐えて

それでは、もし勧誘を断り切れず、活動に参加してしまった場合はどうすればいいのか。

「勇気を振り絞って断るか、あるいは、しかるべき窓口に相談してください。ただ、当人よりも周囲がなるべく早く気づいてあげて、カルト宗教が隠している情報や嘘を教え、当人に離れる意思決定ができた段階でしっかり支援することも必要です。居場所となる新たな受け皿がないとどうしても離れられないものです。大学側は、カルト宗教で休学・退学した学生の再受講を認めたり、専門カウンセラーを配置するなどの対策をしてほしいです」(西田氏)

太刀掛氏は周囲が気づくポイントとして、「高揚感に満ちていたり、急に行儀がよくなったりする」と指摘する。家族は日頃からコミュニケーションを密にすることを前提に、帰省時には普段の生活について気にかけて知ろうとすることが大切だそうだ。

幅広い手口で迫ってくるカルト宗教。最後に改めて、学生たちが日頃から注意すべきことを太刀掛氏に聞いた。

「『情報』『相談』『わかりやすいものに飛びつかない』の3つです。まず、サークルやイベントに誘われたら、誰が主催しているのか情報をしっかりと確認してください。ほとんどは主催団体が伏せられているため、ちょっとでも違和感があれば周囲に相談します。その違和感は大体正しいです。相手は、周囲に相談されたり調べたりされることを嫌いますが、彼らが使った言葉をネットで検索し、特定のカルト団体と類似していないかもチェックしてみてください。その際、上のほうに出てくるサイトはカルト宗教が先回りして用意したコンテンツであることが多いので、検索結果の後ろのほうまで見るようにしましょう。

最後に、わかりやすいものにすぐに飛びつかないこと。善か悪か、敵か味方かなど、二元論はカルト宗教の考え方と親和性が高い。社会的不安を抱えていると、簡単な考え方やスッキリした解答に魅力を感じてしまいます。しかし、世の中には正解がないものがたくさんあります。「ネガティブ・ケイパビリティ(Negative Capability)」といって、答えが出ないものに耐える力が必要です。人生の中で、答えのない問いにどれだけ向き合うことができるかも大切にしてほしいのです。いずれにせよ、勧誘の手口を知り、ちょっとでも変だと感じたらすぐ周囲に相談する。そうした基本をしっかり守ることが大事だといえるでしょう」

(注記のない写真:keyphoto / PIXTA)