「安心して過ごせること」を何より大切に
愛知県名古屋市守山区のお寺には、毎日のように子どもたちが集まってくる。守山幼稚園を併設する寺院・浄土院の書院を拠点とする、フリースクール「てらこやさん」だ。ここでは教員免許を持つ3名と看護師1名の計4名のスタッフがローテーションで子どもたちを見守る。在籍するのは小学生、中学生、高校生あわせて10名だ。
なぜお寺でフリースクールを始めたのか。その理由を、浄土院副住職で守山幼稚園園長の児玉匡信氏はこう話す。

学校法人児玉学園 守山幼稚園の5代目園長、浄土院副住職。大学卒業後、守山幼稚園で勤務を開始し、2013年に園長に就任。コロナ禍を機に、子ども、教職員、保護者の主体性を尊重する保育方針に転換。2017年4月に幼稚園の施設内に小規模保育所「守山幼稚園保育室」を開設。2023年12月には幼稚園を軸とした併設型フリースクール「てらこやさん」を開校し、2024年7月には児童発達支援事業所「あったか」を開設
(写真:本人提供)
「コロナ禍にお寺でマルシェを開催したことで、地域の方とよりコミュニケーションを取れるようになり、『お寺が地域の一助になれば』という思いが強くなりました。
今、日本全国に不登校の子が34万人以上います。その中にはうちの幼稚園を卒園した子もいるかもしれません。法事や葬儀がない時は、お寺は空いているので、その子たちのために何かできないかと思ったのです」(児玉氏)
児玉氏はそう思うようになった2023年9月頃から立て続けに賛同者と出会い、12月末にはフリースクールを開校。12月初頭に境内でマルシェを開催した際、フリースクールの1日体験会を実施できたことも、スムーズな開設につながったという。
今、全国にフリースクールがあるが、目的や趣旨、運営スタイルはそれぞれ異なる。
「うちは、学校へ行かせることがゴールではないと考えています。ただ、行こうという気持ちになってくれたら、それは嬉しいですね。うちに来る子たちは、すごく素直な子もいれば、社会に揉まれて傷ついた子もいます。その子たちが安心して過ごせることを何より大切にしています。子どもたちは学校で『◯◯しなさい』と言われ続けます。それでは子どもたちは安心できませんよね。ですので、うちでは何も強制しないようにしました」(児玉氏)
9時から15時の間なら何時に来てもいい。その日に何をするかは、子どもによっても、その日のスタッフによっても異なる。

「活動場所はお寺の本堂の畳の部屋や幼稚園の園庭です。園庭では幼稚園児たちもいるので、一緒に遊ぶこともあります。園児と接する中でお兄さん・お姉さんとして過ごし、頼られる存在としての自分を実感するでしょう。
開設して間もない頃は、まずは落ち着ける環境をつくることが第一だと考え、焚き火を囲んでマシュマロを焼いて食べたことも。ここに来た大人はみんな眠くなると言います。それほど今の人たちは普段から交感神経が優位な状態で過ごしているということなのでしょう」(児玉氏)

生活リズムを整え、「学びを始める」フェーズへ

小学校教員歴12年、フリースクールてらこやさん主宰、「楽しいが運動を好きにする」オランダ体育運動教室ハッピースポーツ運営。「大人も子どももハッピーな社会にしたい」と大人の幸福度1位のフィンランドや子どもの幸福度1位のオランダへ教育視察へ。「対話」「余白」「人と比べない」「自己選択」をキーワードに、大人と子どもの幸福度を育むべく活動をしている
(写真:本人提供)
スタッフの一人で、小学校で12年間、教員を務めた渡部和華羽氏は、てらこやさんに参画した理由をこう語る。
「学校が好き、学校が楽しいという子ももちろんいます。その一方で、『◯◯しなければならない』が多い学校に合わない子や、苦しいと感じる子もいます。教職を辞め、そうした子が安心して通える場所を作りたいと思っていたところに、てらこやさんの話を聞き、加わることにしました」(渡部氏)
子どもたちはてらこやさんでさまざまな経験をする。春はタケノコ掘り、夏には水鉄砲や流しそうめん、秋は芋掘り、冬は雪合戦。
プロの漫画家と一緒に絵を描いたり、自分たちでマルシェに出店して実際にお金を稼いでみたり。学校での学びとは違う学びがここにある。

