外国にルーツを持つ子どもたちの多い町

神奈川県愛甲郡愛川町は、外国人比率の高さで神奈川県トップとなっている。愛川町の人口は3万9570人(2023年4月1日現在)で、そのうち外国人住民が3220人を占めている。つまり、「12人に1人が外国人」の町なのだ。

外国人が多い理由は、近くの内陸工業団地にある。旧日本軍の相模陸軍飛行場だった土地は戦後に開拓農地となったが、工業団地造成の機運が高まり、1966年に土地造成事業が完了した。

以後、多くの企業が進出している。それに伴う労働力として外国人が頼りにされ、愛川町でも外国人の住民が増えてきたのだ。新型コロナウイルス感染症の影響で外国人の流入は鈍化していたが、規制が緩和される中で、また増加傾向にあるという。

そうなると当然、町内の小中学校では「外国にルーツを持つ子どもたち」が多い状態となっている。日本語のわからない子どもたち、生活文化が日本人とは違う子どもたちへの対応を、学校は強いられるのだ。

全校児童の25%以上が外国にルーツを持つ子どもたち

愛川町立中津小学校は、町内の小学校の中でも外国にルーツを持つ子どもたちの多い学校である。「2023年度の全校児童数が434名で、うち112名が外国にルーツを持つ子どもたちです」と説明してくれたのは、同校教頭の粟根幸子氏だった。全校児童に占める外国にルーツを持つ子どもたちの割合は、25.8%にも達している。

112名が同じ国にルーツのある子どもたちであれば、まだ指導しやすいかもしれない。しかし、そうはいかない。「つながりのある国は18カ国です」と、粟根氏。フィリピン、ブラジル、ペルーにつながる子どもたちが比較的多いが、パキスタンやスリランカ、ドミニカ共和国といった国をルーツとしている子どもたちもいる。

「外国籍であれば入学前に把握できて教職員も心の準備ができたりしますが、外国にルーツを持ちながら日本国籍の子どもたちもいます。入ってきて初めて、外国にルーツを持っているとわかるわけです」(粟根氏)

そうした外国にルーツを持つ子どもたちと、どう学校は向き合っているのか。言葉については、日本語指導教室である程度の対応はしている。しかし、一日中、日本語指導教室で過ごすわけではない。多くても2〜3時間、日本語指導教室で指導を受け、それ以外の時間は日本人の子どもたちと同じクラスで同じ授業を受けることになる。

「教室で、子どもたちは困っていると思います。それでも言葉の問題があったりして、『困っている』と言えない。だから、大人が察知してあげることが大事になります。それには、『困っている子どもたちがいる』という視点を持つことが必要です。そういう視点がないと、見過ごしてしまいます」。粟根氏は、さらに続ける。

「当校の教員たちは、そこを意識するようにしています。しかし、簡単ではありません。まだまだ、発展過程です」

ピンポイントではなく面のインクルーシブ教育

これだけだと、外国にルーツを持つ子どもたちを特別扱いしているにすぎないとも思える。その疑問に、愛川町教育委員会指導室の室長・菅沼知香子氏は次のように答える。

「外国にルーツのある子どもたちが多いのも事実ですが、最近では発達障害など『特別な支援を要する子どもたち』が非常に多くなってきている現実もあります。外国にルーツのある子どもたちと同時に、そうした子どもたちへのサポートも必要になってきています。そのために愛川町では、2年ほど前から『インクルーシブサポーター』を配置しています」

障害の有無や性別、性的指向、人種などの違いを認め合う、共生しながら一緒に学ぶインクルーシブ教育が、最近ではクローズアップされつつある。外国にルーツのある子どもたち、特別な支援を要する子どもたちへの対応は、まさにインクルーシブ教育である。さらには不登校も含めて、学校にいづらさを感じている子どもたちなど、さまざまな問題を抱えている子どもたちへの対応も、インクルーシブ教育である。菅沼氏が続ける。

「支援が必要な子どものために配置される人たちは『介助員』と呼ばれていることが多いようです。しかし愛川町では、『インクルーシブサポーター』と名付けています。介助員というと対象の子の面倒だけを見ていればいいと解釈されますが、インクルーシブサポーターは対象の子だけでなく、困難な場面で困っている子どもたちをサポートすることになっています。そこには外国にルーツを持つ子どもたちや特別支援の子どもたちだけでなく、日本人の普通の子どもたちも含まれています。つまり、特定の子だけを対象にするスポットのインクルーシブ教育ではなく、『面のインクルーシブ教育』です」

例えば、図工ではさみを使う場面があって、はさみが苦手な子がいたとする。その子は、支援が必要な子ではない。その場面に、外国にルーツを持つ子の対応でインクルーシブサポーターが入っていたら、その子もちょっと助けてあげるのだ。普通だと「自分の仕事ではない」ということになりがちだが、面のインクルーシブ教育の考えでは手を差し伸べて当然となる。それによって、外国にルーツのある子どもや特別支援の子以外も、学びを深めることができる。誰もが共生する場面にできるのだ。

