教育の専門家で構成される中教審は、大臣の諮問機関として文部科学省に設置されている。答申とは、大臣の諮問に対する中教審の最終的な回答のことで、この答申を踏まえて文部科学省は制度改正や予算確保など具現化に向けて動き出すわけだ。

今回公表された「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」は、2019年4月に文部科学大臣から中教審に対して諮問した「新しい時代の初等中等教育の在り方」について審議した内容をまとめたもの。これまで中教審からは、さまざまな答申が出されているが、この答申にはとくに重要な意味があるという。その理由は、初等中等教育全般にわたる提言であること、また新型コロナウイルスの感染拡大をはじめとする大きな変化の真っただ中にまとめられたことにあるようだ。

ポイントは、Society 5.0時代の到来といった急激に変化する時代にあって、子どもたちが育むべき資質・能力とは何かを定義していること。新学習指導要領の前文にも書かれているが、その着実な育成に必要な考え方や条件をどう整備するかについてまとめられている。中教審メンバーが“新学習指導要領の参考書”と表現するのには、ここに理由がある。

令和を生きる「子どもたちが育むべき資質・能力」とは?
一人一人の児童生徒が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるよう、その資質・能力を育成することが求められている
出所:「令和の日本型学校教育」の構築を目指して(答申)

 

この答申をどう活用すべきか。教育現場からは「ただでさえ目を通すべき文書が多い中で、またか」という批判の声も聞かれるが、20年代を通じて実現を目指す学校教育「令和の日本型学校教育」の姿、つまりすべての子どもたちの可能性を引き出す、個別最適な学びと協働的な学びの実現に向けた改革を進める補完として使ってほしいという。

一人ひとりの子どもを主語にする学校教育とは?

3月27日に開催されたオンラインシンポジウム「『令和の日本型学校教育』を語る!」には、「一人一人の子供を主語にする学校教育とは」というサブタイトルが付けられていた。登壇したのは以下の6名だ。

「『令和の日本型学校教育』を語る!」登壇者
荒瀬克己 関西国際大学学長補佐・基盤教育機構教授
今村久美 認定NPO法人カタリバ代表理事
堀田龍也 東北大学大学院情報科学研究科教授
岩本 悠   一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム代表理事
戸ヶ﨑勤 戸田市教育委員会教育長
神野元基 株式会社COMPASSファウンダー
モデレーター:寺西隆行 文部科学省広報戦略アドバイザー

 

冒頭、中教審初等中等教育分科会長を務めた荒瀬克己氏は、新学習指導要領が「一人ひとりの子どもが、自分のよさや可能性を認識することができるようにすること」からスタートしている重要性を指摘。こうした「子どもが主語になる取り組みを、誰がやるのかといえば先生たち。だから一人ひとりの子どもを主語にする学校をつくっていこうとすれば、一人ひとりの教職員も主語になっていく。自分たちで考え、いろいろな人たちと相談しながらやって、うまくいかなければ振り返り、改善してよりよいものにしていく、そういう取り組みをすることが非常に大事」だと語った。

まさに、サブタイトルの「一人一人の~」という表現に答申の根本的な理念が表れているわけだ。一方、戸田市教育長の戸ヶ﨑勤氏は「従来の答申と比べたときの大きな違いとしてGIGAスクール構想の実現と、PCが学びの有力なツールになったこと」を挙げた。

「日本には150年に及ぶ学校教育の蓄積がある、それを生かしながら1人1台のPCを活用することで、個に応じた指導をより深いレベルで実現」するのが答申の狙いだとして、「これからの先生方には、いっそうのファシリテーション能力が求められる。教えるというところから、子どもたちを信じて寄り添う教育に転換していくべきだ。教えたからといって、伝わっているとは限らない。教師にこそ深い学びが求められる」とした。

今回のシンポジウムには、子どもの学習支援や居場所づくりなど多様な教育機会を提供する認定NPO法人カタリバ代表理事の今村久美氏も参加していた。今村氏は「一人ひとりの子どもを大切にするという点で、不登校児に対する支援を真剣に考えるべき」と警鐘を鳴らした。

「不登校児はどんどん増え、もはやマイノリティーではなくなっている。義務教育は、すべての子どもが無償で受けられると憲法にあるが、不登校児はそこからこぼれている。私たちが今、活動している島根県の雲南市は東京23区ほどの広さがある。だが、不登校支援センターは1つしかなく、小中学校は点在している。そこでICTの出番になる。でも、パソコンとWi-Fiと教育コンテンツを渡すだけではダメ。先生や大人が伴走して、気にかけて誘い出すことが大切で、学校の別室まで来られたらオンラインにアクセスする。実際、私たちの活動でもオンラインで学んでいる子がいて、そこには担任の先生もいてそれぞれに合った学びをしている。できれば今後、学んだことを学校に報告して出席したことになる、子どもの評価につながることを目指していけたらいいなと思っている」と語った。

二項対立ではなくハイブリッド、ベストミックスへ

ICTを活用した教育に詳しい東北大学大学院情報科学研究科教授の堀田龍也氏は「教育現場では、GIGAスクール構想のことがよく知られていなかったり、それでなくても忙しいのにPCまで使わなければならないのか、という受け止めもある。今の先生方は忙しすぎて余裕がない。これは働き方改革にもつながることで、そこを解決しなければ、先生が子どもたちの伴走者になることはできない」と指摘。「社会が変わり、人手も足りないのに昔と同じやり方をしているから余裕がない。もう前例踏襲のようなやり方はやめるべきだ」と話した。