「やる気があれば、座学は家で一人でもできますが、経験はそうはいきません。季節を五感で感じられる体験が何より大事だと思っています」(渡部氏)
その考えは大切にしつつも、この4月から勉強の時間を設けることになった。開始時の「安心できる場所の確保」から、「さまざまな体験で身体を動かし、食事や睡眠など生活リズムを整える」を経て、次のフェーズへ移行するタイミングだと感じたためだ。
「子どもたちには主体的に自分の人生をデザインしてほしい。そのためには、体験から得られる生きる力とともに学力も必要です。そこで、子どもとスタッフが集まる全校集会で『自分が学びたいところから始めてね』という話をしました。しかし、学習習慣がない子もいるので、スタッフが率先して一緒に学ぶような形をとっています」(児玉氏)
ただし、強制するのではなく、知識をつける学びの大切さを伝え、子どもたちと話しながら進めていくという。
自分の気持ちを話し、聞いてもらえることの大切さ
てらこやさんでは子どもたちと話す時間も重要視しており、1日の終わりにサークルタイムという名の“一日を振り返る時間”を設けている。その日に感じたことを自分の言葉で語る時間でもある。

「『あの子はこう感じたのか』と他者を知り、『自分はこれを楽しいと感じる』と自分を知ることにつながります。先日はある子が悩みを口にし、みんなで考える時間になりました。悩みが解決すること以上に大切なのが、その過程です。悩みを口にした子は自分のためにみんながこんなに考えてくれるんだという所属感を、周りの子は『こうしてみたらどうか』と意見を出し、この子のために貢献したことを実感できました。
学校では自分について振り返る時間がなかなか持てませんが、とても大切なこと。これを毎日積み重ねることで、子どもは『周りに聞いてもらえる、受け入れられている』『話したいことを話していいんだ』と思えるようになるのです」(渡部氏)
てらこやさんが始まっておよそ1年半。子どもたちの変化を渡部氏は「感情が豊かになり、さまざまなことにチャレンジするようになった」、児玉氏は「ピザづくりをしてみたい、プールに行きたいなど、やりたいことを口にするようになった」と話す。
てらこやさんでは再登校をゴールにはしていないが、開設から1年半が経ち、1人がここを卒業し、3人が再び学校へ行くようになった。チャレンジを後押ししたのは「何かあっても、てらこやさんがある」という安心感だ。
お寺のフリースクールで子どもと接する時間は、スタッフにとってもさまざまな発見があるようだ。渡部氏が言う。
「教員時代と違うのは子どもと向き合う時間が圧倒的に多いことです。教員時代は1クラス30人ですから、その日に話しかけられない子もいます。でも、ここでは『この子は今日どうしたんだろう』と思った時に話すことができます。子どもたちは自分の話を聞いてもらいたいもの。一人ひとりの話をじっくり聞けるのは大きいですね」
お寺ならではの強みとフリースクールの「費用」課題
地域コミュニティの拠点とも言えるお寺には、檀家さんをはじめ、お参りに来た人など、さまざまな人が出入りする。そのため、子どもたちはさまざまな大人と接することになる。
「核家族が増え、子ども会などの活動も減り、子どもたちは個で生きられるようになりました。でもそれは孤独の“孤”でもあるといえます。お寺でいろいろな大人と接することは、自分も社会の中にいるという実感につながります。お昼ご飯を作る時は近所のスーパーに買い出しに行くのですが、地域の方も温かく見守ってくれています」(児玉氏)

お寺であることに加え、幼稚園が併設されていることも大きいという。不登校の児童生徒の中には昼夜逆転など、生活習慣が乱れるケースもあるが、ここなら園庭で思い切り身体を動かせるので、生活リズムを整えやすい。
一方、課題もある。一般的にフリースクールに通うには費用がかかる。てらこやさんはお寺の本堂を使っているため、他のフリースクールのような家賃などの固定費はかからないが、人件費を確保する必要がある。
そのため、一般的なフリースクール同様、利用者が利用料金を払うことになるが、その費用を捻出できずに通うのを諦めざるを得ないケースもあると見られるという。
不登校の児童生徒が増える中、東京都では2024年からフリースクールに通う小・中学生に一人あたり月額最大2万円の補助を行っている。名古屋市では広沢一郎市長が2025年3月の市議会で東京都を超える制度を目指す旨を発言。児玉氏もこれに期待を寄せている。
「学区や学年を超えた居場所を子どもたちが見つけられるといいですよね。そのために、コミュニティセンターのような役割のお寺が増えたらいいなと思います。私たちも『てらこやさんと出会えてよかった』と子どもたちに思ってもらえるような活動をしていきたいですね。不登校は、あくまでも成長段階の1つの出来事。子どもさんも親御さんも、誰も悪くありませんし、失敗と捉えてほしくありません。これからは、こうした思いも伝えていけたらと思っています」(児玉氏)

昔から地域コミュニティの中心としての役割を果たしてきたお寺。そこに開設されたフリースクールは、人や社会と接する機会が減りがちな子どもにとって、学習を超えた学びや出会いの場として機能しているようだ。
子どもを取り巻く状況が大きく変化する中、昔ながらのお寺を起点とした地域と教育のあり方を再編成することは、新たな選択肢と可能性を生むことだろう。
(文:吉田 渓、編集部 晏 暁丹、注記のない写真:てらこや提供)