「学校の授業が簡単すぎてつまらない」。そんなことをわが子が言い出したら、「ひょっとしたら天才かもしれない」と喜ぶだろうか。だが実際は、「学校の授業が物足りない」なんて誰かに相談したら嫌みに聞こえてしまうと、相談できずに悩んでいる親は多いという。
こうした高い能力を持つ子どもたちを学校では「浮きこぼれ」と呼ぶ。学校の授業についていけない「落ちこぼれ」とは逆の意味で、日本でも一定数の「浮きこぼれ」がいるといわれ、「落ちこぼれ」の支援は手厚く行ってきた日本では「浮きこぼれ」が見過ごされてきたと近年話題になっている。
中には全員一律の一斉授業という日本の教育では、学校生活になじめず不登校になってしまう子どももいる。周りに合わせようと我慢をしたり、それによって学習意欲がなくなってしまったり、子ども一人で悩みを抱えてしまうことが少なくないのだ。
学校現場において「浮きこぼれ」の理解も進んでいないことから、先生に「授業中ボーっとしている」「集団行動が苦手」などの指摘を受けて、親も「自分の教育が悪いのかもしれない」と思い悩んでしまうこともあるという。
特定分野に顕著に高い能力のある子ども「アドバンス・ラーナー」
一般社団法人Education Beyondは、先月と今月の2回にわたり、こうした「浮きこぼれ」の子どもの育て方に悩む保護者や「浮きこぼれ」の子の特徴、接し方に興味のある教育関係者に向けたオンラインイベントを開催した。
現在、Education Beyondでは、米ジョンズホプキンス大学の特定分野に顕著に高い能力のある子ども向け学習プログラム「Center for Talented Youth(以下、CTY)」を日本で提供する準備を進めている。
米国では、特定分野に顕著に高い能力のある子どもたちの特性に合わせた教育や指導がさまざまな形で行われているが、中でもCTYは1979年に作られた長い歴史のあるプログラムだ。グーグル共同創業者のセルゲイ・ブリン、メタ(旧・フェイスブック)創業者のマーク・ザッカーバーグ、アーティストのレディー・ガガなどの著名人が修了したことでも知られる。
Education Beyond 代表理事のポール・リー氏は、CTYの香港拠点の立ち上げに関わった人物。ほかにも軽井沢の全寮制国際高校、学校法人ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン代表理事の小林りん氏や、保育・介護事業を展開するポピンズ代表取締役社長の轟麻衣子氏が理事として名を連ねる。団体では特定分野に顕著に高い能力のある子どもを「アドバンス・ラーナー」と定義し、活動を本格化させている。
自身の子どももアドバンス・ラーナーで、CTYをオンラインで学んでいたと話すリー氏は、「アドバンス・ラーナーのモチベーションを保つためには特別なケアが必要」と話し、日本においてもCTYを広めたいとの思いからEducation Beyondを立ち上げた。
リー氏と共に理事を務める小林氏と轟氏の子どもも、アドバンス・ラーナーの特徴を持っており、「完璧主義で、不備があると学校に行きたくないと言い出すことがあり、私も声を荒らげてしまうことがあった」(小林氏)、「熱中し始めると話しかけても聞こえず、カプラのような積み木を何時間もやっている。得意を伸ばすより苦手を克服する日本の教育は合わなかった」(轟氏)など、2人も子育てに悩む中でCTYと出合い、日本にCTYを広げるプロジェクトに参画したという。
アドバンス・ラーナーを研究して策定したプログラムCTY
今回、CTYの日本での展開に先立って開かれたオンラインイベントには、ジョンズホプキンス大学で長年CTYの研究に携わってきた専門家も参加した。
アドバンス・ラーナーは才能豊かで、リーダーシップや運動、言葉、音楽などさまざまなところで能力を発揮するが、若いときに育てないと才能が消えてしまうという。またアドバンス・ラーナーは学習能力にも優れ、通常は新しいことを学習するときに段階的に理解するところを飛び越えて認知する。そのため学校では、先生が問いかけた質問に対して「質問の意味を理解していない」「答えが的外れ」と思われることがあるかもしれないが、それは与えられた情報以上のことを理解しようとしている表れだと話した。
とくにアドバンス・ラーナーの子どもは、いわゆる座学のような先生が教えて書き取るような学びの環境は苦手。情報を深く知ることを好み、より広範囲に概念や理論まで理解して、別の分野に適用することを考えるという。自律的に戦略を立てて自分で学習を進めるため、反復学習を嫌い、チャレンジングで抽象的な問題を好む傾向にあるようだ。
そのため、アドバンス・ラーナーの特性を研究したうえで策定したプログラムであるCTYでは、インタラクティブな学びを重視しているという。リアルな世界の“正解が1つではない”複雑な問題について、「なぜ?」と問いながら探究的に考えてもらうのだ。
