「勉強ができなくてもいい」と思っている子は1人もいない

――現在勤務されている熊谷市立富士見中学校の通級指導教室では、どのような支援を行っているのでしょうか。

通級指導教室は、通常の学級での授業に概ね参加できるものの、一部分に関して支援を必要とする生徒を対象としています。年度途中で生徒の出入りがあるため利用者数は流動的ですが、現在(2025年3月3日時点)は全校生徒693人のうち20人が通級を利用、そのほか放課後のみ利用する他校在籍の生徒が6人通っています。

三富 貴子(みとみ・たかこ)
埼玉県熊谷市立富士見中学校 発達障害・情緒障害通級指導教室担当
特別支援教育士、公認心理師。2007年度から埼玉県公立中学校で初めて設置された、発達障害・情緒障害通級指導教室の担当者となる。通級開設以来、「自分らしい学び方を追求する通級」を目指し、学ぶことを諦めさせない指導を続けている。「ゆず姉」のアカウント名で発信を行っているXのフォロワーは2.6万人。著書に『[中学校]通級指導教室担当の仕事スキル』(明治図書出版)
(写真:Xより)

ノートが取れない、課題が提出できない、人間関係のトラブルを抱えている、いじめを受けているなど、通級指導を受ける生徒たちが抱えている困難は多種多様なので、1人ひとりの困り事に応じた支援を行っています。また、本校独自の取り組みだと思いますが、ここ数年で経済的な困難を抱える家庭が増えている印象があり、生活面での支援として朝食の提供や学用品の貸し出しも行っています。

――学習支援に関しては、具体的にどのような支援をしているのですか。

通級を利用する生徒の多くが、小学2年生ごろから勉強することを諦めてしまっている現状があります。小学2年生は象形文字以外の複雑な漢字の学習が始まる時期で、LD(学習障害)の傾向にある子どもは、一般的な「書いて覚える」という方法では文字の習得が難しくなっていき、新しい知識を得る道が閉ざされてしまうのです。

ただ、17年間にわたって通級でさまざまな生徒と接してきた経験を振り返ると、「勉強ができなくてもいい」と思っている子は1人もいません。学ぶことを諦めてしまっているように見える子も、心の中では「勉強ができるようになりたい」と思っています。そこで、通級にやってきた生徒には「なぜできなかったのか」「どうしたらできるのか」を丁寧に聞き取り、必要に応じて知能検査「WISC-V」の結果も踏まえながら、その子に合った学び方を見つけていきます。

例えば、書写の硬筆の授業では、お手本に複数の行にわたって文字が書かれていると、情報量が多すぎて混乱してしまうADHDやLDの子もいます。その場合には以前、お手本に1行ずつ切れ目を入れたものを用意して、書き写す行だけを残して見ることができる教材を作りました。

硬筆の教材。行線だけ書かれた紙に、1行ごとに切れ目の入ったお手本を貼った。1行ずつお手本を見ながら書写できるので、刺激が少なく書きやすいという

国語の漢字の学習なら、視覚的なイメージを通じて学習したほうが理解しやすい子には絵で解説したプリントを配る、触覚を用いたほうが理解しやすい子には工作用のモールで漢字を立体的に作って触れながら学習を進められるようにする――というように、個別に対応していきます。必要に応じて、タブレット端末の活用を提案することもあります。こうしたツールを教科の先生方に見せて説明すると、「この子はこの方法なら学べる」ということを理解してもらいやすいというメリットも感じています。

工作用のモールで漢字を表した教材

――タブレット端末はどのように活用しているのですか。

文字を書くことが苦手な生徒は、ノートを取る代わりに、板書をタブレット端末で撮影して保存することもあります。本校では生徒全員がタブレット端末を自由に利用できる環境にありますので、「あの子だけずるい」と不満が出ることもありません。むしろ、通級のときに受けられない通常学級の授業の板書を、クラスのお友達がタブレット端末で撮影して共有してくれたりします。

タブレット端末の活用状況は学校によって温度差がありますが、生徒全員がいつでも使える環境であるべきでしょう。調べ学習で調べたことを新聞にまとめるような場合でも、手書きのほうがやりやすい子もいれば、タブレット端末のほうがよい子もいるので、全員が自分に合った手段を選べるようにすることが重要だと思います。

いじめには「個別の支援チーム」を立ち上げて対応

――いじめ対応については、どのような取り組みをしていますか。

通級の生徒の中には過去にいじめられたことがあると訴える子もいて、いやなことが起きたらすぐにSOSを出してもらえる態勢を整えています。いじめ被害を訴えてきた生徒には、何がいつ起きたのか、今の気持ち、担任や通級の先生にそれぞれしてほしいことなどを「いやだった報告書」に記入してもらい、それに沿って聞き取りをします。

いやだった報告書

そしてすぐに担任や学年の先生と連携するとともに、生徒本人に対しては市販のワークブックを用いて、「いじめられたあなたに非があるわけではない」ことを説明します。

それと同時に、いじめ対応は時間勝負なので、生徒を支援するためのチームもすぐに立ち上げます。いじめ被害者の生徒自身に「この人なら話しやすい」と思える先生や生徒を複数挙げてもらい、そのメンバーを中心に複数人からなるチームを作ってサポートを行います。いじめは先生が見ていないところで行われるものなので、生徒にもチームに入ってもらうことで、いじめ被害者の生徒を守る存在を増やすことができます。

