今回シンポジウムに登壇したのは、スポーツ庁「運動部活動の地域移行に関する検討会議」座長で日本学校体育研究連合会会長の友添秀則氏、『部活動の社会学』(岩波書店)などの著書があり、持続可能な部活動・教職の必要性を訴えてきた名古屋大学大学院教授の内田良氏、国の地域運動部活動の実証モデル事業を進める自治体の1つ、奈良県生駒市のスポーツ振興課長で検討会議委員の西政仁氏、スポーツ庁政策課長 今井裕一氏の4人。途中から柔道家でシドニー五輪金メダリストの井上康生氏も加わって議論が進められた。

5月27日に開催された「運動部活動の地域移行に関するオンラインシンポジウム」では、検討会議座長の友添氏(左上)、スポーツ庁政策課長の今井氏(左下)、奈良県生駒市スポーツ振興課長の西氏(右上)、名古屋大学大学院教授の内田氏(右下)が登壇した
(写真:「運動部活動の地域移行に関するオンラインシンポジウム」より)

冒頭では、検討会議事務局を務めるスポーツ庁の今井氏から、このたび出された提言案の説明があった。

今井裕一(いまい・ゆういち)
スポーツ庁政策課長
(写真:「運動部活動の地域移行に関するオンラインシンポジウム」より)

部活動改革の背景には、少子化に伴う生徒数減少により学校単位では部員不足のためにチーム編成もままならず活動維持が困難になりつつあること、指導する教員の負担軽減という働き方改革の2つの観点があるという。

改革の方向性としては、中学校の部活動の実施主体を、学校から地域スポーツの担い手としてスポーツ庁が育成してきた全国約3600の総合型地域スポーツクラブをはじめ、クラブチーム、民間事業者といった地域のスポーツ団体に移す方針が示されている。

検討会議では、現在の形で部活動を維持することは困難で、地域移行は喫緊の課題との認識から、2023年度から25年度末までの3年間を「改革集中期間」に指定。まず休日の部活動から、さらに地域の実情に応じて、可能であれば平日の部活動についても段階的に地域移行することを提言している。

「運動部活動の地域移行に関する検討会議」提言案のポイント
・まずは休日の運動部活動から段階的に地域移行
・2023年度から25年度末までの3年間を「改革集中期間」に指定
・平日の運動部活動の地域移行は、地域の実情に応じてできるところから推進
・実施主体は総合型地域スポーツクラブやクラブチーム、民間事業者などの多様なスポーツ団体

座長の友添氏は、2048年には中学男子野球部の部員が1校当たり3.5人になるという推計を示して「もはや合同部活動や拠点校方式(のような小手先の策)では通用しない。抜本的な見直しが待ったなしだ」と訴えた。

友添秀則(ともぞえ・ひでのり)
スポーツ庁「運動部活動の地域移行に関する検討会議」座長、日本学校体育研究連合会会長
(写真:「運動部活動の地域移行に関するオンラインシンポジウム」より)

「運動部活動が肥大化してきたのは、それだけ魅力があるからだ」と話した名古屋大学大学院教授の内田氏も、昨年11月に実施した教員対象の調査で、地域移行を望む回答が8割を占めたという結果を提示した。

「もう倒れそうだという先生だけでなく、部活動指導が大好きという先生でも状況を変えたいと考えている」と、現状の部活動が限界に来ていることを示唆して、「肥大化してリソース不足に陥った中学校の部活動を持続可能な形に見直す必要がある」と述べた。

また、部活動のために土・日も休みがなくなる状況に「学生は、部活動の指導があるからと教職を諦めている」として、労働環境、不足する教員採用数の確保の点からも改善を促した。

スポーツは「ただ」という意識の払拭を

一方で改革には、地域において部活動の受け皿となる団体の運営、指導人材の確保など、さまざまな課題が想定される。シンポジウムでは、原則、受益者負担となる地域部活動の費用負担が焦点の1つとなった。

運動部活動の地域移行に関する課題
・スポーツ指導者の確保、育成
・活動場所となるスポーツ施設の確保(学校施設、公共施設の活用を想定)
・地域のスポーツ団体なども大会に参加できるよう主催者と調整が必要
・会費や保険の負担について、それに伴う困窮家庭の支援 など
内田 良(うちだ・りょう)
名古屋大学大学院 教授
(写真:「運動部活動の地域移行に関するオンラインシンポジウム」より)

内田氏は「部活動が地域に移行した後の保護者の家計負担について懸念の声が増えている」と指摘した。これまでは「平日は“ただ働き”、土日もわずかな手当てで指導する教員の“善意”」で成り立っていたが、「時間を使ってくれる指導者には対価が必要」と述べた。

また、活動に参加する機会保障の観点から、国の予算措置などによる家計負担抑制にも言及。現時点でも遠征費などで多額の保護者負担が発生しているとして、費用負担を検討する際は、現状の費用も見える化すべきと述べた。

友添氏も「日本で定着している『スポーツをするのは“ただ”』という意識を転換し、地域のスポーツ指導者を職業として確立しなければならない」と強調した。研究委託費を受けた実証研究モデル地域のスポーツ団体からは、会費収入だけでは人件費を賄えないという意見も多いとして、長期的な財源の手当てを考える必要があるとした。

