「部活動改革なくして働き方改革なし」変化は当然の流れ

学習院大学文学部で教えながら、「改革仕掛人」として部活動の現場を見つめ続ける長沼豊氏。昨今の動きについて「部活動改革なくして働き方改革なし。これは当然の流れです」と断言する。もはや教員による部活動指導の維持は限界を迎えているとし、メスを入れるべき問題点は大きく2つに分けられると説明した。

「問題の1つ目は、そもそも教員の残業を前提とした時間設計になっていることです。国は教員の残業の上限を月45時間としていますが、部活動ガイドラインのとおりにやったとしても、その時点で残業が44時間になる計算です。勤務時間の上限時間を超えずに部活動の指導をすることは、私はできるはずがないと思います。2つ目の問題は、過熱した部活動は子ども主体のものではないということ。勝利至上主義による軍隊式指導の部活動は、もはや教育活動ではありません。勝ち負けにこだわらず、純粋に楽しみたい子どもへの寛容さもなくなってしまいます」

前者は教員にとって、後者は子どもにとってよくない点だろう。また、部活動の指導に当たる教員の半分は自分が経験したことのないスポーツなどの担当をしており、不慣れな指導では教員・子ども双方にとっても効率が悪い。「教員数の問題もあるが、全員顧問制は即刻やめたほうがいい制度」だと長沼氏は断じる。

「文科省が『部活動の適正化』を掲げたということは、つまり現状が適正ではないということです。本来は子どもたちのためのものである部活動が子ども主体でなくなっていること、教員に無理な働き方をさせる前提で設計されていること。これまでが異常だったのだということに気づいて、価値の転換を図る必要があるのです」

では部活動のあるべき姿とはどんなものだろうか。長沼氏は、コロナ禍が1つの方向を示したと語る。全力で取り組みたい子どもたちにとってはもちろん大きな苦難だったが、一方で、休校期間中の活動には希望を感じたそうだ。

「大人数で集まることが難しい状況下、多くの子どもたちは、過去の大会や有名選手のトレーニングなどの動画を活用し、各自で練習に励みました。SNSでも連絡を取り合って情報を共有し、自分たちで主体的に工夫して取り組んだのです。これは活動時間の量が確保できなくても、やり方次第で質を保つことができるという好例でしょう」

長沼氏は、適正化すべきは主に中学校と高校の部活動だと指摘する。この世代では部活動単位の大会やコンクールがあるため、活動が過熱しやすく、行き過ぎた指導が発生しやすい。

「例えば、神奈川県立希望ヶ丘高校では、生徒が自分たちで部活動の顧問を探さなければいけないという仕組みがあります。顧問は1年契約制で、教員自身も子育てや介護など、自分の生活を尊重しながら生徒に条件を出すことができます。折り合えず顧問が見つからなければその年は廃部。厳しいようですが、これこそが子どもの自主性に任せるということではないでしょうか」

理想的な形を挙げながら、長沼氏はさらに「改革のヒントは小学校と大学にある」と続ける。授業の枠組みの中で行われる小学校の必修クラブでは、教員はあくまで助言指導と監督責任を果たす程度。子どもたちは互いに相談したり、6年生が下級生を指導したりする傾向が強いという。

また、大学のサークルは学生主体の活動そのものだ。特定のスポーツの強豪校であっても、同じ学内に、同じ競技をのんびり趣味として楽しむ別のサークルも存在する。やりたい人がやりたい楽しみ方で、主体的に取り組む。中高の部活動もこうした形になるといいと長沼氏は語った。

長沼 豊(ながぬま・ゆたか)
学習院大学文学部教育学科教授
大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了、博士(人間科学)。2013年の学習院大学教育学科開設に携わり、その後も教員養成に尽力。日本特別活動学会理事・顧問、日本部活動学会副会長、日本ボランティア学習協会理事、日本シティズンシップ教育学会副会長、一般社団法人生徒会活動支援協会顧問、板橋区教育委員会委員などを歴任。現在は教科外教育(特別活動、部活動、ボランティア学習、シティズンシップ教育など)を中心に研究している
(写真:長沼氏提供)

部活動の維持は、もはや学校レベルでは対応できない問題

長沼氏が提唱しているのは単なる「地域移行」ではなく、「部活動の地域展開」だ。

「現状の学校の部活動を、そのままの形で地域に移すことはできません。地域に指導できる人材がいるとは限らないからです。指導者や活動場所を確保するためにはお金がかかるので、地域展開をした部活動は有料化されるでしょう」

金額にかかわらず、これまで無料だったものが有料になることは、なかなか受け入れられないかもしれない。保護者にはまず、無料である今の仕組み自体に問題があると理解してもらうことが重要だ。また、長沼氏は地域展開に当たって、中高生に加えて地域の多様な年齢の人が参加できる形に変更すべきだともいう。

有料になったり世代混成になったり、変更点が多いなら今のままでもいいと思う人もいるかもしれない。だが長沼氏は「部活動改革は教員のためだけでなく、子どもたちのために今から準備しておかなければならないこと」だと話す。

その最大の理由は、避けられない少子化だ。内閣府の予測によると、2020年の統計では1500万人ほどいる15歳未満の人口は、2056年に1000万人を割り込む見込み。実際の減少はこの推計よりさらに早く進むという見方もある。現在の形の部活動運営は早晩立ち行かなくなる、というのが長沼氏の考えだ。同氏が地域部活動検討委員会の長を務める静岡県掛川市でも、すでにそうしたことが起きているという。