例えば、子どもの病気の症状を見て、何が原因か、どうすれば診断を下せるのか、さまざまな事柄を関連づけて予測させる。原因はどこにあるのか、環境にあるのか、遺伝子なのか、食べ物なのか……を探らせるのだ。もし原因が環境にあるとわかったら、社会は何をすべきか、そのためのコストはどのくらいかかるのか、子どもが回復するためにどんな助けが必要かなど、問題を複雑化させて考える。その過程でいろいろなトレードオフに直面しながら、高度化させて議論をさせるという。これを個人やグループで行うのだ。
こうした学びを日本の学校や家庭でいきなり実践するのは難しいが、「正しい答えが1つではない問題」を与えるのがポイントだという。アドバンス・ラーナーは完璧主義の傾向があり、間違えたらどうしようと、逆に自尊心が低くなってしまうこともあるので、間違ってもいいから学びは楽しいと感じてもらうことが大事なのだ。
一方で、アドバンス・ラーナーでも学校になじんでいる子どももたくさんいるという。決して社会的な営みができない、学校の仲間と合わないというわけではなく、自身の発達とのミスマッチでカリキュラムが合わないことが多いのである。
親や学校も「アドバンス・ラーナー」の知識や情報が必要
こうしたアドバンス・ラーナーの特徴を持つ子の親たちは、どのような悩みを抱え、これまでどのような教育を行ってきたのか。イベントでは2人の保護者が登壇した。
わが子について「アドバンス・ラーナーではないか? とほかの方から指摘を受けたことがあったが、本当にそうなのか? というのが正直なところだった」と話した保護者の子は、小1のころにハリー・ポッターを読み終えてしまったという。
小学校中学年になると、学校の勉強には興味が湧かなくなっていたものの、家族みんなでボードゲームをするうちに、異常に強いことがわかる。ポーカーの関東大会ではジュニア部門(高校生までが対象)で小学生ながら3位入賞。ゲーム展開を先読みする力や頭の回転の速さ、勝負強さなどの才能に優れていることが見えてきたという。
小中学校は日本の国公立で過ごし、途中学校に行けなくなってしまったこともあった。家庭では本や英語など、子どもの興味を引きそうな教材を可能な範囲で与えていたが、これといったプログラムには出合えなかった経験からこう話した。
「親にも、アドバンス・ラーナーの可能性を持つ子どもを理解するための知識や情報があるといい。そうすれば『勉強嫌い』『怠けている』ではなく、『何がつまらないのか』と考えることができ、子どもを理解できるようになる。いわゆる学力では測れない、学力以外の能力を持つ子をいかに伸ばせるのかという情報と、伸ばせる場所があったらよかったのにと思う」
一方、「小学校に入って、理数系のテストが非常によくできるなど才能面は優れていたが、先生や友達とうまくいかないなど親がショックを受けるような問題を起こしてくるようになった」と話した保護者は、自身も子どもの頃に得意分野に偏りがあったり、同じ年齢の子に溶け込めずに学校がつらかった経験があったことから、子どもの個性に早い段階で気づくことができたという。
自身の経験から、学校は「画一的な日本の教育は避けたい」という思いで、幼稚園と小学校はモンテッソーリ式の自由度の高い学校に通わせた。さらにコロナ前は、香港でCTYのプログラムにも参加したという。
「中でも暗号理論のプログラムが面白かった。コンピューターサイエンスの科目だがコンピューターは使わず、工作で暗号機をつくってどんな原理かを探り、演算や暗号化を順番にやっていく。まずは手を動かしながら基礎理論を学び、最終的に社会のどこで使われているかがわかるようになっている。CTYは、学校の成績が上がるとか受験に役立つとかではなく、複雑な仕組みを一つひとつ分解して理解するのを段階的にやる。自分で考えながらやるから成功体験になるし、社会やいろんな学問との関わりもわかるようになる」
では、CTYのプログラムに参加するにはどうしたらよいのか。まずは、SCATなどCTYのアセスメント方法として認められている試験に合格する必要がある。合格すれば、今でもオンラインのプログラムならばいつでもどこからでも参加することができるが(小学校2年生から高校3年生までが対象)、試験を含めて英語のため、英語力が必須となる。
そこが大きな壁となるわけだが、来年度にEducation Beyondが提供するパイロットプログラム(小学3年生から6年生が対象、募集は50名程度)も英語の予定だ。オンサイトでバイリンガル講師が補助で入るというから検討しやすいかもしれないが、イベントでも日本語での提供が待たれる声が聞かれた。だが、日本語でCTYプログラムを受けられるようになるには、CTYプログラムを日本語で教えることができる指導者が必要だ。そこでEducation Beyondでは今後、教員のトレーニングなども視野に入れているという。
昨年、文部科学省でも、こうした特定分野に特異な才能のある子どもたちを支援するための有識者会議が立ち上がっている。一人ひとりの子どもに応じた教育を実現するという観点から、学校内外でできる特異な才能を持つ子どもへの支援策について検討が続いているところだ。困難な状況に直面している子どもたちに必要な支援が届くよう多様なプログラムがここ日本でも増えることが待たれる。
(文:編集部 細川めぐみ、注記のない写真:ペイレスイメージズ1(モデル) / PIXTA)