「社会における感覚のズレ」がモンペを増やしている
モンスターペアレント(以降、モンペ)と呼ばれる、理不尽な要求をする保護者が急増したのは1995年頃。それから30年程が経つが、増減はあるものの、今もなくなることはない。根底に、学校や教師に対する「苦情」があるからだ。
保護者からの申し入れの多くは相談や提案だと思われるが、中にはイチャモンもあるだろう。しかし、申し入れの中身がどうであれ、対応に失敗すれば問題はこじれてしまう。多くの保護者問題を見聞きして、長引く例は決まって、逃げた教師と学校に原因がある。つまり、モンペは学校側の対応のミスによって生まれるものだと言える。
対応の失敗を最小限にするためには、まずはすべての申し入れを「苦情」として受け止めることが重要だ。この点について理解する学校関係者は以前よりも増えたが、まだまだ根本の理解が甘いために、多くの学校が長年モンペに苦しんでいるのではないだろうか。
理解の甘さは、社会における「公務員感覚のズレ」が関係しているように思う。
筆者が2009年と2019年に発刊した『日本苦情白書』(※)において、そのことが顕著に表れている。同白書は、8業種の苦情を分析したアンケート集であり、教育分野では、全国の教師3359名にご協力いただいた。
※苦情講演の参加者を対象に、苦情に関するアンケートを行い、集計したもの。対象者の職種は、教育、歯科、病院、金融、企業、流通、行政、福祉から成る8業種。計1万7498名の回答(2009年版は2008年~2009年まで、2019年版は2008年~2017年までの回答)を分析
その中の「何が苦情の原因だと思いますか」という問いに対し、2009年版では「こちらの配慮不足」と回答した人の数が、8業種のうち「教育」が最下位だった。2019年版では、最下位は「行政」となったが、教育はそれに続き下から2番目。また、「いちゃもん」「クレーマー」を苦情の原因として回答した数も、行政が1番目、教育が2番目に多かった。つまり、ほかの業界に比べ、相手に非があると捉える傾向が高いのだ。
こうした公務員の苦情に対する感覚のズレ、いわばプライドの高さが、かつて「聖職者」として尊敬されていた教師の権威が失われてしまった状況とも重なり、モンペの増加を加速させてきたと筆者は考えている。
教師が尊敬されなくなった要因としては、保護者の高学歴化や教員の不祥事の増加が挙げられる。とくに不祥事で信頼が崩れたことは否めない。多くの先生方が日々現場で尽力されていることは存じており感謝もしているし、公務員の不祥事は報道で騒がれやすい面はあるが、児童・生徒への性暴力や体罰、最近では、名古屋市立小中学校の教員団体から教育委員会への上納金が発覚するなど、不祥事が絶えないのは事実だ。
学校側はこうした状況の変化を重く受け止めず、「児童生徒を預かっているのは学校なのだから、保護者が自分たちの考え方に同意するのは当然」だという態度を続けてしまい、保護者の不信感を募らせ、問題を大きくしてきたところがあると思う。
働き方改革のためにも「苦情対応を学ぶ機会」が必要
筆者は苦情の対応に携わり、間もなく30年になる。対応時の緊張は薄れたが、その場で相手を推し量らねばならない難しさは変わらない。今は電話やネットでの対応が主流だが、対応が楽なのは対面である。しかし、教員は対面の仕事が多いにもかかわらず、主に児童生徒を相手にしていることもあり、保護者対応は苦手なようだ。
保護者の変化も対応を難しくさせているだろう。昨今の保護者は、自分たちの主張の根拠となる材料を準備し、子どもやママ友などと連携して味方をつけたうえで正論として申し入れてくる。学校側はその申し入れの内容を初めて聞くこともあり、その場で詳細までを理解することは難儀だ。
モンペは、対応に納得しなければ大声で怒鳴ることもある。人は罵声などで一度脅かされると再発を恐れ、それ以降は、怯み、対応に身が入らないものだ。この場合には平常心を保ち、冷静に怒声はやめてほしいと伝えるべきなのだが、そうした心構えや対応を教えてくれる人は、きっと職員室にはいないのだろう。
また最近では、イチャモンをつけて金子を狙う保護者も現れている。ちなみにこれは学校現場に限らずどの業界にも共通する傾向だ。
このような状況を踏まえれば、苦情対応の研修が必要であるはずだが、不思議なことに教師がモンペについて学ぶ機会があるといった話は今もあまり聞こえてこない。モンペ対応で本業の時間を削られている教師も多いことだろう。働き方改革について真剣に考えるのであれば、教育委員会も保護者対応について学ぶ機会を設定すべきではないだろうか。
新年度、押さえておきたい保護者対応のポイント
新年度を迎え、保護者との関係づくりも新たにスタートする時期なので、長年の苦情対応の経験を基に、保護者対応のポイントをお伝えしたい。
まずは前述した、「対面」が一番解決しやすいということは覚えておいてほしい。電話は資料を見ながら話せる利点はあるが、声だけでは相手の表情が読み取れない。メールや連絡帳でのやり取りも、相当慣れないと相手の心理の奥は読めないものだ。
また、相手の話をよく聞き、まず確実な事だけをその場で答え、あいまいな点は預かって調べたり管理職に確認したりしたうえで回答するのがよい。反論したいことがあるならばなおさらだ。回答するといっても、単に回答を述べるのではなく、打診をするような姿勢で下手に出ることが大切になる。理不尽な要求は毅然と断るべきだが、学校側に原因があれば、謝罪の姿勢を取りたい。
対面時は、身振り手振りも重要だ。話しやすさを引き出すためには、とくに「目線」は意識したい。直視は双方話しづらいので避けよう。こちらの目線を相手の鼻筋と鼻頭の真ん中あたりに置くと、相手から見て伏し目がちに見えるので、威圧感を与えずに話を進められるだろう。
目を閉じたり、首を動かしたりといった所作は、相手の話しやすさを生むため、相づちを打ちながらうなずくことも大事だ。手をもむ動作は相手の気をそこに向けさせ、言葉の怒気を抜く効果がある。
苦情の中にも当然、相手の勘違いだったということはある。その割合は、日本苦情白書のデータによれば、23%。苦情そのものが勘違いの場合もあるが、会話の中に勘違いが含まれている可能性もあるため、会話はメモに取ること。そして相手の勘違いが明らかな場合は、柔らかく確認することをお勧めする。
相手が激高した際に、怒りを収める手段は2つある。1つは対応者を代える、もう1つは、対応の場所を変えることだ。その行為は、申し入れ者が自分の気持ちを整理する時間となる。
さて、こうした対応のポイントを押さえながら、できれば苦情を「相談」に置き換えて、信頼を回復する技術も身に付けたいものだ。
相手がこちらの対応にうなずく時は、納得した、または、納得する可能性の表れである。そのタイミングがつかめたら、「大変貴重なお話を頂戴し、感謝申し上げます。うまく対応はできないかもしれませんが、ご納得いただけるよう努めます」「今回のご相談をいただけたことで、学校も新たな視点が見えました、今後はこれを生かして臨んで参ります」と伝えると解決に向かいやすい。
人間対応というものは難しい。答えが複数あることも、対応を難しくしている。反面、保護者も人の子であり、うまく向き合うことができれば、話がまとまる可能性は大だ。しかし、トラブル解決のためには、適切な会話の運び方や接し方が重要になる。
今回は字数に限りがあるため対応のポイントにとどまる紹介になったが、こうしたスキルを教師が身に付けることができれば、結果的に本業がはかどり、子どもたちにもっと時間を使うことができるようになるはずだ。
(注記のない写真:takeuchi masato/PIXTA)