実際、地域スポーツ団体は指導者の確保に苦慮しているのが現状だという。そのため、「結局は教員が指導せざるをえなくなるのではないか」といった懸念も根強い。

西 政仁(にし・まさひと)
奈良県生駒市 スポーツ振興課長
(写真:「運動部活動の地域移行に関するオンラインシンポジウム」より)

生駒市スポーツ振興課長の西氏は、市内の8中学校、約70の部活動に必要な指導者数を試算したところ150~200人になったという結果を示して「すべての指導者を地域の側で用意することは難しいという危機感を持っている」と語り、現在の学校部活動の顧問で、引き続き指導を希望する教員に、地域人材として活躍してもらうことが不可欠という認識を示した。

内田氏は、地域移行しても指導の担い手を含めた中身が変わらず「学校から地域への看板の掛け替えだけになってしまうことがあってはならない」と訴えた。一方で、部活動指導を望む教員も一定数いるため、そうした教員が任意で、地域部活動の指導を担える体制を整えることを求めた。検討会議も、地域の部活動指導を望む教員には、兼業兼職の申請を行ったうえで有償で指導してもらうことを提言案に盛り込んでいる。

友添氏は、学校部活動を指導する教員の半数近くが、その競技の経験がなく、有効な指導ができていない可能性を指摘。上達したいという子どもの思いに応えられずにスポーツ愛好者を減らしてしまうことを危惧した。また、過去に学校運動部の指導者による体罰など不適切な指導があったことにも言及し、「地域運動部の指導は、高いコンプライアンス意識を備え、公的な資格を持った指導者が望ましい」と述べて、改革集中期間中の指導者育成に注力するように求めた。

スポーツ文化の改革も必要に

学校部活動と地域部活動の文化の違いについても議論があった。

内田氏は「中学生のチームで、大会優勝を目指して3年間、頑張る」という学校部活動に対して、地域部活動は「世代の異なる人々と触れ合う中に楽しさを見いだし、スポーツを継続することを重視することになり、文化のあり方が根本的に見直される」と、競技性に重点を置いて勝利を追求するスポーツから、生涯スポーツへの文化の転換を訴えた。

内田氏は大学教員として「学生が高校まで頑張った部活動を、大学でやめてしまうことを残念に思っていた」が、社会人になってからも地域でスポーツを続け、その費用負担が、子ども世代の活動を支える持続可能な形になることを期待した。

井上康生(いのうえ・こうせい)
柔道家・シドニー五輪金メダリスト
(写真:「運動部活動の地域移行に関するオンラインシンポジウム」より)

中学校の柔道部と、地域の道場の両方での活動を経験してきた柔道家でシドニー五輪金メダリストの井上康生氏は「学校では学業との一環で成長させてもらい、道場では多様な社会人の方に稽古をつけてもらい、さまざまな話をする機会を得てきた」と振り返り「学校部活動と道場、それぞれによさがある。学校部活動のよき文化も保って地域部活動につなげてもらえれば」と語った。

勝つ喜び、負けて悔しい思いをする勝負もスポーツの魅力の1つだが、友人をつくったり、体を鍛え、人間性を高めたり、楽しんだりすることもスポーツの目的だとして、「子どもたちが目標を達成できるように、それぞれの成長に最適化した指導環境づくりの点で、柔道界には、まだ課題があると感じている」と語った。

一方、西氏は地域移行で「生徒の運動部離れが起きてしまっては本末転倒」と話し、生駒市では、部活動に参加する生徒を増やすため、保護者や兄弟姉妹、地域住民を巻き込んだ多様性のある部活動の推進に取り組むとした。

地域部活動の推進には、自治体や各種団体の協議体ではなく、一元的に対応できる「ワンストップ支援」の拠点が必要だと強調。「学校部活動の形が変わることには個人的に寂しい気持ちもある。大会は大事なモチベーションだが、子どもたちが地域の人と一緒に、楽しくスポーツを続けられるようにしたい」と話した。

友添氏は、学校部活動には、問題行動の抑止、授業や学校生活との相乗効果なども期待され、80年代には部活動の「必修化」が進められた歴史を振り返り、「今も3割の学校が強制加入になっているが、生徒の自発的な意思に基づくべきだ」と語った。

大会についても、トーナメントを勝ち残る強豪校は1年中、試合をしているような状況にあるとして、大会数の精選や地域部活動としての参加資格などの見直しを進めていることにも言及。地域によって事情は異なり、移行のやり方は1つではないとして、検討会議では多様な選択肢を提言したいと語った。

スポーツ庁からは、今井氏が「生涯を通じてスポーツに親しむ素地の一歩」として制度を整備し、実証事業の成果を事例集にまとめて今後の取り組みの参考にしてもらうと説明。最後に室伏広治長官が「部活動で1つの競技に経験が偏ることがないように、さまざまなスポーツに楽しむ機会を提供したい。中学2年で引退などと言わず、継続的にスポーツできるような環境づくりを進める」と締めくくった。

都市部と地方など、地域の実情において現状や課題は大きく違うことから、部活動の「改革集中期間」にスムーズに地域移行することはなかなか難しいと思われる。だが、少子化に伴う部活動運営の難しさや、進まない教員の働き方改革の深刻さにいよいよ向き合わなくてはならない時が来ている。

(文:新木洋光、注記のない写真:hamahiro / PIXTA)