オンラインシンポジウム「『令和の日本型学校教育』を語る!~一人一人の子供を主語にする学校教育とは~」より

これに対して、AI型教材「Qubena(キュビナ)」を提供するCOMPASS ファウンダーの神野元基氏も「これまでと同じ教育をしていたら、時代が変わったときに子どもたちは対応できない」としたうえで、「Society 5.0時代が来る。その中でどんな教育をしなければいけないのか、ということが今回の中教審のいちばんの問いだった。保護者なども巻き込んだ議論でICTは必要ないという結論になればそれでもいいと思うが、教育の機会格差はテクノロジーで埋めることができるのではないか」と述べた。

一方、離島・中山間地域の教育を中心に手がけてきた一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム代表理事の岩本悠氏は、「学校教育の本質的に大事なところは守るべき。しかし実現する方法はどんどん変える。それが不易流行の考え方」だと指摘。「オンラインかオフラインかという二項対立的な議論になりがちだが、多様な子どもたちを一人ひとり大切にするのであれば、どちらか1つの方法だけでは対応しきれない。だからハイブリッドとか、ベストミックスということを考えたほうがいい。ただ、現場で適切に組み合わせるのは、大変な手間と能力も必要になる。だから、そうしたマネジメントに必要な機能や人材、体制の強化などもセットで用意しなければいけない」と提起した。

何でも自分たちでやろうとする教育村の自前主義

こうして議論が進む中で、学校現場では教職員が疑問に思ったことや自分の考えを言い出しにくい雰囲気があるという話題に。

今村氏は、自らの体験を基に「先生一人ひとりが、自分の思っていることを言っていいんだと思える環境をつくるにはどうしたらいいのか、改めて考えさせられている」と言うと、岩本氏は「学校には、何でも自分たちだけでやろうとする自前主義がある。弱みを出せない、うまくいっていないと言いにくい。学校や先生が何に困っているのかわかれば、先生たちや子どもたちのために手助けしたいと思っている人は地域にもたくさんいるはず」と話した。

戸ヶ﨑氏は「教育村には自前主義が当たり前のようにずっとあった。しかし社会のほうには、学校が外部に協力を求めると、もっと内部で努力しろ、外に頼るなという論説が多くなる」とも指摘。神野氏は「先生は何かやりたいことがあると、まず学年主任に上げる。それが校長に上がり、そこから教育委員会に上げられて結論が出るまで時間がかかる。そうしたプロセス自体を変える議論もしたほうがいい」と語った。

荒瀬氏も「外の風を入れるのは大切だが、実際入ってくると面倒くさい、違う価値観はダメだという防御が働く。前例にないからやらないではなく、いろんな角度から見てみる。すぐに結論を出さずに考えることが大事」だと話した。

「学校には、失敗が許されない環境がある。成功しなければならないとなると、探究や試行錯誤ができず挑戦もできなくなる」。そう話した岩本氏は、ICTの活用においてもうまくいかないことや小さな失敗はあるとし、戸ヶ﨑氏は「やって批判されるより、やらないで批判するほうが楽。これまでは守りに入るのが当たり前の文化だったが、一歩踏み出す勇気が必要」と続いた。

一方、堀田氏は「コロナ禍でオンライン授業ができたところとできなかったところの違いは何かを調べたデータを見ると、校長の決断力と教育長が勉強しているかどうかの差だということがはっきり出ていた。先生たちがオンライン授業をしようとしたとき、教育委員会がストップをかける事例を見ていたら悲しくなった。挑戦できる環境が大事」と話した。

コロナ禍では、中教審の運営にも大きな影響があった。審議会をオンラインで開催することになったが、文部科学省に十分なネット環境が整っておらず当初は大変な苦労があったという。その後、審議会の様子はネットで公開されるようにもなり、こうして中教審メンバーの率直な意見を聞くことのできるシンポジウム開催にも至っている。まさに文部科学省も変化の最中にあるのだ。

最後に荒瀬氏は「このシンポジウムも、私たち以外に大勢の人たちが動き、支えてくれたから実現できた。自分からは見えない、聞こえないところにあるものを見よう、聞こうとする、相手の立場になって考えるということが必要。そうすれば日本の教育でも、子どもたちが主語になっていくだろうし、さらには先生方や教育委員会も主語になっていくようにしなければいけない」と結んだ。

今、日本の教育は、これまでになかった大きな変化に直面している。新学習指導要領の実施をはじめ、GIGAスクール構想によるICT活用の本格化など、昭和から続く学びの風景が一変しようとしている。どんな組織においても変化に対する抵抗は必ずあるが、今の子どもたちが生きる未来はまったく違った世界になっている可能性が高い。その現実と向き合い、まずは教育に関わる一人ひとりの意識の変革が必要だろう。

オンラインシンポジウム「「令和の日本型学校教育」を語る!~一人一人の子供を主語にする学校教育とは~」の動画はこちら

(写真:iStock)