「市内の小学校に通う6年生を対象にした調査で『学区の中学校でやりたい部活動がない』と答えた子どもは26%、4人に1人に上りました。これはやる気の有無ではなく、希望する種目の活動自体がないということです。市内には、生徒が集まらず野球部が廃部になった中学校もあるほど。過疎化の進む地域ではさらに事態は深刻です。都市部の学校では今は危機感が薄いかもしれませんが、これは日本中でやがて必ず起こることなのです」

もはや1つの学校だけで対策を講じることは難しく、教育委員会と自治体と共に、一丸となって「地域展開」に取り組むべきだと長沼氏は語る。この地域展開では「地域に必ず1カ所は、やりたい種目ができるクラブがある」という形を目指す。例えば自分が通う学校にサッカー部がなかったとしても、地域内のどこかでサッカーができる体制を整えるということだ。こうした新しい体制と現状とのクッションの役割を果たす段階的な取り組みとして、長沼氏は下記の2つを挙げた。

「方法の1つは、すでに各地の過疎地域でも実施されている合同部活形式です。1校では人数が足りなくても、近隣の複数の学校が集まることでチームを編成することができます。もう1つは拠点校方式。この学校ではバレー部、別の学校ではサッカー部といった形で、種目ごとに活動を担う学校を定めるものです。教員と生徒は、各種目の拠点校に移動して希望する内容の部活動を行います」

部活動に尽力してきた教員を「地域クラブ」の指導者に

掛川市では5年後に地域展開を実施することが決まっており、モデル校も選出されている。だが全国的には、部活動改革の進展はあまり速くないのが実情だ。まずネックとなるのはやはり、各家庭の金銭的負担が増えることだろう。

「要支援家庭には補助金を出してフォローし、そうでない家庭には申し訳ないが理解してもらえるよう、説明を尽くすことが必要です。運営にはNPO法人を立ち上げるなど、家庭の金銭的負担を軽くする努力も求められると思います」

少子化により種目・クラブ間で子どもの取り合いになれば、競争原理も働く。長沼氏は「月謝と教育活動とのバランスを取って、よい指導者を確保し、仕組みを整えることができた地域クラブが生き残っていくでしょう」と予想する。

「文科省だけでなく、2021年6月には経済産業省が地域とスポーツクラブ産業についての提言をまとめました。経産省が言及するということは、そこにビジネスとして成り立つチャンスを見ているということにほかなりません。対応の早いスポーツ団体はすでに動き始めていますし、指導者向けのアプリ開発をしているところもあります」

部活動改革推進のためのもう1つのハードルは、長沼氏が「BDK」と呼ぶ「部活大好き教員」のケアだ。多くの人の思い出の中に1人は存在するのではないだろうか。とくに体育会系に多いイメージだが、部活動の指導に情熱を注ぐ教員たちだ。

「50代ぐらいの教員や保護者に多いのですが、『厳しい部活動はいいものだ』という考えを強く持つ人たちがいます。彼らは部活動の中で達成感や充実感なども味わっているので、その価値観がなかなか捨てきれない。そういった人たちを否定することなく、これからは、緩く楽しみたい人たちの希望もかなえていけるといいですね」

旧来の価値観を変えるのは難しいことだが、実はBDKの存在こそが地域展開のカギでもある。動き始めた部活動改革において、喫緊の問題は指導者が見つからないことだそうだ。長沼氏はBDKを「荒れた時代の子どもたちを更生させ、身を粉にして働いてくれた功労者たち」と評する。やりがい搾取という言葉が生まれて久しいが、BDKは問題のある仕組みの中でも、まさにやりがいを糧に頑張ってきた人たちだ。

「そうした教員たちには、何より指導者としての高いスキルがあります。地域クラブの指導に当たってもらえれば、教員にとっても子どもにとってもメリットは多くあります。ただし軍隊のような指導はNGです」

本人のやりがいはもちろんのこと、地域クラブには異動がないので継続して指導することができる。子どもたちが成長すれば、そこから次の指導者が生まれ、地域クラブの持続性が生まれる。

クラブの運営上、顧客が多いに越したことはないので、その点でも多様な年齢層が参加できることが望ましい。老若男女が通える地域クラブは生涯スポーツの質も向上させ、自治体が選ばれる魅力の1つになるかもしれない。長沼氏は「地域展開による部活動改革は、まちづくりそのものです」と話す。

「自治体のこうした形が当たり前になれば、現在は学校単位でしかエントリーできないさまざまな大会も、地域チームでの出場が認められるようになるかもしれません。保護者にもBDKの皆さんにも、結果を見せることで社会を変えていく。部活動改革を進めるには、こうした姿勢が不可欠だと思います」

今、部活動の形は過渡期にある。長沼氏は「地域展開の形で部活動が回るようになるまで、5年ほどかかると思います」という。だが地域と連携せず「学校が抱え込んでしまったら、部活動はあと10年で厳しい状況に陥る」とも続ける。教員と保護者に求められているのは、近視眼的に捉えず、活動を未来につなぐことだろう。部活動はそもそも誰のためのものかを考えれば、そう難しくはないはずだ。

(文:鈴木絢子、注記のない写真:m.Taira / PIXTA)