以前、通級の生徒が通常学級でいやな思いをすることがあった際には、NHKの番組を教材として活用しながら、通常学級で「いじめ」と「いじり」の違いについての理解を深める取り組みを実施したこともあります。通常学級の生徒が得た学びも多かったようで、いやな思いをした生徒がクラスに来やすいようにと支援者の側に回る生徒が増えました。悪意のある「告げ口」と誰かを守るための「報告」の違いについても皆で考える機会を持ったことで、気になることがあれば報告してくれる生徒が増えたこともよかったと思います。

――三富先生がこれまでに指導を担当された生徒の高校進学率は100%とのことですが、高校進学に向けての支援で重視していることについてお聞かせください。

高校入試のためだけの支援ではなく、中学1年生の時点から1人ひとりに合った学び方を見つけ、「この方法ならできる」という経験を積み重ねていくことを重視しています。入試の際は、生徒の特性に応じて、問題用紙の漢字にルビを付けてもらえるようにするといった合理的配慮の申請も行っています。

高校入試における合理的配慮の申請にあたっては、申請する「合理的配慮」の内容を中学校の学習においても実践してきたという実績が必要になります。そのため、できるだけ早い段階で、その子に合った学び方を探して実践していくことが重要です。

「特別支援教育の知見を持つ教員」をいかに養成するか

――学校現場における特別支援教育のニーズは増えているにもかかわらず、専門的な知見を持つ教員がなかなか増えていません。この現状を変えるには、どのようなことが必要だとお考えですか。

例えば、LDの指導方法は30年以上も前に日本に共有されているのに、いまだ現場には十分に浸透していません。しかし現場の先生方が、特性を持つ子どものことをよく理解していないと、子どもは自分に合わない学習法を強いられることになってしまいます。

私も特別支援学校の教諭免許は持っていたのですが、初めて通級担当になったときは何もできませんでした。気合い・根性・経験値だけではどうにもならず、かといって指定の免許もありませんから、特別支援教育士や公認心理師の資格を取るなどして必死で学んできました。今だって毎日「これがベストなのか」と不安です。だから、つねに新しい知識を入れておくことは絶対に必要だと思っています。

最近はオンラインで学べる外部研修も増えているので、特別支援学級や通級指導教室を担当することになった先生方には、子どもの特性に合わせた指導法について最新の知見を積極的に身に付けてほしいですね。

ただ、教員個人の努力でカバーできることには限界があります。理想を言えば、大学の教員養成課程で特別支援教育に関する知見を身に付けた専門家を養成して各校に配置し、各校ではその専門家のOJTの下で若手教員が実践的なスキルを身に付けていく仕組みを作っていけるとよいのではないでしょうか。そうすれば、特別支援級や通級を担当できる教員はもちろん、インクルーシブな学級経営ができる担任も育つはずです。

子どもが学ぶことを諦めずにすむようにするには、自分がどんな特性を持っているのか、その特性に合わせてどのような学び方をすればできるようになるのかを、10歳ごろまでに把握しておくことが望ましいと言えます。そのためには、とくに特別支援教育の知見を持つ小学校教員をもっと増やさなければなりません。

また、現状の学校人事では、特別支援教育や通級指導教室の担当は臨時採用も多く、1~2年といった短期間で異動するケースも少なからずあります。しかし、人間関係の構築に苦手意識を持つ子どもたちにとって、相談相手になってくれていた先生が異動でいなくなってしまうのは動揺が大きいものです。

長期にわたって生徒を見守る体制をいかにして築くかという点に関しては、管理職の人材配置によるところが大きいため、特別支援教育に理解のある管理職を増やしていくことも重要です。本校も長年安定してやってこれたのは、歴代の校長先生が特別支援を大切に考えてくださる方だったからだと思っています。

「通常学級」の支援のポイントや、新年度で大切なことは?

――通常学級の担任に求めたいことや、担任による支援のポイントについてお聞かせください。

多様な子どもたちに担任だけで対応することは難しいので、自分1人で何とかしようと抱え込まずに、「こういうことで悩んでいる」と早めにSOSを出してほしいです。悩みをオープンにすることで、ほかの教員が手を差し伸べやすくなり、結果的にそれぞれの子どもが必要としている支援を実行しやすくなります。

また、「多様な子どもがいる」という前提に立って許容範囲を広くしておくことや、ユーモアを忘れないことも大切です。正論を厳しい言葉で伝えるのではなく、子どもの心を優しくほぐせるような言葉や言い方を選びながらおおらかに関わっていくと、子どもも本音を話しやすくなるはずです。

――通級の子どもたちへの支援を充実させるために、新年度の始まりにおいてとくに大切なことは何でしょうか。

まずは年度内のうちに新年度の学級編成に向けた情報共有を徹底することが重要です。本校では通級指導教室の生徒1人ひとりについて、必要とする合理的配慮をはじめ、授業や提出物などに関してどのような配慮が必要か、教室内での座席はどの位置だと落ち着けるのかといった情報を「学びのカルテ」に詳細に記録して、新しい担任やその学年の授業を担当する教員全員に共有しています。

「学びのカルテ」

そして4月は子どもたちが新しい環境に適応しようとして頑張りすぎてしまう時期なので、適度な休息も大切にしてほしいです。学校の活動の中でもひと休みできる時間を設けたり、1人になって息抜きができる安全な場所を設けたりして、子どもたちが気持ちを緩めてエネルギーチャージができる環境を整えられるとよいのではないかと思います。

(文:安永美穂、注記のない写真:三富貴子氏提供)