独自プリントで英文法を徹底解説、中2冬で中高6年分修了

「平岡塾」の始まりは1965年、東京教育大学附属駒場中学校(当時、現・筑波大学附属駒場中学校)に通っていた生徒が、学校の英語教育に物足りなさを訴えたことをきっかけに、母の平岡芳江氏が息子とその友人に自ら英語を教えた小さな教室だ。現在は東京の渋谷にある1校舎に約1700人が通う。首都圏を中心に難関中高の生徒が数多く通うが、公立校の生徒や小学生、英語を学び直したい大人にも門戸は広く開かれており、中学生のクラスを親子で受講するケースもあるという。

合格実績については、東大・京大などの国立大、難関大学の医学部、早慶上智といった難関私立大学への合格者を多数輩出。その他、ロンドン大学医学部、プリンストン大学博士課程、マサチューセッツ工科大学などに在籍する卒業生もいる。しかしこうした実績について、専任講師の今井秀太郎氏は「あくまでも結果であり、通過点にすぎない」と話す。

今井 秀太郎(いまい・しゅうたろう)
平岡塾 専任講師
中1から高3まで複数の学年のクラスを担当している
(撮影:梅谷秀司)

「当塾が生徒に身に付けてほしいのは、受験という枠を超えて国際社会で通用する『一生モノの英語力』です。卒業生の中にはScience誌やNature誌に論文が掲載された方もいますが、こうした学術論文は冠詞の使い方ひとつとっても間違いが許されません。将来、そのレベルの英語力が求められる世界の第一線で活躍することとなった際に、『自分には平岡塾で培った英語の土台があるから大丈夫』と思える塾でありたいと考えています」

そんな平岡塾が英語の土台として重視するのが英文法だ。オリジナルプリントで「なぜこうなるのか」を日本語で丁寧に教えていく。中1から受講した場合、中2の冬には中高6年間で習う文法の大部分を一通り学び終えて2周目に入り、高2までに6周目を終えるという。

(撮影:梅谷秀司)

現在の中高生の英語学習に関して、「学校で文法の説明が少なく、混乱している生徒が多い」と今井氏。外国語を習得するうえで、母語の日本語を思考言語として活用することは必要不可欠だという。「母語で英語の仕組みを論理的に理解し深く思考することで、言語全般への興味も広がります。当塾で英語を体系立てて学んだ経験が、大学での第二外国語でも役立ったと話す卒業生もいます」。そこには言語を扱う塾として、生徒の言語能力全般を鍛え、日本語を含めた言語自体を楽しんでほしいという平岡塾の意図がある。

英文和訳においては、まず英語の意味を忠実に日本語に訳すことに徹し、さらにその和訳が日本語として自然なものかどうかを徹底的に検討する。これを繰り返すことで、固い和訳を避けようと、つい英文自体をあいまいに意訳することが無意識のうちになくなるそうだ。

デカルト哲学の原典精読を経て「大学入試が簡単に見える」

塾内には、教材で扱う作品に関する絵画が飾られている。生徒がふと気がついた時に、さらなる興味関心につながればという思いがあるそうだ
(撮影:梅谷秀司)

大学受験を意識しない平岡塾のカリキュラムは、本来は中1から高2まで。文法、英作文、ネイティブによるリスニングやスピーキングに加えて、読解では中1で『ドン・キホーテ』、中2で『八十日間世界一周』、高校生ではデカルトやラッセルなどの哲学書やオーウェルの文学作品などの原典精読にも取り組む。文章レベルは、実に中3で大学入試相当、高1で扱うデカルトの哲学書は大学入試よりも高難度とされ、大学講義レベルだという。なお、入塾のタイミングは中1が多いというが、高校から入塾した生徒には別のクラスが用意され、高2までに文法の基礎を固められるようになっている。

一方で、受験対策のニーズに応じるべく設置されたのが高3の大学入試特別対策クラスだ。クラス分けテストの結果に応じて、各クラスの講師が構成した入試対策に取り組む。講師もこのクラスでは気持ちを切り替え、実際の出題を通して入試におけるポイントをふんだんに伝えるというが、生徒は高3まで受験対策がないことを不安に感じないのだろうか。