「そのように、インクルーシブサポーターが機能的に動けるようになればいいな、と思っています。まだ浸透していると言える状況ではありませんが、その方向性で進めていこうとしています」と、菅沼氏は話す。

授業を混乱することにもなっている

発展途上であることは、中津小学校の粟根氏も次のように認める。

「当校のように外国にルーツを持つ子が多いと、1つの授業に複数のインクルーシブサポーターがいるといったこともあります。そのサポーターたちが周囲に勝手に教えるので授業が成り立たないという場面を、私も何度も目撃しています。インクルーシブサポーターに効果的に働いてもらって深い学びにつなげるには、インクルーシブサポーターに担ってもらいたい役割を事前に担任が説明しておくなどの配慮が必要です。それが完璧にできているとは、まだ言えない状況です」

愛川町のインクルーシブサポーターは、小学校6校で1週間当たり120日分が配置されている。単純計算では1校当たり1週間に20日分、つまり20人のインクルーシブサポーターが入っていることになる。ただし、外国にルーツのある子や支援が必要な子の数といった学校の状況によって配置される人数が違う。1人が複数の学校に入ったりもしているので、120人のインクルーシブサポーターがいるということではない。

中学校は愛川町に3校あるが、1週間当たり40日の配分となっている。小学校同様、配置の状況は、学校の状況によって違う。

ともかく、これだけのインクルーシブサポーターを配置しながら面のインクルーシブ教育に取り組んでいるのは、外国にルーツのある子どもたちが多いという環境で、インクルーシブ教育を考えざるをえなかったからだといえる。そして、面のインクルーシブ教育は広まりつつある。

インクルーシブで変わる教育

愛川町には、外国にルーツのある子どもたちが全校児童の25%以上を占める中津小学校のような学校もあれば、かなり比率の低い学校もある。半原小学校では、外国にルーツがあって国際教室(日本語指導教室)での指導を必要としている子は5人でしかない。

「この5人は外国籍だということです。当校はそうでもないのですが、日本国籍であっても外国にルーツがあって支援の必要な子は他校だと多くいます。そして、不登校や発達障害などの子が増えているのは、当校でも同じです。通常学級(通級)の子でも、気配りが必要な状況は増えていると思います。インクルーシブ教育が求められています」と、半原小学校校長の佐野昌美氏は言う。

そして同校は、愛川町のインクルーシブ教育の研究校になっており、教育委員会が言うところの面のインクルーシブ教育を推し進めている。その同校のインクルーシブ教育を教育相談コーディネーターという役割で引っ張っているのが、斉藤美香氏である。

「私は赴任して今年で4年目ですが、その前からインクルーシブ教育に対する教員の関心度は高く、取り組みの質も高いと思っています」

外国にルーツのある子どもたちの数は少ないとはいえ、愛川町にある学校として、その問題と向き合わなければならない環境が大きかったはずだ。そして、支援の必要な子が増える中で、その意識は強くなってきたともいえる。インクルーシブを意識する中で、教員の授業の進め方も変わってきたという。斉藤氏が続ける。

「教員が児童に質問するとき、『言葉だけではわかりにくい子がいるのではないか』という発想をします。そこで、質問を文字にもしたりして改善しています。説明の仕方も、例えば絵を描く授業で『ちゃんと塗りなさい』という説明より、『白いところが残らないように端まで塗りましょう』という説明のほうが伝わるよね、といった話を教員間でよくします。音が気になる子には教室の静かな席を選んであげたり、黒板に書かれたことをノートに写すのが苦手な子には『iPadで撮影していいよ』といった指導を心がけます。そうした授業改善を積み重ねていくことで、誰もが学びやすい環境をつくっています」

そして半原小学校では、異学年交流も意識的に、積極的に行われている。佐野氏が説明する。

「1年生と6年生で学校探検をやりました。6年生が1年生に学校案内をするわけです。すると普段は教室に入るのが困難な6年生が、1年生と手をつないで学校の中を歩いているということが起こりました。『ニコニコ(2525)プロジェクト』というのもありまして、5年生が2年生を幸せにするプロジェクトです。勉強を教えたり、読み聞かせをしたり、一緒に遊んだりしていました。そういう中で、問題のある子も問題のない子も楽しめるようになっています」

半原小学校では、学校が誰にとっても「居場所」になっている。まさに、共生である。インクルーシブ教育というと外国にルーツを持つなど特別な子だけを対象にしていると考えられがちだが、実は、すべての子どもたちのためのものだ。必要とされているのは、特別な支援が必要な子も含めて、すべての子どものためになるインクルーシブ教育である。

(写真:Pangaea Pangae/de PIXT9)