「早期に文法を理解し、ルールに沿って英語を正確に読めるようになっていれば、結果的に入試にも十分対応できます。生徒はすでに高1・高2で原典精読を経験していますから、入試の長文を読むと毎年『簡単に見える』と言いますよ。中学から在籍した場合、高1で英検準1級、高2で大学入試に対応できる英語力が身に付くので、高3は志望大学の傾向対策をするだけという生徒が多いです」

実際に使用するプリントの一部
(撮影:梅谷秀司)

正解するまで帰れない「お帰り問題」で個別フォロー

平岡塾の授業は週1回、休憩も含めて中1でも3時間前後、高校生では17時から22時までの5時間近くに及ぶこともある。授業中の飲食は認められており、生徒たちは自由な雰囲気の中で学んでいるそうだ。

授業の流れは、おおむね下記のとおりだという。

【ネイティブ講師のレッスン】(30~40分。時間帯はクラスにより異なる)
発音練習、ジャズ音楽のリズムに合わせた会話フレーズの合唱、読解教材の内容について英語で質疑応答などを行う。最初の2年間は日本人講師による通訳が入る。

【宿題の答え合わせと解説】
「英語は器楽やスポーツと同様に毎日の練習が重要」という考えに基づき、1日30分は英語に触れる目的で、毎週3~4時間程度の宿題が出される。「授業中に1人ずつ当てて答え合わせをしますが、大いに間違えてもらって構いません。むしろ、どんな考え方をして間違えたのかをたどることが大切で、適宜オリジナルプリントの該当箇所に立ち返りながら『この答えが正しい理由』を丁寧に解説します」

【文法の説明】
オリジナルプリントで文法事項を体系立てて学ぶ。プリントは各自ファイリングし自由に書き込みながら高3まで使用する。

【お帰り問題】
授業内容に関わる暗唱や書き取り、単語テストなどを行い、生徒は全問正解するまで帰れない。「講師はどこが間違っているかは指摘しますが、正解は教えません。授業についてこられなかった生徒が残ることになるので、講師が1対1でフォローできます。中1と中2を乗り越えれば、中3以降の学習はほぼ順調に進められるので、最初の2年間はとくに一人ひとりの状況に気を配っています」

クラスやテストで序列化せず、問いを共有し学び合う場に

塾は人間教育の場でもあるという観点から、高2までは学力別のクラス編成は行わず、生徒に序列をつけない点も平岡塾の特色だ。

「序列化すると、真の理解よりも『丸』が欲しくなってしまいます。しかし、生徒には皆で疑問を持ち、それを講師に問いかけてきてほしいのです。誰かの『わからない』を皆で考えてみることは、自分に足りないものに気づくきっかけにもなります。気軽に『わからない』と言える状況がいかに生産的か。これは競わされることがないからこそだと思います。できる子ほど素直にどんどん質問するので、その様子に周りも影響を受けるようです」

生徒は講師のほうを向いて座るのではなく、生徒同士が向き合うように座る。授業中に意見を出し合う時間も長く、互いに感化されて影響を与え合っているという
(撮影:梅谷秀司)

高2までは、基本的に各曜日のクラスや担当講師は持ち上がりのため、最大5年間、同じ仲間や講師と学ぶことになる。卒業生の合格体験記には担当講師の名前を記して感謝を述べたものも多く、生徒と講師の距離の近さがうかがえる。

「序列のない環境で学んできた生徒たちは、大学の合格実績だけが人生の価値基準ではないことを知っています。それゆえに塾の仲間や講師と過ごす時間は心のオアシスのように感じるようで、入試直前期も『ここに来ると気持ちが楽になる』と話す生徒が少なくありません。当塾に愛着を持つ卒業生は多く、大学入学後に講師として後輩をサポートしてくれるケースもあります」

今井氏自身も、自らが通塾していた頃を振り返りつつ、「平岡塾は昔も今も『できない』ことを許容してくれる塾」だと話す。「講師からは『1回でわからなくていいんだよ』という姿勢がにじみ出ています。大学受験の先を見据えた授業を展開する中で、わからないことはわからないと堂々と言える雰囲気があり、むしろ講師と生徒が一緒に考えながら学び成長することができる。これが平岡塾らしさだと思います」

(文:安永美穂、注記のない写真:今井氏提供)